フェンネル氏の奇妙な生活

独身のフェンネル氏と2匹の犬と90歳のボケた母親との生活を
通して人生をユーモラスにまたペーソスに一人語りいたします。

男子三日会わざれば・・・

2012-01-31 08:40:02 | Weblog
「男子三日会わざればカツモクして見よ」というが昨日久しぶりに旧友と飲むことがあって彼を見て驚いた。いつもは165cm73kgの体形だったのになんと59kgに変身。なんでも糖尿病で入院してたそうで食事と歩行で完全健康体になったということだ。奥さんが食事管理が大好きで徹底したカロリー計算で医者もビックリするような献立管理だったとのこと。本人もそれに逆らうことなく従って「大変口がきれいになりました」と言ってました。今は、慣れてこの食事で大満足ということで小食と運動を生活習慣としているとか。健康診断的数値は問題ないとのことだが「糖尿病」と診断されると完治ということがないのだそうだ。昔は口がいやしい「よく食う男」だったのがいまや紳士だよマナーも。人って変われるもんだね。やはり、食べた者が人を作るか。彼を見習って自分も65kgをめざさなければ。でもデブは食うからな。
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春の準備

2012-01-30 08:55:32 | Weblog
春の足音がほんの少し聞こえてきたと思ったので春への準備で「れんげ草」の習作をした。葉が小さくて沢山あるので途中であきてしまって後で仕上げようと思って筆を止めた。まぁ準備ということでゆるゆるいきましょう。

れんげ草を描くのははじめてだけど「れんげ草」を見ること自体がすくなくなった。この春は、たくさんのれんげ草を見て写生したいな。

     れんげ草

 れんげ草が咲いてる畑にその子の家があった
 あたり一面れんげ草 
 カーマイン色のれんげ草
 れんげ草は畑をまもり 田圃をまもり
 その子を守った
 くれない色の花をか細い茎が支えている
 風に揺れると張子の虎みたい
 れんげ草の中に入っていくと
 「おとうさん おかえりなさい」と
 迎えてくれる
 石ころでできた玄関。小さな茣蓙
 こんな家があちこちのれんげ草にあって
 子ども達が大人のふりをして忙しそう
 春には柔らかい光の中で小さな手が僕の手に
 のびてきそうだ

春の計画をぼんやりと考えている とくに当てもないことだが・・・。
 
 
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講談歌

2012-01-29 10:11:03 | Weblog
昨夜は絵を描いていて遅かったから朝寝坊した日曜日。いつも聞く時間帯とちがうラジオをきくと演歌の番組なんだろうかそんなのをやっていてそのなかのゲストに女の人が出ていて「せりふ」つきの曲を歌っていたのが新鮮だった。「喧嘩ヤスベエ」なんとかと言う歌で「今、何どきだ なに四つだと!?もはや間に合わぬか。おのれ卑怯なりムラカミ兄弟、叔父ご待っていてくだされヤスベェきっと助太刀つかまつります・・・」ってせりふを歌の間に入れて歌っていく講談を歌にして伝えていく範疇のものなんだろうか。講談歌というジャンルがあってもいいのにな。「俵星ゲンバ」とかよく三波春男さんが得意としていた分野だよね。こんな分野にうら若き女性が参戦してくれるのはうれしい限りだ。それにしても演歌の人って歌がうまいね。こんな人が歴史物語を歌って聞かせてくれたら覚えやすいのにね。若い人も頑張っているか。昨夜描いていた絵はシュータン。

