ブラコン堂日乗

好むと好まざると自分を通過していく様々な情報。せめて「印象」だけでも何処かに溜めておきたい

夏休み第三日

2004-08-17 03:47:16 | Weblog
アイテム

・スチーブンキングの長編
・タラソテラピー
・お気に入りのマッサージ師



うちのマンションの深部には奇々怪々なものが棲んでいる。幾度か対峙したものの、これまで痛み分けや惜敗を繰り返してきた。今度こそはと古今の文献を漁り仲間と入念に打ち合わせ準備を行う。今夜まさに決戦の秋。勝利のにほひも芳しく時盈るのを待つ。

ところがである。

若者Mは告発文を書くのに興じ若者Iは別の仲間とともに装いも傾くばかりに突入を始めていた。しばし戸惑うが我も戦いに身を投ずることにする。

外廊下より、もはや飛ぶ力を失った蝉が逆向きにのたうち回る羽音が聞こえる。否、携帯がメール着信に震えるけはひである。

またひとつ日本選手がメダルを獲得した。

解釈

勝てそうで負けず。既知のようで不明。日頃型に填められた自分が久しくあって醒悟(ヨミガヘル)
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猿書く@コミュニティサイト

2004-06-13 10:04:44 | Weblog
僕も最近とあるコミュニティサイトに登録し「お友達」に引っ張られる形でなんとか続いています。そこではフラットにどこまでもオフビートで関係が進行していくのですがそもそも世代の差を感じつつ役割で縛られざる得ない日々に食傷している身としては融解感が心地よかったりします。一方匿名性を前提とした発話のダイナミズムそのものこそリアルで信頼たるという感性には最初戸惑いましたが最近では共感し始めています(これをマーケティングのインプットとしてそのまま商品にするような大人にはなりたくないと思いますが・・・)でもこの確かに色合いの異なるコミュニケーション形態を二元論的に捉えない地平にこそ匿名性をコントロールすることで「自分」を重層的に表出する可能性があるような気がしてます。そもそもかどぅちゃんねるが一方向では社会的人格からのアクセスを有しながら他方では「素手で泳ぎだした大海原」(cたま)の境界として機能すること自体相当面白いと思います。「生身」では誰にでも咬み付き吼えるショウ的ガチンコに拘だわる一方名刺を撒布してまで新たな知り合いなんて欲しくない旧世代に属する僕は紹介され紹介文を書く「褒め殺し」の作法意外と楽しんでますw
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宮沢賢治:文庫本世界一周

2004-05-27 23:56:11 | Book
宮沢賢治の批評を続けて2冊読みました。

鎌田東二 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読

見田宗介 宮沢賢治―存在の祭りの中へ

どちらも岩波現代文庫。

「精読」の方は、子供の頃、どっちかというと都会っ子として生きたいのに、親や反資本主義傾向のある大人から、強引に土着的なものを押しつけられ、童話なのに、死んだり食われたり、気持ち悪いのに紹介する側は目がマジ的なトラウマを払拭するのに有効でした。もともと鎌田先生のポップ?な感覚のファンだったので、一気に読了。

一方、「祭り」の方は、苦戦しました。野中郁次郎先生の暗黙知に似たフレームワーク(経営学の方は詳細忘れましたが、こちらは存在の否定vs.肯定と現実形態vs.幻想形態の2軸)が序章末で提示されてから、その意味合いが分かるまで、長かったこと。数ヶ月のプロジェクトの間、欧州数カ国を旅し、米国のホテルでやっと最終頁まで辿り着いたって感じです。高校生向けだなんて、青年期の感受性を買いかぶり過ぎでは・・・(いや本当はその頃読めなかったのがちょっと悔しい)

しかし、海外に持っていく本って悩みますよね。

まず重いのは避ける(例えば×ヴァインランド、×アンダーワールド)にしても、その国に関連した本をもっていくって考え方(例えば、おフランス⇒超現実主義宣言とか未来のイブ、エゲレスだったら、若い芸術家の肖像、あとワイルド訳詩集ってゆうのもよいかな)、そしてもうひとつが、この際日本に浸りたいていう考え方(例えば、吉里吉里人神聖喜劇)で、そのときの気分でどちらか、もしくは組み合わせることになります。どちらにしても、そもそも重量以上にいつも読めなくて積んであるような小難しい本を持っていくことが問題なんですが、どうしても日本系では勝敗がハッキリします。

藤沢周平の市井物短編集ちょっと昔に読んだ村上春樹を読み直すとかは一度でご縁が終わるのですが、一方、(人生の)旅のお供として長く付き合ってくれている文庫本として、

夜明け前 日本⇒サンフランシスコの本棚⇒欧州⇒日本の本棚

第一部は、数年前サンフランシスコを経てスイスで読了。しかし、咸臨丸、欧州視察を経てもいまだ夜明けを迎えられず。

死者の書 地球をゆうに3回は周っている

藤原の郎女とともに初めて屋敷を出たまま、ずっと奈良?の原野を彷徨っている。

こう こう こう。

いまだ山越しの阿弥陀像との関係が分からない。

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MAN DRIVE TRANCE: ROVO

2004-05-06 00:30:27 | Music
日比谷野音でROVO見て来ました。

メインアクトまでは、前の若者の「オヤジはよー」的な蔑視を受けつつ座って鑑賞。でもROVOは、前座で盛り上がり(飲み)過ぎ熟睡中の女の子を横に、しっかり踊らされました(合掌)

小雨で寒かったけど、来年も行きたい!

