謎の全国区たれこの日々。

全国津々浦々、神出鬼没な40代、ADHDな人の日常をお届けします。

最後の言葉。

2008-07-06 14:23:36 | つれづれな話
ブログを終了させるわけではない、残念ながら。
ただ、どうせドメイン持ってるんで、
カスタマイズできるサーバに移管の可能性は大。
構築完了したら、アドレス張ります。

このところここを始め、日記系を放置してたのは、
ご多分にもれず波瀾万丈すぎてへろぼてだったから。
案の定仕事をまたこけ、絶望ついでに「事件」は起きた。
今までにも小さな事はなかったわけではなくて、
いつか起こってもおかしくはなかったのだが。

10年近く、痛みも涙も傷も悩みも身体の事も、全てをやわらかに受け止めて、
生活の質が少しでもましになるように頑張ってくれていた、
信頼をおいていた主治医が、体調を崩して入院してしまった。
病院を変わったことがないわけではないし、
ゼロからやり直したこともないわけではないが、
こんなにエネルギーが必要だとは思わなかった。
ただでさえ調子がそんなにいい時期でもなかったし、
この件でいろんな医療機関や役所の福祉がらみとかとかかわって、
かかわること自体もけっこうエネルギーがいるのだけど、
ぞんざいな対応をされたりするとほんとに辛くて、
こっちも好きでやってるんじゃないよ…
と弱音もでるは、お得意の自暴自棄になるわ。
何もかもがどうでもよくて面倒くさくて、
思わず残りの薬を投げ捨てようとしたり、
もう何も望まないで、夢など見ずに、
ただすぎる時間をぼんやりとすごそうかと思ったり。

でも、わかってしまっていたのだ。
そんな投げやりなことをすると、悲しむ人はいるということが。
出会わなければ楽だったと思うこともたまにはあるけど、
これはたぶん神様が、いや必ずや仕組んだことなんだ。
もう少しがんばれるようにと。がんばれと。
私には、会って感謝を伝えなくてはいけない人がいる。
彼と、彼を支える素晴らしい仲間たちに、
そのあたたかい心に答えなくちゃいけない。
だから、もう少しがんばらなくちゃ、そう思えるように、
仕組まれているとしか思えないのだ。

もちろん、彼ががんばるようには、がんばれないのだろうけれど、
彼ががんばる姿を見て、ただ見ているだけでも、
少しがんばれそうになるという自分のことを、
もしかしたら彼は喜んでくれるかもしれない。
はたからみたら、かなりあほくさい理由なんだろうけど。

そういうあほくさな妄想全開でですらも、
エンパワメントになるなら、それはそれでいいじゃない、
そんなやわらかい頭の持ち主でもあった主治医だった。
最後になった診察で、最後に言ってくれた言葉をかなえることが、
主治医への感謝になれば嬉しいのだけれども。
そして、そんな出来事があって、でもたどり着けたよと、彼に伝えることができたなら、
きっともう会えないのだろうけれども、主治医はどこかで笑っていてくれそうな、そんな気がする。

「がんばってドイツへ是非行って下さいね」
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いま一歩、余裕がない。

2008-04-14 02:54:26 | つれづれな話
あんまり好きじゃないんだけど。

仕事のこと、よくわからないことだらけだし、
他にも学びたいこと、練習しなきゃいけないこと、
なんかうまい言葉がみつからないのだけど、
「頭がはれぼったい」。
学びたいことが、頭に入ってこない。

使おうと思えば、時間はいくらでもあるはずなのに。
頭も身体も全然ついてこない。
もう少し余裕が持てるまで、自分が耐えられるのか。
正直、またぼきっと折れてしまうかもしれない。
正直、そうなるのは、未だに怖い。

でも、いつもと同じように、壊れちゃいけない。
そしていつか、夢見たところにたどり着かなきゃいけない。
そこに、答えがあるわけではないけれども、
答えは、いただいた全ての恵みの中にあるのだけれども、
ひたむきに、大好きなことに取り組む、好きだからがんばれる、
そしてその想いを、笑顔と共に分かち合う、
私は、その場にいつかいなくちゃいけないんだ。
それは、彼からもらったメッセージの中にある、
何か約束めいた、そんなもののような気がするのだ。

余裕はない。
何を切り、何を諦めて、何を残すのか。
それは、自分の力で決めることではないのだろう。
ひたむきに、好きなことをつきつめていければ、
おのずとその前に、自然に見えてくるのだろう。
「頭がはれぼったい」状態は、気持ちはよくないけど、
それに慣れてしまうほど、鈍感にはなれないけれど、
でも、やり抜いたときに、ちゃんと笑えるような気がする。
あなたに会えて、ちょっとだけがんばれるようになったよと、
そう伝えて喜び合えるようになりたいから。
それが、一番の「ありがとう」になりそうだから。

