タローの犬小屋DX

僕は、何を探しているんだろう?
taro-dx1983@mail.goo.ne.jp

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いちごミルク

2015-03-29 16:01:11 | 言葉
器に盛られた苺の毒々しいまでの赤。
上白糖を大雑把にかけて、
その上から注ぐ牛乳の清冽な白。

それは午前一時の空白。

苺を器の内側に押しつけながら
スプーンの腹で丁寧に、慎重に、ひとつずつ潰す。
そのスプーンは、特殊な形をしている。
潰すという行為のために。
醜く爆ぜる刹那、
何かの予感のようにゆるやかに滲み、
拡散してゆく赤い果汁。
スプーンを握る指先に力を、こめる。
潰す。
滲む。
拡散する。
白い海原はやがて安っぽいピンクに染まり、
かき回せば、溶けきらない砂糖がざりざりと音を立てる。

ざりざり、ざり、
ざり、ざり、ざり、

幼い頃、
母が食べさせてくれたいちごミルクは、
魔法のように甘く、
尊く思えたものだった。

一心に苺を潰してゆくスプーンのその先に、
赤く溢れ出し、汚れてしまう私たちの、
しなければよかったことの集積、としての人生。

お母さん、お母さん、

あなたの望むとおりの子にはなれなかった。
そのことを盾に、いつまでも目をそらし続けていることの、
果てしない幼さ。

すべきだったことの残骸を踏まないように、
覚束ない手つきで選り分ける日々が
逃れられないほど深い轍となって、
先へ先へと伸びている。

その牛乳は、仔牛の柔らかな唇を知らない。
慈しみ、与え、育むこともせず、
今、得体の知れない甘ったるさと渾然一体となり、
ぐちゃぐちゃの、苺たちと、存在している。

お母さん、お母さん、

甘く作りすぎたいちごミルクに時折むせながら、
また、誰かが死んだニュースを見ている。
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星と言う

2015-01-10 00:36:24 | 言葉
星、と言う。

モスグリーンのコートを羽織って、
息を細く長く吐きながら、
もう一度だけ、星、と言う、その横顔。

時折、思い出す。

たぶん、や、かもしれない、が口癖で
欲しい服さえ容易に見つけられないあなたの、
間違いみたいな選択のことを。
否定よりずっと多くの肯定に飾られた、
淡い言葉のベランダを。

たぶん、間違っていたのかもしれない。

淹れたての紅茶を用心深く飲むように、
手は繋がれるべきだった。

星、と言う声。
たぶん、とこぼした夜。

あなたが星と名付けた、ささやかに輝くもの、
それは遠い街灯だった。

正しさでは、あなたを救えないこと。
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代替可能なラブ

2015-01-04 15:20:23 | 日々
タローと付き合ってなかったら、◯◯と付き合ってたと思う。

旧知の友達を招いた新年の食事会、ワインをしたたか飲んで上機嫌の彼氏の、それはもう見事な失言だった。2015年初の動揺を覚えながら、なんとか笑って流したものの、その言葉は頭の中をぐるぐると巡り、膨張し、いろんな穴からうっかり漏れ出しそうだった。多少の本心が混じっていたとしても、それは、場の雰囲気に合わせた単なる冗談だったのだろうと思う。でも、冗談の中に隠れた棘だって、きっとあった。
彼氏を家に置いて、友達を駅まで送った帰り道、なんとなく家に戻りたくなくて路上にしゃがみ込んだ。首をすくめ、両手をポケットに入れて、一月の寒さに耐える。年が明けて浮き足立つ楽しげな人々や、どこかへと向かう猫が、目の前を過ぎていく。帰らなきゃいけない、と思う一方で、そこは帰るべき場所なのか、ともう一人の自分が問いかける。

本当に、僕でよかったのだろうか。
僕でなければ、もっと楽しいのかもしれない。
二人で生きた八年間が虚構に見えた。

少し足を伸ばして、川べりを歩く。サイクリングロードには誰もなく、冬枯れの桜の枝が細く影を落としていた。ひたひたと歩く。目をやると、対岸には、街の灯りが煌々と瞬いていた。僕でよかったのかな。考えれば考えるほど、足元はぐにゃぐにゃになって、膝から崩れ落ちそうだった。体が冷えてゆくのを感じながら、ただ、靴の先を見て、ただ、歩いた。

