フェンネル氏の奇妙な生活

独身のフェンネル氏と2匹の犬と90歳のボケた母親との生活を
通して人生をユーモラスにまたペーソスに一人語りいたします。

脱藩の道で立ち幅跳び

2009-09-30 09:36:21 | Weblog
昨日、バジルが年代別立ち幅跳びの距離が出てたけどぜんぜん跳べないと言ってたのを僕らの好きな田舎町にある蕎麦屋で蕎麦を食べている時に思い出した。


ここの蕎麦は、つなぎなしの蕎麦100%で小指くらいの長さだ。やっぱり蕎麦は、ズルズルと長くないとなぁ。と思いながら食べて見るとこの素朴な味が郷愁をさそって悪くない。


確かに食べにくいのだが蕎麦の味がそれを打ち消していく。この定食には、地元で作った「キムチ」もついていてこれがまた美味い。町のスーパーといっても小さな万屋のような感じだけどそこで売ってると聞いた。蕎麦屋をでて竜馬脱藩の道で立ち幅跳びをやって見ようと思い立って「誰でも2メートル位は跳べるよ」とタカをくくっていた。砂利道で線を引いていちにとさんで跳んでみるとなんと全然跳べません。体の重いこと。地面に穴が開くんではないかと思われるほどの音を立てて地面を揺るがすんだけど1メートル50くらいのところで落ちている。こんなはずじゃないと再度チャレンジ。結果同様。おかしいなおかしいなと何回か繰りかえすうちに要領を思い出してなんとか身長ちかく跳べた所で本日終了。町へキムチを買いに行った。町と言っても10分くらいで見て回れるところだけど幼稚園から小中高校とあって元気がいい。雲の上の町といってアピールしてる町だからかな。途中であった高校の男子が、村外の者と分かるのだろうか「こんにちは」とさわやかな挨拶をして通り過ぎる。「採れたてのアスパラガスのような子だな」と振り返って見た。そして、今朝、太ももと腹筋が痛くて、三歩進めず。普段使ってない筋肉を使ったからだと気づいたが後の祭り。
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今日から新学期

2009-09-29 02:34:38 | Weblog
今日から新学期
今日から新学期だ。フランス語講座初級編のラジオだけど。またレナさんが帰ってきた。お久しぶりって感じ。まだ、初級編?とラジオの向こうから言われそうだけどまだまだ進級できそうにありません。すぐ忘れるお年頃ですから。時よ時節よ変わろうとままよ。やっぱり、初級編はいごごちがいいなと居座ってる。昼間はレナさんで夜は、クリスティーナさんだ。この二人は、どちらも分かりやすい。パリは、いま秋でさわやかな晴天が続いているんだって。芸術の都パリと言うくらいだから超一流の舞台やオペラなんかが5000円くらいから楽しめるんだって。日本なら2万から3万するチケットがだよ。いいな。特に子供の頃見せられたものって意外とおぼえているもんだから。観劇は、感激。

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mill'epi

2009-09-28 02:25:10 | Weblog

木曜市にね好きな店があってちょうど時間が合えば出かけるようにしている。パン屋さんだけどね。もう随分と通ってるんだけど前週はじめてこの店の名前を知ったんだ。青空市だからテント張って商品を並べて売るだけのことだから特別屋号をあらたまって出してると言うことはないんだけどどの店も。いつものゴマスチティックとくるみパンを買ってふと見ると小さなプラカードが籠にささっていた。「これって店の名前」と聞くとうれしそうにmilleは千でしょepiは穀物って意味なの。と教えてくれた。住所を見ると随分と遠いとこからだった。山の中にある町だ。そこで朝早くからパンを焼いてこの市場まで運んでくるんだ。春は、花の中を、夏は緑の中を、秋は紅葉の中を冬は、粉雪の中を。ウ~ン素敵な商売だね。これを、スリムな女の人が一人でやってるんだよ。mille force だね。土佐のはちきんは、偉いね。

