人生の処方箋・セラピスト愚禿進の我が計らいにあらず e-mail:gutokushin610@outlook.com

愚かで、弱くて、不完全なのが人間です。だから生きていてよかったと感謝の気持ちで、滋味深く生きよう。メールにて相談受付中

我が計らいにあらず 8

2017年01月03日 | 人生の処方箋

  今年は本格的にブログを書いて、心理セラピーに取り組もうと思う。誰のためでもない、自分のために。もし人の役に立つとしたら、自分がまず救われないとね。私は職業人としてセラピストをやってるわけではないんです。専門的な職業としてやっている人は多いと思いますが、それでは人は救えないと思っています。自分はこういう生き方しか出来ないということと同じように、こういうセラピストにしかなれないからです。報酬は二の次というか、それはクライアントが決めることだと思っているからです。一時間面談していくらなんて乱暴ですよ。電話でもメールでも同じなんです。メンタルなこととか人生に関わることは治る治らないという基準ではないんです。その人が納得いくかどうか、気づきというか、そういうことを手助けできるとしたらそれは私の納得、私の気づきでもあるんです。
 万人に共通の処方箋は医学、薬学の世界で目指せばいいんです。私の処方箋は、つまり人生の処方箋は、ブログのタイトルですけど、そんなものないんです。クライアントと話しているうちに、その人が、見つけるものなんです。それでは詐欺じゃないかといわれても、仕方ないですけど、ないものをあるという方が本物の詐欺です。自分の生き方は自分で納得して、自分で決めて、途中で修正して、また少し行きつ戻りつしながら、探し当てるものなんです。私はその時そばにいてあげるだけ。それくらいは出来そうです。

 自分にその要素、素質がないのにそれに向かって力を注ぐことは、無駄な悪あがきです。また、自分は何を欲しているのか、どこへ向かって進もうとしているのか。これを明確にしなければなりません。いくら優れた航海士が航海技術に長けようとも、どこへ向かって航海するのか分かっていなければ、何もすることが出来ません。航海士は船長の指示に従うだけです。つまり船の主人公は船長です。航海士はその手足となって働くだけでいいんです。人生の主人公は当然自分自身です。夫婦であろうと親子であろうと自分自身です。これを間違ってはなりません。子どもそれが赤子であっても、親の所有物ではないのです。親のいうとおりにさせることが子育てではありません。この点を間違ってしまうと、親子共々不幸になります。ちょっと話がそれてしまいましたので、今日はこのへんでお開きということに。

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