がんばらない。
できる範囲のことでいい。
でも、身体が続くならば、投げ出さない。
それだけでも、きっと以前とは違うんじゃないかと、
それができるようになれたと、伝えられるんじゃないかと。

余裕はない。
いつになったら、多少いろいろと目が向くのかはわからない。
気持ちが少しゆったりできるのは、いつなのかはわからない。
でも、ひとりじゃない。
見たことのない私にまで、言葉をかけてくれた、
そんな気持ちを裏切らないためにも。
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一番悔しいのも。

2008-03-23 02:07:00 | つれづれな話
一番混乱しているのも、きっと彼自身なんだ。
でも、彼は必ず、この経験を生かしてくれると、
信じているし、そう祈るしか私にはできない。

終わったことは、もうどうすることもできないのだから、
前を向こう。とまるで自分に言い聞かせているようだ。
彼がまた、心からの笑顔を見せてくれる日を楽しみにして、
私は、目の前にあることを、ひとつづつこなそう。
そう、彼がドイツの山の中でそうし続けているように。

試練は、誰にでもやってくる。
そして、それすらも、神様がなさることだ。
超えられるから、超えたときに何かが見えるから、
それを見ることができる人に、試練はある。

だから、私は彼をずっと見続けるだろう。
この山を越えたときの彼に会いたいから。
そして、共に笑いたいから。
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それはやばい。

2008-03-12 22:09:04 | つれづれな話
ブログが頻繁に更新されてる時というのは、
言葉がたまっているわけで、
良し悪しはともかく、状態としてはやばい。

やっと歌いに行けた。
少しずつだけど、練習できればというか、
あんまり自分に負け続けるのは、
なんか奴に顔向けできないとか、
変なところで意地なったり、
モチベーションを維持したりしてる。
いいんだろうか。まあいいか…

でも、実はまだまだ不信感の固まりみたいだ。
一番信じてないのは、たぶん自分自身。
身体保つんだろうかに始まり、
この調子でどこまで走れるのかとか、
うまく行くことがあると、逆に不安になる自分がいる。
一番嫌いな自分自身だ。
誰がどう思うとか、そんなの正に関係ない。
空気は読めないままだろうが、
歌うと決めたのだから、やりぬくしかない。
歌えることにどれ位感謝できるか。
私にできることは、奴から教えてもらったことを、
歌うことでつないでいく、それしか残っていない。
歌うことで感じたことを、こうして言葉にしていく、
それ位なもんで、大したことができるわけではない。

死ぬまでに一度位は、
どうしようもない内なる不安を、
乗り越えてやろうじゃないか。
もちろん、自分自身の力ではなく、
神様からいただいたものと、
ひとりではないと信じきることで。

どうしようもなく不安な気持ちになることがある。
それすらを、受け入れられるようになればいい。
それすらも、自分だけで始まったことではない。
全ては神様が用意して下さってること。
サプライズも、ミラクルも、
障害も、病も、受けた傷も、みんな。
そう、奴とのあれこれも。
(あれこれというほど大したことはないが)
相方が生暖かく見守ってくれてることも。

そうやって探せば、幸せなことはいくらでもある。
だから、しんどい時こそ笑って演技してた奴みたいに、
仕事とか、身体きついなと思う時ほど、
歌ってて思うようにいかない時ほど、
見知らぬ人に、携帯のメール画面で、
嫌な噂話されてるの見ちゃったような時ほど、
(これは実際に最近あった話、
まあ汚い格好してたし、
疲れてて電車の中でパン食べたりしてたしな)
笑顔でいたら、自分も少し元気になれるし、
まわりにも伝わっていくかもしれない。

辛い時こそ、笑顔でいること。
大切なことを教わった気がする。
だけど、泣いてしまいそうなときは、
いったいどうしたらいいんだろうか。
笑おうと思っても、何かに圧倒されている感じに、
自分が押しつぶされてしまいそうな、
そんな気持ちになったレッスンの帰り道。
ひとりで闘ってるわけじゃない、
でも泣きそうなのは、
私がまだ仲間を信じられないから。
誰も信じられてないから。
こんな自分のままじゃ、まだ奴には会いに行かれない。
合わせる顔がない。
だから一番安かった、ドイツ行きの航空券に空席がないんだ
(無理やりな理由)

自信が持てるようになるには、
ひとりぼっちじゃだめなんだ。
仲間はいつもいてくれて、
言葉にしなくても思ってくれていると、
信じられるまでもう少し、
この地であがくしかない。
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チェコ語の恐怖。