手が大きすぎたかな。
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七色紙の里

2012-01-28 10:48:40 | Weblog
神谷から坂道を登って七色紙の里に行ってきた。七色紙というのは土佐七色和紙のもととなったもので染色に詳しい養甫と安芸国友と製紙家の新之蒸が研鑽を重ねて生み出したものだ。新之蒸は伊予の国の住人でたまたまこの近くで病を患い養甫と武将の安芸国友に介抱してもらったことでお礼にと紙漉きの技術を伝授したところ染色に詳しい養甫が色をつけることを提案。国友の指図で村人を巻き込んでの試行錯誤といったところであろうか。ようやく完成し体調もよくなったので伊予の国に帰ろうとした新之蒸を見送りに来た安芸国友が製法が他国に伝わることを防ぐため仏ヶ峠で背後から新之蒸を斬ったという話が残っている。その後国友は山之内一豊に七色紙を献上し七色紙の製造独占権を得て明治になるまで安芸家は栄えたということだ。戦国時代の話だからと言ってしまえば終りなんだけど後味が悪い。経済優先は何時の時代でも同じか。高知県人はさすがに後ろめたかったのかこの仏ヶ峠ちかくに七色紙の祖 新之蒸の碑を大正年間に建立している。その少し下がったところに国友の墓があった。往時はこの辺りの道が主要道路で佐川へでて越知の松山街道へと続いていたんだろな。途中の小野なんかちょっとした宿場町ではなかったんだろうかと少し広いところがある公民館まえでそう思った。いつでもタイムスリップしたような風景。土佐の山間にある。

パラレルワールドに迷い込んだ感じがするのは俺だけだろうか?
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寒い

2012-01-27 08:21:32 | Weblog
寒いね。雪は降ってないけど犬の水入れの水は凍っている。ついに寒さに最強のコートををだした。アウトドア用のカナダのメーカーのコートだ。インナーがダウンで外が防水
フードの周りにファーが付いている。今まで着た中でこいつが一番だ。それに今年は誕生日にもらったエネループで発熱するネックウォーマーを装着。フリースで出来ているから電気の暖かさがいまひとつわからないんだけど首周りは温めないとね。でも人ってふしぎだね。初冬にマイナス10度の山の中でダウンも着ないでマウンテンパーカーだけでいたのにマイナス2度くらいの平地のほうが体感が寒いんだ。ダウン着てもね。
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だるまさんが転んだ

2012-01-26 09:12:10 | Weblog
マーチンが歩いていて転んだ。雪も降っていないのに。道も凍っていないのに。歳だからか。急いでいたのか。転んで顔を打って怪我をした。「手をつかなかったの?」「ついたよ」それでも顔を打ったってことは勢いがあったんだ。何をそんなにいそいでいたんだろう。年取るとこういうこと以外とあるんだよな。顔に絆創膏を貼ったマーチンを描いた。
  
   だるまさんがころんだ

だるまさんがころんだ マーチンがころんだ
家族みんながあつまって その顛末をきいている
幼い頃ころんだとき かけよってきて
母がフウフウしてくれた あのぬくもりのように
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若冲の衝撃

2012-01-25 18:10:22 | Weblog
若冲展に行ってきました。

若冲展と言ってるのは僕らだけで本当は「琳派・若冲と雅の世界」と言うタイトルで開かれている京都の細見美術館のコレクションの展覧会です。そうとは知らなかったので若冲をじっくり見ようといつもは出かけるときは100円の老眼鏡を持っていくんですけど今日は眼鏡屋さんで目にあわせて作ってもらった老眼鏡を持って美術館へ。駐車場に車を止めてドアを閉めていざ眼鏡をかけるとネジが緩んでいたのか左のレンズがポロット落ちて石で出来た駐車場のブロックに当たって欠けた。これぞまさに「若冲の衝撃」ショック。結局眼鏡なしで見ることになった。だけど若冲の作品は4~5点くらいだったからこっちも逆に「若冲の衝撃」だった。オレは鯨も白い象さんも見たかった・・・・。でも若冲の絵は全部が生きていて語っていてただ上手いというだけでなくなんと言おうか今にも動き出しそうなんだ。絵じゃない絵というのかな。鶏の鳴き声が聞こえたし子犬が箒にじゃれついてるのが見えた。竹は風に揺れ、これぞまさしく若冲の衝撃!日本文化って凄いんだなと実感しました。
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再び吉国へ

2012-01-24 08:33:55 | Weblog
昨日、誕生日だからということで御在所山が見える吉国へ行ってきた。ここの総鎮守熊野大社であった美良布神社を再訪。