想像を許せば、君の隣に僕はいなくて。
顔を失った僕と、僕に笑いかける君の声。
全ての記憶はいとも簡単に書き換えられる。



代替可能なラブ。



何かを選び取ることが、他の何かを諦めることだとは分かっているつもり。僕も、君も、きっと同じように、何かを捨てたのだろう。だからこそ、不意に漏らしたその言葉は、もしかしたら在り得たはずの未来を垣間見せた。

僕は、君の未来を、可能性を、夢想を、
全部、全部、食い尽くしてしまうだろうね。
何ひとつ残らず平らげられたそのあとで、
君はどんな目をして僕を見るだろうか。

代替可能なラブとしての、

ラブ。
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ひなこ

2014-12-29 01:38:45 | 日々
雨の音がする。匂いはしない。
窓を閉ざしているからだ。

生後4ヶ月に満たない赤ん坊を弟夫婦が連れてきて、
帰り際、「ほら、だっこしてもらいなさい」と、僕に預けた。
慣れない手つきで抱きかかえると、ビー玉みたいな眼がこちらを向く。
僕は、ゆらゆらと、さざなみのように、小さな命を揺する。

お前は、そんな瞳でいったい何を見ているんだろう?
笑うしかない俺は、どう映っているんだろう?

雨の音がする。きっと冷たい雨だ。
閉ざした窓の内側で想像だけしてみる。

言葉を選び取ることがふと怖くなる夜には、
いつも黙ることしかできなくなって、
口の中で舌が膨れ上がるようなイメージばかりを、
繰り返し、繰り返し、繰り返しては、
沈黙を深めた。

ひなこ、

まだ上手に笑えないお前だけれど、ああ、愛されているんだよ。
ろくに物も握れないその小さな手指で、しっかりと掴むのは、
今よりもやたらと眩しい未来の、光の粒子たち。

雨の音が、雨の気配が、やまない。
窓を開けると、夜の闇が濡れては、光った。



この目に映る世界が僕そのものなのだとして、
それは、なんて歪で、臆病で、エゴイスティックな、
たまに思い出したように優しい、世界。
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祝婚歌

2012-10-13 22:43:45 | 日々
結婚したい、なんて思ったのはなぜだろう?

今日は、従兄弟の結婚式だった。僕よりも二つ年下で、近所に住んでいたので、小さい頃はよく公園を駆け回って遊んだ。とはいえ、最近では顔を合わせることも滅多になかったし、会っても昔のように接することはできなかっただろうと思う。(思う、と言ってしまうくらい会ってなかった訳で)だから、彼が大学生活をどれだけ謳歌していたのか、職場でどんなふうに働いているのか、その中で生涯の伴侶となる人とどのような出会いを果たしたのか、何も知らないままに結婚式に臨んだという状態。おいおい、それでいいのか…。
式は料亭を会場にした神前スタイル。僕は友達も少ないので結婚式自体、片手の指で足りる程しか出席したことがない。こういうものかと思いながら、式が進んでいくのを見ていた。誓いのキスはなかったけれど、雅楽が流れる中で祝詞なんかを耳にしていると、とても厳粛な気持ちになったし、これは別れられんわな、と他人事ながら感じてしまった(笑)。続く披露宴では、二人のヒストリーをまとめた映像、新郎の上司からの祝辞、友人代表のスピーチ、ちょっとしたサプライズなど、お決まりの流れでかえって安心した。

新郎である従兄弟は終始幸せそうに笑っていたし、それを囲む人たちの顔もアルコールのせいだけでなく、なんだか温かい光が灯っているようだった。それを見て、少しだけ羨ましいと思ってしまった。
もちろん、僕は結婚なんてしない。この先、ずっと。それでも羨んだのが自分でも意外で、一瞬、とても寂しい気持ちになった。どれだけ大好きな人がいても、それを自慢することも、あんなふうに祝われることもない。

そんなのはあたりまえのことだと、割り切っていたはずなのになあ。



ちなみに、祝辞をいろいろ聞いているうちに「そういえば、そんな詩があったな」と思い出して、調べてみた(下で紹介してるもの)。ふむふむ、なるほど。その言葉は結婚に限らず、人と付き合っていくうえで大切なことだと、ちょっと反省した(苦笑)。

