フェンネル氏の奇妙な生活

独身のフェンネル氏と2匹の犬と90歳のボケた母親との生活を
通して人生をユーモラスにまたペーソスに一人語りいたします。

心太

2008-07-31 19:55:45 | Weblog
心が太いと書いてトコロテン。夏は、ミネラル豊富でのどごし爽やかこのトコロテンに限るね。といっても都で食するような前菜としてではなくデザートとしてでもなくサマ-ディッシュのメインとしていただく。鰹だしでとったスープに味醂と醤油、塩なんかで味付けたものにトコロテンをいれて胡麻と生姜おろしをのっければ出来上がり。昔ながらの漁師の食べ方だと思うけど黒蜜で食べるより、甘酢でいただくよりこれが一番美味だ。もっともこの辺りではトコロテンといえばこのスープで食べるのが普通で外の食べ方にはお目にかかったことがないんだけど。一昨年の夏だったか漁師町の食堂で、勿論クーラーなんかなしでとを開けっ放してハマ風を入れてるようなとこでミーミーやモンクや名前忘れたけどマレーシアの女の子と4人で一杯のトコロテンをたのんでワーワーとトコロテン談義をしたものだった。What's this?「sea plants」なんてミーミーが適当に説明したっけ。このとき初めて、英語は適当でいいんだと思った。通じればね。これで気が楽になって、英語でコミュニケーションが出来だしたような気がする。品格を落としさえしなければ楽しい。日本人は、杓子定規か、くだけすぎるかで中間が無いから。言葉って自分だろう?だから、自分らしくが一番で、その次、単語と文法なんだよね。でも生きている言葉だから自分らしく端折るけどこの端折り方がマイスタイルなんだ。トコロテン食べて押し出されたように会話力がアップした夏だったねと今、懐かしく思い出している。
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昔、男ありけり

2008-07-30 20:00:54 | Weblog
伊勢物語を少しづつ読んでいる。作者不明、大勢いるらしい。いまでいう書き込みサイトかな?何となく繋がっているところが微妙だけど一話完結の話だよね。でも、答えが無い。あなたの好きなように解釈してと言うスタイル。B型の自分にはコタエラレマセン。
「君がため手折れる枝は、春ながら、かくこそ秋の紅葉しにけれ」と男が求めれば「いつの間に移ろふ色の着きぬらむ。君が里には春なかるらし」と女がちくりとやる。昔も今も原則として男と女は変わりがないと思っていたんですけど、最近、男を見て遠くからでは、女かどっちか分かりません。自分だけの現象かと思い同年代の友達に尋ねると大体が、同じ意見でした。男性の女性化は言われて久しいけどかくもこう体形が丸くなると後ろからでは区別つきません。昔、男ありき・・が別の意味でリアルに思えてくる。武器が無ければ戦えない体。古びてはいるけどゴツゴツしたおっさんを見るとなぜかホッとする。シミ、そばかす、日焼けに注意。血液サラサラ当たり前なんて言ってないで脳の血管がぶち切れるぐらい粘って生きてみろよとこの頃そう思う。昔男とは、精神が肉体をまとっているものだから。
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蝉の声

2008-07-29 21:19:48 | Weblog
静けさや岩にしみいる蝉の声 芭蕉が出会った蝉は何蝉だったんだろうか。公園に行くと木を揺るがすようにクマゼミが鳴いている。住み分けをしているのだろうか隣の桜の木では油蝉が染み入るように泣いている。芭蕉も油蝉の声を聞いたんだろうなと思いを馳せる。ゆっくりとノンビリと月日は百代の過客にしてと旅する老人の姿が目に浮かぶ。まさに出会うものすべて感動!こんな旅をしてみたい。予定に縛られるでもなくフラフラと足の向くまま、気の向くまま。これがまさにアドヴェンチャー。夏には特にそう思う。それにしても今年は水の事故が多いね。自然に対し、危険に対し鈍感になっているからだろう。臆病で、注意深くなけりゃ自然は受け入れてくれないよ。マスコミが悪いのかな、自然って素晴らしいものじゃないんだよ。畏敬の念で接するものだよ。荒神様のお住まいだからね。だから、楽しむ前に、安全を。
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いちご白書

