人生の処方箋・セラピスト愚禿進の我が計らいにあらず e-mail:gutokushin610@outlook.com

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我が計らいにあらず 89 正解なんてない 2

2017年08月10日 | こころを耕す

 正解とは誰にとっても、どこにいても、いつの時代にも、通用しなくてはならないとしたら、そんなものはどこにもありません。もしあると主張する人がいたら、よっぽど頭が固いか、独善的な考えに毒されている人に違いありません。客観的事実、たとえば、水は100度で沸騰するという事実は、常に1気圧であるならばという前提が必要になる。当然3000メートルの山の上では通用しない。政治家は「国民のため」と言うが、自民党と民進党とでは目線が違いますから、その前提すら曖昧です。共産党になるとその違いはもっとはっきりしています。つまり国民のためと言ってはいるが、この前提があったとしても口だけなんですね。
 この前提がくせ者なんです。合理的なはずの科学の世界は、いつでも、どこでも、この「一定の条件」を前提にして成り立っています。こころが科学として、心理学とか精神医学とかでとらえることができるものならばの話ですが。それでもいくつもの前提が必要なんですね。私は、はじめから 科学だけではこころをとらえられないと表明しています。科学を否定しているわけではないですけど、科学が万能ではないと思っていますから、科学以外の力を借りながら、安心して安らかに、自由に生きられるように、またクライエントの人たちにも、同じような態度で臨んでいます。科学以外の力というのはこれまでも何回かのべてきた、自然、他力、縁といった力です。だから胸を張って「正解なんてない」と言えるのですね。

 たばこの煙が身体によくないことは知られています。特に副流煙はたばこを吸っていない人にも健康によくないとされています。このことは医学的にも実証されていることです。これは前提抜きで正しいと思います。ところが、その「たばこの煙はどこへ消えるのか」ということを研究すると、これは「複雑系の科学」というものらしいのですが、「無風状態で一定の範囲」という前提や条件がなければ結論は出せません。この条件や前提を満たすものは、世の中にはありません。狭い実験室に人為的に作ることができるだけです。これが科学というものです。
 天気予報も、「いまの状況が変わらなければ」という前提で成り立っていますが、それですら当たらないことが多いですよね。私たちの生活を見回しても、こんな問題通常は意識すらしませんよね。ただ私が「正解なんてない」という言い方をすると「この人、何言ってんのよ」てなことになってしまうんです。カウンセラーや心理療法士って、こころの問題を扱う専門家とか科学的知見をもった人というイメージもっていると思います。クライエントや、多くの庶民の皆さんは、そういうある種の「権威」に弱いんですね。それと同時に簡単に電話やメールで、個人情報は伏せておいて相談できちゃいますけど、何度も言います。「正解なんてないんです」。一人ひとりが自分で決めるんですね。それがその人にとっての正解なんです。私が援助できるのは、相談者が自分で自分の進路を決めるのをちょっとだけ手伝うだけなんですよ。あなたにとっての正解はたったひとつきりのものでもないし、歳とともに移り変わっていってもいいんです。
 一昔前までは、精神疾患の診断は、10人の精神科医がいれば10通りの診断名がつくというくらい「正解」はなかったんです。これほんとですよ。それではまた。

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