2008-03-10 23:45:27 | 道楽な話。
英語すらまともじゃなのに、もう何を言ってるんだか、なのだが。

先月、彼が地元のテレビ局のトークショー番組に出ていた。
向こうでは、金曜日夜の名物番組らしい。
観客が入っていて、公開録画という感じ。

司会者さんも名物司会者っぽい人のようで、
とにかく、爆笑の渦。
ゲストは毎回3名で、その日は地元のジャーナリストさん、
最近ミス・チェコに選ばれた女性(きれいかった)、
で、ヨーロッパチャンプの彼。

正直、内容はまるでわからなかった。当たり前だけど。
ただ、変な合成写真とか出てきて、それは大笑いできた。
彼もリラックスしすぎ?みたいな格好してたし、
しゃべりもなめらかな感じ。司会者さんの力量を感じる。

でも切実に、チェコ語がわかったらもっと面白いだろうな、
そう思ってしまった自分がいる。
彼の言いたいニュアンスとか、もう少しわかりたいなと。
フィギュア関連の知人から、「たれこをけしかけて、
チェコ語をマスターさせて彼の情報を得よう」などと言われて、
「おいちょっと待ってよ、英語すらろくでもないのに」
と返してはみたものの、策略にはまりそうだわこりゃ(爆)。
問題は、気楽に勉強できるような言語じゃないってことだが。
(NHKではやってない)

言葉のマジックてやつを感じる。
心を伝えるでも、言葉ありきなのだから。
また学びたいことが増えてしまった…
これ以上増やしても、何も身につかないという噂が(汗)。

まさか、自分の人生の中で、英語やらチェコ語とふれあう、
そんな時間が用意されているとは思わなかった。
長時間飛行機に乗ると、動けなくていらいらする自分が、
ドイツに行きたいなどと思う日が来るなんて想像もできなかった。
だから、人生というのは面白いのかもしれない。
神様はときに、あり得ないことを用意して下さっている。
良くも悪くも、だ。いや、その場で悪いと思うことでも、
何かよいこと、幸せと思えることを連れてきてくれるのだから、
何もかもが、悪いことなんてないのだろうけれども。

…で、どうやってチェコ語を学べばいいんだろうか…
(そっからなんです…はぁ)。
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涙もろい。

2008-03-10 01:51:07 | 障害の話。
ただ歳食っただけなのかもしれないが。

青春という時期に、何かに打ち込んだことがない。
それなりにいろいろ首を突っ込んではみたものの、
悔いが残らないというか、あの思い出があってよかったとか、
それがあるからがんばれるとか、そういう記憶がない。
一生つきあえるとかいう仲間もいない。
否定をされて育ったという現実は、こういう事なのだ。

だから、青春の一時期に、真剣に何かに取りくんでいる姿を、
TVやら何やらで見聞きすると、なんて幸せなんだろうと。
いや本人達は、苦しい練習とか地味な稽古を乗り越えて、
乗り越えられないといっぱい悩んで、
すごい辛くてどうしようもないときもあるんだろうが。
きっと、いつか、それが幸せな時間だったとわかるだろうから。
ひとりじゃない、仲間や指導者や家族が支えてくれている、
それがどれくらいありがたいことなのか、
いつか必ず実感するときってのが来るだろうから。

何かやってみたことはあるけれど、
自信も持てなかったし、周囲が自分を心配してくれてたりとか、
仲間と励まし合ってとか、そういうのを感じられないままだった。
もしかしたら、特に芝居をやっていたときは、
そんな風に周囲は思っていてくれてたのかもしれない。
でも私には、あまりにも他の人がまぶしすぎた。
他の人が普通にできることが、できない自分が痛かった。
痛すぎてもどかしくて、周囲の声を聞く余裕がなかった。
それをそっとアドバイスしてくれる存在にすら気づかない位に。
「大丈夫ですよ、先輩ならできますよ」という後輩の声が、
まるで議事麗句みたいにしか耳に入ってこなかった。
心底そう思ってくれているとか、とても信じられなかった。

とにかく、歌うことだけは今続けようと思うのは、
そういう嫌な自分から、ちょっとは自信が持てるように、
そして、歌いたいという気持ちだけで、引け目も感じず、
がんばっていれば、多少はできるようになる事もあると、
そう思えるのがわかるからなのかもしれない。
ずっと、ずっと、「自分はできないのがデフォルト」
そう思っていた場所から、ついに離れられそうだから。