幾つになっても楽しいことには貪欲でありたいものです。
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PASSION:映画の終り方

2004-05-01 23:56:59 | Movie
敬虔なホラー映画?
こんなこと云ったら怒る人いるかもしれないけど、
信心が足りないからか、パッション終わり方よく分かりませんでした。

途中まで圧倒的なリアリティで、こんな映画に入り込むような経験は初めて。しかも、ところどころのホラー・テイストは寒くて怖い。にもかかわらず、突き抜けたB級感のないホラー映画と同様、最後はなんとなく居心地の悪い感じが残る。予定調和的というか超越的解決というか…

いや史実に拘り過ぎ?

その意味では、例えばナインズゲート、それか途中までと終わりの落差ではアビス的。

この違和感こそ新しく始まる何かの予兆なのかもしれないが、エンターテイメントとしての映画とは違うかな(少なくとも個人的には)

とってつけたようだけど、映像の雰囲気は見る価値あり。この目が忘れなくなるはず。

ただし、いまだ改宗せず(仏教徒)
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ハイスクール1968:80年代が恥ずかしい

2004-04-25 19:52:45 | Book
僕の高校時代は、1980年の一年に凝縮されている(その後Class of 82としてハイスクールを卒業はしたが・・・)

掲題は、四方田犬彦の本の話。ハイスクール1968

フーテンと云えば、子供の頃すその広がったジーンズやピースマークのTシャツが欲しくて堪らなかった一方で、新宿西口を母親に手を引かれ、足早に通り過ぎるとどんなにほっとしたことか。

にもかかわらず、高校生になると10年くらい前の青春にどれだけ憧れたことだろうか。

ドアーズ、フリージャズ、天井桟敷、状況劇場、バタイユ。いまだ僕の趣味は1968の残滓のまわりをぐるぐると回っている。

しかし、その一方では、パンク、ニューウェーブ、ノイズをリアルタイムで通過していったのだ。

昨今、重ね着(今はレイヤーを呼ばれるらしい)、ジャンプスーツの素材が街に氾濫していると、どうもケツの中心あたりがムズ痒くなってくる気がする。

歴史が2度繰り返すなら、流行に取り残されたものは茶番劇に耐えなければならない運命なのかもしれない。


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O: Cirque Du Soleil

2004-04-25 00:23:21 | Play
記憶を遡ぼると…

O: Cirque Du Soleil

時差ぼけの所為か、ちょっと驚いては意識を失い、火の熱さに目覚めてはまた微睡む。

サーカスとスポーツの組み合わせ?

これについてどこまで語る資格があるか定かではないが、すごく疲れが取れたことは確か。

何より、次の日は停電により休演でラッキー感倍増。しかし、同じ理由により運試しもできず。
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KILL BILL vol.2

2004-04-25 00:05:06 | Movie
なに云っても、ネタバレか陳腐なほめ言葉になってしまう。
全てもはや見慣れた風景のなかで、馴染みない何かが蠢動する感じ。
あっという間に最後まで持っていかれます。
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悲観論の系譜?:華氏451

2004-04-23 23:22:41 | Book
両肩に仕事を背負ってしまうと、当たり前だが更新が滞る。

で、少しつづ思い出していこう。

華氏四五一度 レイ・ブラッドベリ

もし、この世から本(原稿)がなくなったら。ミーティングやプレゼンの準備も締切が無くなって、少しは夜に眠れるようになるかもしれない(笑)

しかし、華麗な文体に隠れて心をチクチクと突き刺さすのは次のことである。

何故、一緒にいても通じ合えた気がしないのか?
それは、「考えること」をしないからか?