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ギリヤーク人

2009-09-27 01:49:14 | Weblog

いま脚光を浴びている民族にギリヤーク人がいると言ってもあながち間違いではないだろう。生存してるかどうかは怪しいけれどはじめて知って興味を持った人が多いだろう。「1Q84」の中に出てくるんだチェーホフの「サハリン島」という紀行文の中に書かれているギリヤーク人のくだりが。妙にそこが気になってという人も多かったのでしょう。僕も早速図書館に借りに行った。書庫の置く深くから昭和25年発行の岩波文庫を取り出してきてくれるもんだと思っていた。そしたら、図書館の人が手ぶらで帰ってきて、「これは、返却のところにあったんだ」といて返却ワゴンから持って来てくれた。「こんな古い本をよむひとがいるんだな」とか言いながら渡してくれた。「きみは、1Q84をまだ読んでないのか」と思いながら醤油で煮しめたような文庫本を受け取った。自分の前にこれを読んだ人はどんな人だろう。きっと、青豆が好きな人だろうと勝手に想像した。予期したとおりこれは、レポートでありチェーホフでなくてもいいんじゃないかとも思えるけどチェーホフだから面白いのかとも言えるのかな。本を開くと旧漢字の海、読みにくい。他のところは飛ばしてギリヤーク人とアイヌ人のところだけ読んだ。「ウスリー紀行」で知ってたけどサハリン以北にはたくさんの少数民族がいる。もちろん知らない民族がたくさんだ。でも彼らの暮らしぶりにはロマンがある。アジアの奥深さを感じる。そんなこんなでギリヤーク人に多くの人が興味を持ったのだろうか、問い合わせが多かったのだろうか今度、何年ぶりかで再販されて新刊として売り出されると聞いた。うれしいやら、驚いたやら。まだ、捨てたもんじゃないね。この国は。

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左足が下がった。

2009-09-26 01:40:22 | Weblog
この前から歩いていると微妙に両足のバランスが悪いことに気づいた。左足を引きずったような感覚。はじめは足が伸びだしたのかと思って明日になったら右足も伸びて足が長くなると喜んでいたんだけどそうではないらしい。いつまでたっても右足はそのままで左足だけ伸びたような感じ。これは、左足が伸びたのではなく腰痛からくる姿勢の悪さで左に負担がかかっているとのこと。自分ではまっすぐ立っているつもりが曲がっているんだ、腰をかばって。そうなのか。腰痛が治ればバランスもとれるらしいけどしばらくかかりそうだな。今回の腰の痛みは、針を2回打ったけどよくなってない。筋肉をつけなきゃと思うけど脂肪ばかりがついてくる。腰が痛いから転がって本を読むだから余計に腰に負担がかかる。これが分からない。転がっているんだから悪くはないと思うんだけど肩とか首とかの凝りが腰に負担をかけるんだって。腰って大事なんだね。体の要って書いているもの。それなら、腕と足とを動かして徐々にバランスを取り戻すのが腰痛回復の近道かもしれない。
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a demain

2009-09-25 01:07:05 | Weblog
今日のフランス語基礎講座 はAu revoirで終ってしまった。いつもならA demainと言うのにと思っていたら最終回だった。早いものでもう6ヶ月がたってしまった。真面目に聞いてはいないが終るとあせる。日常的な文法の90%はここに出てくると言ってたっけ。単語は1100位だったと。それだけあれば十分と言ってもその中の数パーセントしか理解してないんだから完全な落ちこぼれ状態だ。それでもめげない所が年の功か、厚顔無恥か。また、新学期からに期待しよう。NHKの語学講座は優れものと思っている。いろんな企みを試して飽きさせない。これだけでマスターできると言う人もいるけどきちんと聞ける時間がある人はいいと思う。CDもあるけどあれは、積読になる可能性が高いからリアルタイムで聴くのがベストだ。だから、飛び飛びだけどまた新学期から参加するの。先生も変わるし助手も変わるから新鮮な気持でまたいちからだ。そのうちunと言われる。赤毛のunではなく白髪のunだ。せめてdouまで行きたいな。
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dry fruits

2009-09-24 01:07:40 | Weblog
最近、ドライフルーツを良く食べる。仙人みたいな気がしないわけでもないが、少しボウルに入れて何か大切な食べ物のようにやさしく食べる。干すと何故こんなに旨くなるのかな。朝食では、これに牛乳とで済ますことも多い。レーズン、杏、ブルーベリー、ラズベリー、フランボワーズ クランベリー パパイヤ マンゴー
グリーンレーズンと種類も多い。昨日まだは、イチジクの干したものもあった。これを、少量いただくことが何か特別なことをしていると思わせてくれて一人ほくそえむ。あるときは,聖人に、あるときは、忍者になって魂は、そこら辺を駆け巡る。外は、虫の音。傍らには、忍者猫。「ふふふ、僕らの謀計の相談は続く」「ウルーきみはあそこにつけ、フィガロ、きみは、いつものところから家を抜け出し敵の背後に回れ」「幸運を祈る」とお互いにエールを交わし猫は、鰹節を、僕は、ドライフルーツを食べて顔を見合わせる。「散れ、解散」と言ってそれぞれの持ち場に散る。そんな奇妙な力をドライフルーツは、与えてくれる。明日は、体を動かしてみようかな。
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赤とんぼ

