人生の処方箋・セラピスト愚禿進の我が計らいにあらず e-mail:gutokushin610@outlook.com

愚かで、弱くて、不完全なのが人間です。だから生きていてよかったと感謝の気持ちで、滋味深く生きよう。メールにて相談受付中

我が計らいにあらず 75 人を救うということ 14

2017年07月18日 | 人生相談

 他力の思想と相通じるものがあるとすれば、「弱さ」ということだろう。他力の思想であっても、何もしないで、怠惰に過ごすことではない。自分が生きていく根拠というものを、何処に見いだすかは、やはり自分でしなければだめなんです。自分は「他力の思想を拠り所にしていきていく」「弱さの思想につかまっていきていく」でもいいんです。我々ほとんどの衆生は皆凡夫であり、「強さの思想」は持てないんだから。でも「強さの思想」は持てないんだけど、それに絡め取られない「弱さの思想」でなければだめなんだ。それなしには他力は怠惰な他力になってしまう。市場原理、市場価値を握っているのは私たちではないんだから。個人の生き方が、結局は「強さの思想」の中に埋没してしまいそうになるときに、「他力の思想」「弱さの思想」を生きる根拠としてしっかりもっていたいものです。「他力」については今後も折に触れ書いていきます。

 人間は賢くなり過ぎた。力をつけすぎた。これは前に書いたものです。(7月13日のブログ)「悩み、苦しみ、嘆き、憂い、怒り、泣き、笑い、生きている。それは人間だけがなせること。自然界も、自分ひとりの身もこころも、思うにまかせぬのだ。だからもう力で、知識と技術で、どうにもならないこともあるんだということをそろそろ覚悟してもいいのだ。それが人間の本来の智惠だと思う。」愚に返り、「弱さの思想」で人生を楽しもう。というのが今原罪の私の到達点かな。

 悩んでいる自分に悩み、苦しんでいる自分に苦しみ、なんていうのはもうやめて、どうにもならぬことにジタバタするな。力と知識でねじ伏せようとしても、一時はよくなったかとおもってもまた息を吹き返してくる。「強さの思想」にどっぷりつかってきた人はなおさらだ。そういうものだと思っていれば楽になることもある。ときもある。それよりも、自分の生きる根拠をしっかりと作っておくことだ。まずはそれだけでいい。

 それではまた。

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