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ただいま3年経過。
競馬もプロレスも不滅です…たぶん。

“馳浩 復帰”で検索!(小池栄子の声色で)

2017-07-12 03:09:50 | プロレス

ソースは日刊スポーツ

前文科大臣馳浩が復帰、レジェンド集結6人タッグ戦
https://www.nikkansports.com/battle/news/1853530.html
https://www.nikkansports.com/battle/news/1853530-2.html

>06年8月に引退した、元プロレスラーで前文部科学大臣の馳浩(56)が
>今月26日の「プロレスリング・マスターズ」(東京・後楽園ホール)で
>11年ぶりにリング復帰することが10日、分かった。

「大臣になって戻ってくる」という約束を全く覚えていないのはナイショだが
平成29年になって、藤波&長州と6人タッグを組む展開は予想だにしなかった。

闘魂三銃士と並び
90年代の新日黄金期を支えた馳浩。
佐々木健介と組んだ“ハセケン”タッグ。
91年の東京ドームでスタイナーブラザースとの絡みを生観戦したのは懐かしい思い出。
スタイナーブラザースの片割れこと?スコット・スタイナーの荒技を喰らった日もあった。

アントニオ猪木とのシングル戦を前に
狂虎・タイガー・ジェット・シンとの物語を押し付けられ
気がつけば、カナダの湖に落とされた…プロレス界ならではの“罰ゲーム”

92年6月26日。
シングル対決で佐々木健介を葬り去った日本武道館。
藤原組にいた石川雄規をプロレス的な方式で叩きのめした教育的始動。
(最後に登場した猪木の存在を忘れながら)

断片的な記憶ながら
色々と、うっかりと、新日本プロレスの歴史に刻まれている馳浩。
新日本のリングで“さよなら、ノーザンライト”的なモノを押し付けられた諸般の事情。
気がつけば、ジャイアント馬場健在時の全日本プロレスにいた事実をも忘れてはならない。

…石川雄規に対する教育の前
当時、誰もが嫌がる猪木と同じ控室にいた馳浩。
ボソッと、そしてポツリと、猪木は馳に語り始める。

>馳、昔の新日本のリングには色んな選手がいて
>正直、しょっぱいヤツや、日本の観客のニーズに合わないヤツもいた。
>でも俺は、それなりに相手をして、どうしようもないヤツでも引っ張って来たよ。

その言葉をキーワードにして、プロレスラーという道を邁進した馳。
「どんなに酷い試合になっても、相手のせいにしちゃいけない」
小さな“謎かけ”を真に受け、90年代を駆け抜けた。

…2006年の8月。
馳浩の引退があったのを憶えている。
不意に思い出せないのは、引退試合に出て来た彼の罵倒する声。

「おい!カス野郎!」
…アレは、誰の声だったんだろう?
(リアルに相手を忘れながら)

…今回は断片的な記憶に頼ってしまい、正直スマンかった。
(佐々木ケンスキーの声色で)

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