拝殿の上に鳳凰が彫ってあるのかとじっと見つめると鳳凰ではなく竜が羽を広げてた。竜って羽があるのかな。鰓というべきか。空想といえども若冲だって羽がある竜を思いつかなかったのに。この神社はなにかあるな。すばらしい彫刻のある神社なんだけどなにか隠されているような。武者が幼子を負ぶって従者と行く彫刻があった。説明ではそうでなかったけど「あれは、安徳天皇を背負った平忠盛ではないか」と直感で思った。ない話ではないよな。ここは平家の落人伝説がある地だから。明治の愚策「一村一社」神社合祀政策で潰された神社が集まってきているが格式が高い神社は残されたのかな。まさに愚の骨頂の政策を薩長の下賤政府は実施したもんだ。民衆もさらに問題意識がなかったという。時代とはそういうものなのか。境内の左に力石というのがあっていままで3人の人が肩まで担ぎ上げたとある。180Kと重さの表示、挑戦してみたが持ち上げることも出来なかった。

寒波がきて雪雲が御在所山の頂上にかかっていた。アントン伝説が残る山だ。あの下に平家の門脇中納言の屋敷跡がある。またいつかあの山に登って高板山(皇の居た山)まで行くぞと思いながら吉国を後にした。帰ってからパウンドケーキとオレンジケーキを焼いた。そして姉のマーチンが買ってくれた小さな小さなケーキで61歳の誕生日をささやかに祝ってくれた。

明日はスケッチブックを買いに行こう。
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椿咲く・・・

2012-01-23 08:52:25 | Weblog
椿咲く春なのにあなたは帰らない・・・・名曲です。キムジョンイルじゃなかったチョーヨンピルの曲ですね。彼は好きですね。西洋文明と違った文明がある日本文明だと教えてくれてたんじゃないかな?今から思えば。それを気付かずに一億総低民となって自然破壊へと突き進んで挙句の果てが原発事故で似非西洋文明は崩壊。再生の道はどうするんだろう。この国は、元の姿をとりもどせるんだろうか。と考えながら近くの高校を通りかかると校庭に椿の花が咲いていた。

椿は、春の花なのか。寒椿といって寒い時季に咲くのにね。旧暦なら春なんだけど。むかし北面の武士だった佐藤義清が「花の下にて春死なん 如月の その望月の頃」と詠んだ歌は旧暦の季節だがあれは驕る平氏の公達がなぜかみな小桜の紋がある胴を好んでつけるのを見て平家の衰退を予知した歌だと最近聞いた。とりかたによって違うんだね。興味深い話だった。昨日は春椿のような暖かさだったけど今日は寒椿のような寒さだ。今日、僕は、61歳になった。自分でバースデーケーキを焼く。グスン。
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Lundi et Mardi

2012-01-22 09:11:13 | Weblog
うちの犬の名前は「ランディとマルディ」。もううちにきてから5年くらいになるのかな?動物愛護協会の人が飼ってくれといって連れてきたんだ。姉妹で当時3~4歳くらいじゃなかったかな。月曜に連絡があって火曜日にきたから「月曜と火曜」と言う名前のフランス語で「ランディとマルディ」と名付けた。ランディが白い犬で妹。マルディが黒い方で姉。ランディはグラッドハンドで誰にでも愛想がいい。マルディは誰にも愛想を振りまかない。知らん顔だ。多分僕しかマルディの喜ぶ顔や鳴き声を知らないだろう。二匹とも外犬で庭で飼っている。性格は違うけど二匹は仲がいい。朝と夕方に散歩に連れて行く。
餌が欲しいとか散歩に連れて行けとかいままで聞いたことがない。犬はどんな環境にも文句は言わない。だから気をつけてやらなけりゃならないんだ。いままで犬の絵を描こうとしてなかなか描けなかった。なんか僕には難しくって。イメージとのズレがあったんだよな。描けない描けないと言ってたらバジルがヒントをくれた。そしたら描けた。

うれしかったな。「月曜と火曜」僕が「水曜」になれるようにガンバロウ。
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