2009-09-23 10:01:32 | Weblog
赤とんぼが群れて飛んでいた。いつもの公園で。昨日は見なかったような気がするけど、突然ということはないから気がつかなかっただけか時間帯が違っていたか。なんだか、久しぶりに見たような錯覚を覚えた。

赤とんぼ
赤とんぼ
羽をとったら
とんがらし

でしたっけ?今は、昔の感ですね。銀杏の木の下ではギンナンを拾っている人、その傍を犬を連れて通り過ぎる人去年も、一昨年もその前も変わらない風景なのにトンボを見つけただけで初めての秋のように驚き感動する。そして、歩きながら、トンボを見たのはいつだったかなと勝手に子供時代の記憶を探りああ、そうだったと納得している自分がいる。毎年見てるはずなんだけど。

赤とんぼの歌を
歌った日から

というのは、「夕焼け小焼けの赤とんぼ負われてみたのはいつの日か」のほうでしょうね。とんがらしのほうじゃないですよね。
なんて、馬鹿なことを考えながら帰ってきてリンゴ酢を牛乳で割ったものを飲んだ。なんだか、秋晴れの草原にいるように思った。
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酒が飲みたい日

2009-09-22 21:09:46 | Weblog
A time to be reaping
A time to be sowing
The green leaves of summer
Are calling me home
In the seasons of plenty
When the catfish were jumping
As high as the sky

秋風が吹いてきたら酒を飲みたくなった。酒飲みではないけれど。どちらかといううと酒は飲めない体質だけど酒は好き。語弊があるかな。酒文化が好きなのか。酒場文化はあまり興味がない。コトコト酒の肴を作って本でも読みながらちびちび飲るというのが自分のスタイルかな。今日は、沖縄の古酒をお湯割でいただいた。

刈り入れのとき
種をまくとき
夏の緑の葉は
私を故郷に呼び戻す
若いということはよかった。
実りの多い時季に
なまずが、空高くはねあがる
実り多い時季に

すこし前の夏を思いながら透明な酒を飲む。何も考えないで新しい老眼をかけて
酒を味わう。just one 一杯だけの夏との別れ、秋との出会い。

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戦場から土佐への手紙

2009-09-21 19:00:33 | Weblog
ラジオで今日からかな「戦場から土佐への手紙」という番組が始まった。太平洋戦争末期戦場から家族に宛てた最後の手紙(本人は最後と思わなかったかも知れないけど)とその手紙にそえた家族の思いとの構成で1回に3篇ほどアナウンサーが朗読して聞かせてくれるんだけど聴いてて思わず涙が出ました。それまで、自分なんかは、歪んだ教育によって滅私した特別な集団のように思っていたんですけど手紙に書かれているのは、当たり前のことなんだろうけど自分たちと同じ普通の人が普通の幸せを願って果たせない現実を粛々と受け入れつつも人間としての本文を家族に託して散っていかざる終えなかった無念が伝わってきて胸をうった。当時の親は、戦場から顔も見ていない子供に対し絶大なる愛情を注いで「どうか立派な人間になってください」と願っている。そう言えば、僕らの子供の頃もこの精神は残っていて「立派な人間になれ」と言われたような気がする。それがいつの間にか「偉い人になれ」になって「立派や、偉くなくてもいいから自分らしく生きて」になっていった。立派な人間とは、固定されたイメージや具体的なことは何も言われていない。ただ、漠然としてよいこととしてはいけないことの判断ができるくらいに捉えていたように思う。今考えると、それで良かったんじゃないかと思うし日本の精神文化の卓越性を感じます。彼らは、生きたかった。死にたくなかった。
彼らが命をかけて残してくれた国そして平和。はじめて、そんなことを自覚した時間でした。
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