日常に違和感を覚えたとしても、悪意すら意識せずゴシップとして話してた方が簡単に伝っていく。例え、それが自分たちをより一層箱に閉じ込め苦しくさせることであったとしても。そして、人の集まるところネタにはこと欠かないのだ。

しかし、当然のごとく享受してきたものを失ったとき福音は訪れる。

「さあ、世間を見よう。おれのうちにある神よ、あの場所に行って、おれの外に出て、俺の外にある現実に触れるのだ。それだけが、最後にはおれ自身であるものに触れることのできる唯一の道である。」

馴れ合うことも見ないようにすることも解決策ではない。



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渋さ知らズ@渋谷クアトロ

2004-04-07 01:46:42 | Music
渋さ知らズライブみてきました。あれだけ、ソロ長く取らせてくれて、しかも自分の枠を壊して創造するための周りが音(一部踊りと気持ち?)で手伝いをしてくれたら、ここで演奏するのが楽しくてしょうがないだろうなぁー

コンサルティングの仕事でこれほどのアンサンブルやグルーブが出せないのは、やっぱ自分の能力の問題かも。

しかし、いざ日記つけると仕事以外にことばかりだな…仕事もしようっと。
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トーキョー・リング:神々の黄昏

2004-04-04 23:22:23 | Music
6時間(うち休憩1時間半)があっという間。圧倒されて感想書けず。ただ、4年間前あの音から始まったなぁと、余韻に浸ってます。

そういえば、今の仕事始めたのも丁度その頃。いま何が終って、これから何が始まるんだろう…
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インターナルブランディングの重要性

2004-04-04 07:43:56 | Brand/Marketing
ブランド毀損からの回復には社員向けのブランディング活動に力点を置くべしという考え方は、カネボウ(化粧品のブランド階層構造)という特殊性を差し引いてもなお一般化可能と思います。

ここで問題となってくるのは、いわゆるブランディング活動(つまり外向け)とインターナルブランディングで何が違うのかということです。このことを考える前に、ある経営的方法論が企業の施策として採用もしくは定着する条件を考えてみたいと思います。

1.まずは、ある方法論が企業における経営上の課題(問題点)と一対一の対応関係にあること
2.(計数化できるかどうかは別として)費用対効果が推定できること
3.従来のやり方では解決できない構造的ボトルネック(つまり押さえどころ)を特定し、経営資源が集中できること

これらをインターナルブランディングに当てはめてみると、

1.リーダーシップ(⇔モティベーション)とか、マネジメントスタイル(⇔戦略の実行力担保)が課題
2.波及効果は高そうだが、成果は結局のところ企業業績で計数化は難しい(モティベーション↑⇒業績↑の因果関係が特定しにくい)
3.インターナルブランディングにおける従来のやり方(e.g.レター・イントラネット)は、パブロフ犬効果(繰り返しによる条件化)以上の理論的背景が不明(つまり、力点が絞れない拡散的施策になりがち)

こう考えてくると、エクスターナルブランディング(この場合企業ブランド)とインターナルブランディングでは、対象(顧客もしくは社会vs.社員と多少拡大して取引先)の違いはあるものの、意外にブランドマネジメント推進上悩みのポイントは共通しているように思われます。

つまり、(狭義の)エクスターナルブランディングが、漠然とした顧客獲得・維持が目的の企業コミュニケーション活動をブランドターゲット(価値観ベースでの顧客セグメント)に集中して差別化(コミュニケーション施策の有効性↑)を実現することとするならば、インターナルブランディングとは、戦略・経営方針の浸透活動をブランド社員(年齢や役職を超えて、価値観が戦略・経営方針に合致している社員セグメント)に集中して変革促進(戦略の実行力↑)を図ることになります。

そして、この先に統合的なブランディング活動の契機が見つかるような気がしますが、どうでしょうか?
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自分らしさ・・・

2004-04-03 20:14:49 | Weblog
自分らしさねぇ…

確かに、「自分らしさ」が云われるときって、リアルな自分を置いといて感が胡散臭い気がしますね。

実のところ、誰にも真似出来ない(したがられない)特質ってもんが全ての人には備わっているにもかかわらず、それを本人が意識するとしないに関わらず、これまた本人の知覚している社会的枠組みで蓋をしつつ生きざる得ないようにも思われます。

そして、それが「変態」と罵られるか「才能」と称されるか、極めて微妙なところですよね。

でも、自らの枠もしくは蓋に縛られて、「かどぅ」が取れてしまうことは避けたいものです。
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CONFESSION

2004-04-03 14:51:07 | Movie
ジョージクルーニーの監督第一作。部分的にはソーダーバーグぽかったりするが、ある種のテイストで統一されている。云いたいこと、終り方もしっかりしていて、これが撮れれば映画としては一流なんだと納得。

「特異な状況」(強迫観念にとり憑かれた、敏腕TVマンでCIAエージェントで強迫観念にとり憑かれた男)から「普遍」(生きるということは、自ら人生に幕を下ろさないこと)に至る、作劇上の転換こそ、プレゼンテーションにも必要なんだろうと思う。
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何ができるのだろう・・・

2004-04-03 14:39:51 | Weblog
子供の頃から日記を書くことが苦痛だった。年の初めの数日か、夏休みの最後に1ヶ月強を半ベソで創作した記憶しかない。唯一書き遂げたのは、何もやることがない謹慎中の「反省日記」くらいか。

その後、メールを書くのが仕事の大部分を占めるようになっているのに、PCを買換えるともはや読み返すことはほとんどない駄文の数々。

どこまで続くか定かではないが、とりあえず書いてみよう。
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