タローのヒト理ゴト

タローが人と交わり、理屈を考え、様々な物事や言葉に触れる中で思ったことを正直に綴る。成長日記であり、備忘録でもある。

(自分の)常識を疑え!

2017-05-17 11:07:07 | 理屈
世の中には法律からマナー・エチケットまで様々なルールが存在している。
これを守っていれば清潔で快適な生活を送れるし、人から恨まれることもない。
そしてより良く守れている人を常識人という。よく知っている人は知識人という。

何かを創造したり発明したりする時は常識を外れることが大事だと言われるが、そういった例外を除いて普段はなるべく常識を守ることが良しとされている。

ところが、よっぽどの天才でない限り、この常識を作ったのは自分だ!という人はいないと思う。
ましてや一瞬で出来上がるものではないし、長い年月をかけて多くの人たちが実践することによって世間に根付いたものが殆どだろう。

これを「それって君が考えついたの?」って問いかけたくなるぐらい、常識を振りかざす人がいる。これが周りに結構多い。というより自分もその一人だと思っている。

「自分は常識人だ」と自認(無意識な場合も多い)する人ほど厄介だ。
自由にやりたい人にとっては「融通が利かない人、小うるさい人」だと煙たがられる。

ここまで書いて、常識って何だ?と段々不安になってくる。
辞書を引いてみると「一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力」とある。
一般って何?普通ってどこまで?うーん、難しい…。
ここは触れないでおきます。

話は戻って、常識は絶対ではないと思っている。
分かりやすいのが手紙だ。規則通りに「拝啓 向春の候…」と始まる手紙はよく読まずに捨ててしまうことが多い。手書きだと流石に大事にするが…。
そこがミソなのではないか。

血の通っていない常識は冷たい。
また、当人の力量や経験から離れた常識は固い。

気持ちが込められてこそ常識が通じるのであって、そもそもの常識の始まりは気持ちを形にしたものじゃないかと思っている。

そして、経験から得ていない常識は時として問題を解決する障害となる。
穴は四角いものだと思い込んでいたら、丸い穴は通れない。角がゴツンとぶつかってしまう。
本人の実力以上の知識をひけらかすと、周りから引かれる。「出来てないくせに何言ってんだ」と。

何事もガッチリ固めてしまうと後から変更は出来ないし、それ以上大きくなることもない。

そういった点で、今自分が信じている常識も信用度を70%ぐらいに下げておいて、未知な世界にも柔軟に対応できるように準備しよう。

この文章も妙に肩苦しい。
文法やら起承転結やらでガッチガチに固まっている気がする。
どうやったら面白い文章が書けるんだか…試行錯誤しながら成長日記を綴っていきます。
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