人生の処方箋・セラピスト愚禿進の我が計らいにあらず e-mail:gutokushin610@outlook.com

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我が計らいにあらず 57 自然という生き方 13

2017年06月10日 | 人生の処方箋

 然を(しぜん)と呼ぶときには山川草木をいう。natureだが、日本でも欧米でももっと深い意味がある。辞典で調べれば事典の数ほど出てくる。ここでは省略。ただおのずからそうであること。本来そうであること。くらいはは知っておいてもいいだろう。自然(じねん)とは自然(しぜん)とはちょっと違うということだけでも解っておればいい。もう一つは人間を自然(しぜん)の一部として見るということ。特に我が国は古来から、自然を征服すべきもの、人間の敵であるとする風土ではないということくらいは解ると思う。その風土に生まれてきたけれども、やはり揺れ動くのです。今外国人が日本に多く来ているし、食べ物にも関心を持っている。観光地によっては日本人より外国人の方が多いところだってあるくらいだ。だからなおさら自分の立つ位置、軸をしっかりと持たねばという気持ちもあるが、ブレながら、揺れ動きながらも、やはり一本筋を通したい。セラピストという職業があるのかないのか知らない。でも、教師や医者やそういう職業に就いてる人だって揺れ動いていることには変わりはないと思う。ひとつの考えに絡め取られて、そこから抜け出せないから、戦前、戦中の悲劇が起きたのだ。今起きている個々人の問題だって同じこと。セラピストやカウンセラーに寄せられる問題の根は共通するものがあるんじゃないか。問題を抱えている人は、長いものに巻かれたくないという人たちが多い。これは自分の思想・哲学の軸がブレながらも、決して絡め取られないぞという意思の表れだろう。そこのところをちゃんと意識してはいなくても。小学生だって無意識のうちに、大人以上に、揺れ動きながらの抵抗を試みている。それを教師も親も解ってあげてほしいものだ。(無力のセラピストの嘆き)
             

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