*****

吉野弘「祝婚歌」

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい

立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい

健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい

そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい
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五分の一

2012-03-12 22:48:57 | 日々
六年前の今日は、僕が君と初めて会った日。

まだ僅かに陽の残った夕方、新宿、紀伊国屋が待ち合わせ場所だった。僕は文章でしか知らない君を見て、年齢よりずっと若く見えるなと思ったんだっけ。意外なほど明るい茶色の髪が印象的だった。僕らが付き合うだなんて、あの時居合わせた誰が想像しただろう?
僕はもちろん、君でさえ予想しなかった未来を、今こうして生きている。学生だった僕は無事にサラリーマンになり、夜行バスで八時間かけて行っていた東京が、今はのぞみで一時間半。君は職場を行ったり来たりして、茶色かった髪もすっかりグレーに落ち着いた。

初めて会った翌日も一緒に夕食をとって、新宿の夜行バス乗り場で見送られたことを覚えている。向けられた好意に泣いたことも。あの頃、あんなにも信じられなかったものを、今はバカみたいに信じている。ゆるんだお腹も情けない寝姿も、全部さらけ出してしまうくらい。



ああ、好きだよ。愛してる。



僕の人生の五分の一以上がもう、君を知っている時間。
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かりそめ

2012-03-12 00:14:47 | 日々
そこにいた僕は、影みたいなものだった。

一ヶ月ほど前のことになるけれど、久し振りに母校の大学に行ってきた。お世話になった先生が来年関西の大学に異動になると、人づてに聞いたからだった。もう五年振りくらいに訪れた大学は、あちらこちらが新しくなっていて、もう僕の知らない場所のようだった(言い過ぎ)。かつて熱い人生指導を受けるために足繁く通っていた研究室も、微妙に違う部屋に移っていた。それでも、先生は相変わらずの笑顔で僕を迎えてくれた。「変わらないね」と言って。

あれ、僕は変わってないのかな?

大学時代、僕は友達の前でいくらかの仮面をつけていたし、それはおそらくセクシャリティの問題もあっただろう。ゲイであることを自覚し、活動を始めたのは大学三年の頃からだったけれど、それまでの僕は対人関係に不慣れだったせいで自分を出すのが下手だったし、ゲイ活動をしてからは後ろめたさのようなものが加わった。
そんな葛藤を抱えていたから、今の僕は大学時代の友達に会うことを億劫に思ってしまう。あの頃のような振る舞い方は忘れてしまったし、どんなふうに笑えば自然に見えるのか分からない。友達にしたところで、今の僕と会っても違和感を覚えて仕方ないんじゃないだろうか。あの頃の僕は、もうどこにもいないから。

こうして書いていて思ったことは、僕は結局、他人のイメージ通りに演じていたのだということ。
かつての関係に再び交じるなら、また同じように演じるのだということ。

楽しかったけれど、得たものもたくさんあったけれど、僕にとって大学時代の関係は、所詮かりそめでしかなかった。「どうせ伝えられない」と諦めて、最初から何も見せなかったんだ。自らのセクシャリティを明かさないことには、僕はそこで心から笑えない。心から笑えない以上、そんな場所に長居はしたくなかった。



なんか、寂しいね。



でも、じゃあ、先生の目に映っていた僕は、
いったい誰だったというのだろう?
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京都

2011-09-25 21:03:15 | 日々
ああ、夜の京都タワーは美しい。

昨日と一昨日、京都を訪れていた僕です。一番の目的は、一昨日の〈くるり 音楽博覧会2011〉を観に行くことだったのだけれど、日帰りもなんだかもったいないということで一泊して、翌日は京都の街を散策することにしたのだった。あ、ちなみに彼氏とではなく友達と。友達と一泊することに特に何も心配していない彼氏、ほんとかな? 僕なら、何も起きないと分かっていても気が気でないかもしれないのに(笑)。
くるり主催の音楽博覧会、小田和正、10-FEET、石川さゆり、フジファブリック、細野晴臣、マイア・ヒラサワ、斉藤和義、という多彩かつ豪華なメンバー。だだっ広い公園にレジャーシートを広げて、だらだらゆるゆると僕らは聴いておりました。あまりに天気がよすぎて、そのまま昼寝をしたくなるくらい。石川さゆりの「天城越え」はすばらしくて、斉藤和義の原発反対ソングは直球で、そしてもちろん、くるりのステージも胸打つものだった。個人的には「ブレーメン」「リバー」が聴けたことが嬉しかった。