2008-07-28 20:51:47 | Weblog
「いちご白書をもう一度」だったっか、このところ良く目に付く。フォーク特集を誰かが組んだとかなんとかで新聞に曲名が載ったり昨日買った、フラ語の本にも読者の質問で、うちのお父さんは、最近「就職が決まって、髪を切ってきたとき、もう若くないさと、きみにいいわけしたね」とよく歌っています。このところに来るとうるうるするらしいのです。でも、お父さんには切れる髪がほとんどありません。もう若くないってフラ語でどういうのですか?なんてほとんど笑いばなしにされているんですがそうでしょうね。人の青春なんてやっぱり笑い話ですから。ましてや世代が違えばほとんど理性の外でしょう。はたで見ててそれなりに面白くはあるけど理解は完全に出来ません。自分達だって、少し上の世代のことが理解できるかと言われると完全には分からないのです。ましてや、歌なんてその時代時代の色彩が強いから今の子が聞いて僕らのように感じるかと言えば感じないでしょう。いちご白書よりリアップをもう一滴の現実。おれは、まだ、切る髪はあるぞ!なんて、違う土俵で勝負しそう。je ne suis plus jeuneと言い訳しながらまだ若いと思ってるからきっと自分達の世代は、躓きながらもまだはびこるのだろう。
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わかりやすいにもほどがある。

2008-07-27 15:54:52 | Weblog
窓を開け広げて「わかりやすいにもほどがある」とフランス語入門の本を読んでいる。このところいろいろな事情で全く進んでない。どうしても基礎は今年中にクリアしたいとおもっているのでとりあえず特効本で外堀を埋めようと作戦変更をしたんだけど。表題ほどわからない。トホホだね。でも、分かりは遅いが、あきらめない、コツコツやるは、仕事人として鍛えられているから少し時間がオーバーするかなとお気軽に考えている。覚えても、すぐ忘れるというのがネックで、何回も同じことを覚えなおすと言うことの繰り返しが時間オーバーの原因だけど。実際すぐ忘れるからしかたがない。これが、年と言うものだろう。それとも自分の資質かな。幸い、本を読むことと知的興味には飽きることを知らないから牛歩のごとき歩でも努力することは厭わない。何故だろう?全く、最近、ぶれないというか成果なきに等しい状態であるのに飽きない。言語のもつ魅力かな。ここで、躓いたら世界の本を原語で読むと言う壮大な目標が達成できないから。達成できると信じる陽気なココロ。この楽天さはどこからくるのでしょうね。
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strange fruits

2008-07-26 19:34:56 | Weblog
マーチンとこの金木犀に鳩が巣を作りかけたと聞いて見に行ったら隣のグイミの木になんかぶら下がっている。近寄って良く見るとマーチンとこの孫の靴下だった。これって、ストレンジフルーツなのかな。ビリ-ホリデーもこれがストレンジフルーツならずいぶん歌詞もメロディも違ったでしょうね。ララバイのような曲想で、田舎のコットンフィールドを吹く風のようなイメージで歌ったでしょうね。でも、声質に合わないかなと一瞬のうちにいろんなことを思った。「鳩ノ巣だけどどこかに移動させないと、ここは、猫もいるしヘビもいるから」というと「それも自然の摂理だ」とにべも無い。おまえは、高木美保かとぶつぶつ。一理はあるけど予想できることは避けたらどうかなと思うのだけど正論のエゴイズムには言葉では反論できない。少なくとも自分の目の前で鳩の雛がどうにかなるのは嫌だから、鳩を追っ払うことにした。では、追っ払われたばっかりにもっとひどいとこに巣を作らなければならなくなったとしたらどうしてくれるんだと言う命題がつきまとう。「自然の摂理」が頭をよぎる。このストレンジフルーツはビリーホリデーの歌のように重い。さてどうするか。難題だ。
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au vert tres vert

2008-07-25 20:35:23 | Weblog
今日は、久しぶりに緑の中へバジルと出かけた。鮮やかな緑、濃緑色、黄緑 山は、緑一色。圧倒される。あんまり暑いので、涼を求めて、お弁当とお茶を持って出かけただけだから登山の準備はしてなかったけど山を見るのもたまにはいいね。陽射しは強いけど山は、やはり涼しかった。自分達が、山のレストランと名付けている場所に到着して、車を寄せて、椅子を出して、お弁当をだして、お茶を出してお昼の準備をしていると水場の石の上で体長1メートルくらいの「じむぐり」が休息していた。ヘビだけど大人しいやつで死んでるのか生きてるのかまったく分からないくらい気配を消してた。前にもこんなのみたことあるので、多分生きてると思ったけど体に2箇所怪我してるのを発見して、深手だったのでそれで死んでるのかなとも思った。バジルと来るといつもヘビに出くわす。ヘビ女だねなんて冗談を言ってると人間の性かしら、気になるんだなヘビが。「やめろ」と言うのも聞かず小枝を投げて動くかどうか試そうとする。動けばひきつるクセに。小枝は当たらなかったけどヘビは動いて叢の方へゆっくりと移動していった。かなり、バテテイルようだった。鳶か、鷹に襲われたようだ。あのキズは鋭い爪の跡に見えた。捕まったが、重たくて、鳥が放した隙に逃げおおせたのかな。「あのキズは治るの」とバジルが聞くから「治るよ、自然治癒力がすごいんだ。ただ、餌がしばらくは獲れないだろう」と言うと「動物は、何でも受け入れて耐えるしかないのね」と変に分かったようなことをポツリと言った。「でも、助かって良かった」と言ってお弁当を使い始めた。
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バテない痩せない丑の日

