人生の処方箋・セラピスト愚禿進の我が計らいにあらず e-mail:gutokushin610@outlook.com

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我が計らいにあらず 63 人を救うということ 2

2017年06月30日 | 人生の処方箋

 心理療法とか精神療法とかまたはカウンセリングや心理セラピー、メンタルヘルスなどよく分からない用語が使われますが、私などはこれを説明してくださいといわれてもよく分かりませんと答えるしかありません。だから悩みや問題を抱える人は、自分は何処に相談すればよいのかと迷ってしまいますよね。鬱病とか統合失調症などは精神科医によって明確な診断をしてもらえます。そして投薬が開始されます。ある程度状態が改善されるまでは、役に立つ方法であることも認めます。精神疾患には様々な症状や病名がありますが、薬で症状が改善されにくいものもあったり、自分は病気なのかそうではないのか、はっきりしないものもあります。精神科医はこれらも一定の診断基準によって診断名を付けることが可能になりました。この方法は、1980年代にアメリカ精神医学会が、 Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, DSMⅢを発表したことに始まるといってよいでしょう。精神科医の手引き書みたいなものです。私もよく若いころ勉強しましたが、実際に仕事上で役に立ったとは思っていません。当然私は精神科医ではなかったのです。ただ発達障害の人たちの暮らす施設の職員をしておりましたので、精神科医とのつきあいもありましたから独学で勉強したことはありますが、ただそれだけのことです。つまりある一つの症状に対して、A医師、B医師、C医師がそれぞれ別の診断名を付けてしまわないように、とった措置です。診断名はあくまでその人の状態に付けられた名前に過ぎず、診断名がついたからといってその人のことがすべて理解できているわけではないのです。
 これに対して、「診断する」ことは、名前を付けることではなく、問題の解決に役に立つ方法を判断することであります。こちらの方は来談者、クライアントの数とカウンセラー、心理療法家、セラピストの数だけあります。体系だったものはないに等しいでしょう。
 東日本大震災の後、僧侶や牧師が被災地を訪れ被災者や遺族の支えになったこともあり、臨床宗教師という言葉も生まれ制度化も進んでいるようです。僧侶は本来生者のためにあるべきで、終末期医療の分野だけでなく、苦渋の人々に手をさしのべることを期待されています。法然や親鸞の生涯はまさにこのためであったと思うのです。

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