翌日は、初日の疲れのせいで朝はしゃっきり起きることができず、やや遅めの出発に(苦笑)。でも、前もって決めていた銀閣寺、哲学の道、水路閣などを見ることはできた。ってかね、やっぱり僕、寺社仏閣が好きだわ。しかも銀閣寺のあの渋い感じ。もっと時間に余裕があれば、三十分くらい眺めていたかった。まぁ、そんな訳にもいかないので、さくっと済ませたんだけれど、そもそも友達はそんなに興味がなかったみたい(笑)。
今回の旅行で再確認したことが、いくつかあった。僕はやっぱり方向音痴だということ。関西人の顔がタイプだということ。朝は人から見てもテンションが低いのだということ。マイペース。そう考えると、日常を離れた場所では改めて自分自身に出会うことができるのだろうなあ。何も日焼け対策をしていなかったせいで赤く火照った顔を、帰ってきた自宅でまじまじと見て思った。



たまには友達ともいいけれど、
やっぱり今度は、君と行きたい京都です。
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さびしさ

2011-09-08 23:30:42 | 言葉
きみの庭を燃やしたのはぼく
可憐な薔薇も優しさも
何もかも灰にした

ぼくの井戸を埋めたのはきみ
涙も出なくなるほどの
精一杯の砂で

恋より甘く愛より清く
正しさを欲しがったのは

焼き払われた庭
埋め立てられた井戸
たぶん
ぼくらの寂しさのために
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百年の憂鬱

2011-08-28 00:08:31 | 日々
おそらく苦しい思いをするだろうことは分かっていた。
けれど、その衝動を抑えることはできなかった。

『すばる』9月号に掲載されていた、伏見憲明「百年の憂鬱」を読んだ。Twitterのつぶやきで紹介されていて、どうしようもなく気になってしまったので、今日、本屋で買ったのだった。では、いったい何が気になったかといえば、登場人物が置かれた状況そのもの、だと言えるだろう。
語り手である主人公・義明は四十代半ばを過ぎた中年のゲイ、文筆業の傍らバーのマスターをしている。そこに現れたのが、日本人とアメリカ人のハーフでモデルのような容姿のユアン、二十歳。二人は惹かれ合い、体を重ねるようにもなるのだけれど、義明には二十年来の恋人がいた。

それは、いつかの僕らだった。

「大人」と「子ども」の恋愛というのか、若く情熱的でときに強烈な嫉妬深さを見せるユアンと、それを愛しく眺めながら軽くいなす義明。二人のような直裁なやりとりをしたことはなかったけれど、僕はいつでも口に出せない言葉に傷ついていた。「体の関係はもうない」としても、「恋人というより家族」だとしても、「愛してる」と言われようと、不安も不満も心のどこかにあって、でも、それをぶつければ関係が破綻していくような気がしていた。元来臆病な僕にとって、それはもはや本能的な防御反応と言えたかもしれない。
すでに終わったことをまた引っ張り出して、彼氏を責めるつもりは全くない。何と言っても、今は十分に幸せなのだし。それなら何が言いたいのかと問われたら、あの頃は分からなかったことが、少しだけ理解できたということ。恋人のことをかけがえない存在とし、失うことはできないと分かっていながら、若いユアンのことも「遊び」ではないと言い切ってしまう義明の気持ちを、いつかの君の上に重ねてみる。矛盾したように見える複雑な感情を、きっと君も抱えていたんだろうね。



泣いて困らせたけれど、「別れてほしい」とは言わなかった。
別れたことに安堵したけれど、それでもやっぱり泣いた。
幼い僕は、自分の気持ちしか見えていなかったのだろうと思う。



僕らはこれから、どうなっていくのかな。正しい関係性を手にして、いつまでそれを握りしめていられるだろう? いつか「家族」みたいな関係になって、そのうちにセックスもしなくなるのだろうか。それも幸せだと言って、受け入れてしまうのかな。例えば、僕が他の誰かと遊びの恋愛をして、君はそのことに薄々気づきながら「仕方ない」と素知らぬ顔をしたり、するのだろうか。

いや、何も心配することはない。
僕は君を愛してる。ただ、それだけ。



でも、愛って何だ?
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