2008-07-24 21:41:36 | Weblog
今日は土用の丑の日、奈良時代から夏は鰻ときまっている。この所、産地偽装で、国産モノがスーパーに主に並んでいる。それでも消費者は、こんなに国産ってあったの?と厳しい見方を崩していない。食えなくなったら、中国産でも、アラビア産でも、どこ産だって食うのに表面だけでワーワーと文句を言ってる贅沢。この贅沢、いつまで続くんだろう。かく言う私はと言うと「付和雷同」です。産地偽装の会社の親会社があった徳島産の鰻なんか信じてません。徳島って青島(チンタオ)の隣?くらいなもんで買いません。それでも、パンプに食べさせようと本当に国産かどうか見極めといっても鰻って海に一旦出てしまうから養殖じゃない限り素性はわからないのに味が違うというだけで天然モノを買ってまいりました。早速、炙りなおしたれを漬けてうな丼を作ってやりました。肝吸いもつけるところですけど、今回は、それこそ素性がわからないのでやめました。そのかわり、夏野菜のスープにジャスミン茶を出してあげました。これが、意外と合うんです。パンプ、美味しかったのか、ペロリと片付けました。人が美味しそうに食べているとこを見ると幸せな気分になりますね。これって主婦の感覚?
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三つ数えろ

2008-07-23 21:08:11 | Weblog
「三つ数えろ」とか日本のタイトルが有名だからCount threeと原題もそうなんだとおもっていたら「The big sleep」だった。「死」をイメージした「大いなる眠り」とでもやくすのだろうか。断然、邦題のほうがシズル感があるね。映画の話ではなくお釈迦さまの話なんだけど、ある悩める人に、ある時、お釈迦様がこう言われた。「悩む人よ、自分自身の息を数えなさい」と、その悩める人が、ひとつ、ふたつ、みっつと自分の息を数えだすと、それまでの悩みは嘘のように無くなりまたもとの元気な姿にもどったそうな。これには、訳があって、自分で呼吸を意識するとうつ病の治療薬に使われる、なんとかという(名前忘れた)物質が頭の中に増えてくるんだって。それで、自然治癒するんだ。magic 釈迦がそういうことまで知ってたとすれば、彼は、宇宙人ではなかったかとふとそう思う。ニーチェが、仏教は、キリスト教よりはるか上の宗教で衛生学だといったように食べ物にしろ、体にしろ、科学的根拠に基づいて構築されているような気がする。もしそうだとしたら、当時の人間には到底分かりえなかったことを捨利子に口伝で伝えることが出来た存在であるということは、人間ではない何かではなかったのではないだろうか。「三つ数えろ!南無阿弥陀仏」ってちょっと出来すぎ。
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あっ、虫に食われた

2008-07-22 20:35:57 | Weblog
服があんまりありすぎて入りきらないものだから、押し入れを改造してクローゼット代わりとしているんだけど、(もちろんあんまり開けたりはしない)防虫剤を入れるときくらいかな。つまりここの服は死んでるんだ。だけど愛着はある。今日、ハンガーを取り出そうと久しぶりに開けてみたら外に1本だけ吊るしていたウールのネクタイが虫に食われてレース状になってた。やっぱり、虫は来るんだ。いくら予防しても駄目なんだ。と軽いショック。もう外の服を点検する気になれない。きちんとした服を着なくなってもう何年になるのだろう。一年中、半ズボンというか七分丈のズボンにしたのは何歳の頃かな?ブルックスブラザーズ、アルマーニ、サンローラン、ラルフローレン、ダンヒル全部押入れの中で虫の餌だ。いまでは、アウトドアーズと無印良品を着まわしてるだけ。自分でもなんでこうなんだと思うけど、ズボンに合わしたらこうなった。年取って筋肉が落ちてね、まともなズボンを穿くとずり落ちてすそを踏んでこけたからかな。そのときから、バーヴァ-のブリークスになってしまったんだ、愛用のズボンが。下がこれだから上もカントリーになったというのが正解に近いかな。それと、無印良品。考え方が近いから愛用している。勿論上しか買わないけど。洗濯に強く昔っぽくていいよ。それに、コットンが中心だから虫に食われないから。
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