中途半端だった自分が、精一杯やってる若い人達を見ると、
妙に涙がこぼれてくる。
うらやましさと、切なさでいっぱいになる。
時間は取り戻せないけれども、これからでも、
埋め合わせではなく、今だからできる事をやればいいのだけど。
悲しんでいる暇なんて、もうないのかもしれないけれど。

あのころみたいに、周囲にいっぱい人がいてくれたのに、
誰も信じられなかった、いつもひとりで闘ってた、
そんなひとりぼっちでは、もうないから。
たとえ、うまくコミュニケーションが取れなかったとしても、
たとえ、上手に気持ちが伝わらない人がいたとしても、
歌う自分と、共にいてくれる人はいるから。
共に歌う仲間と、上手にできなかったとしても、
神様を賛美する歌を心から歌う自分のことを、
見えないところにいても、喜んでいてくれる人はいるから。

でも、そう信じたとしても、涙もろいのは変わらないのだろうな。
そして、そういう感受性みたいなものがあるのは、
生きていくにはけっこう疲れるのは事実だけれども、
少しは大事にしてもいいのかもしれない。
そう、誰かみたいに…(結局行き着くところはそこなのか)。
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パイナガマビーチとの時間。

2008-03-03 23:00:17 | 道楽な話。
ずいぶん前から、「本島の海は汚くなった。やっぱり八重山に行かないと」
行くたびにそう聞かせられていた。
海水浴やダイビングをするわけではないので、
どうしても、という感じではなかったわけだし、
内地に住んでる者からすると、本島の海でもそれは夢みたいなので、
それ以上にきれいな海というのは、どういうものなのか、
いまいち想像できないままでいた。

宮古島のホテルの目の前に、パイナガマビーチが見えた。
それはもう、見たことのないような白い砂浜と、
エメラルドグリーンの海が広がっていた。
そして、その決して広くない砂浜は、
島の人達の生活の一部、そんな感じのビーチだった。

ゆっくりゆっくりな島の時間。
私は、ただ海を見ていた。
なんでかわからないけれども、悲しくて仕方がなかったのだ。
きれいとか、そういう言葉がもうもどかしい位に。

白い砂浜を歩いてみたけれども、
目が痛くなってしまって、長くいられなかった。
そして、いつ死んでもいいようにというのは大げさだけど、
写真を撮られるのが大嫌いな私が、
相方にポートレート撮ってとせがんでみたりした。
もう、明日何があっても、いいやみたいな気持ちになった。
それくらい、なんだか悲しくて仕方がなかった。

死んでしまいたいとは思わなかったけれども、
この海を見てると、とんでもなく自分が無力に思えた。
死んでしまいたいと、たぶん昔なら思った気がした。
でも、もう悲しませたくない人がいることを知っているから、
無力さすらを、しっかり受け入れなくてはいけないとも思った。
そして、その無力さや、悲しくなってしまった自分のことも、
正直に伝えていきたいと、伝えられる自分であるようにと、
海に向かって祈っている自分がいた。

何もできないけれども、言葉にすることだけはできる。
それだけでも、ほんとうはいいのかもしれない。
それを、認めてくれる人が、同じ空の下にいるという、
その事実を、もう少し自分自身で認めてもいいのかもしれない。

きれいとか美しいとか、そんな言葉はちっぽけに感じた、
パイナガマビーチとの一日だった。

海がない国で育った、彼に見せてあげたいと思った。
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いつかわからないけど、必ずや。

2008-03-02 22:58:26 | 道楽な話。
努力は人を裏切らないという。
結果がどうなるかはともかくとしても、
努力したことで、得られるものはたくさんあるはずだ。
Tomasを見ていると、そんな事をすごく感じる。

自分がそこまでがんばったことって、あるだろうかと思った。
というか、努力をする方向が、よくわかっていない気がする。
何かしようと思っても、そこに行く方法がわかっていないというか。
言い訳がましいけど、体力というか、多動による疲労度大なのも、
自分の気持ちを損ねる原因にはなっているのだろう。
大学時代に芝居をやっていたときがそうだった。
気持ちはあるのに、ひとりだけ身体がついてこない。
当時は理由がわからなかったから、すごい混乱して、
情けないやら惨めったらしいやら、どうしようもなかった。
板(この場合は舞台のこと)に一番立ちたいのは自分なのに。

みんなと同じ努力ができない身体なら、何をすればいいのか。
相変わらずよくまだわかっていない自分がいる。
同じように集中して勉強できるとかでないのもわかっているから、
資格を取るにしたって、えらく大変だろうし、
まず資格受験するお金をどうするんだ、というのもあったりする。

歌うことだって、結局みんな中途半端なままなのだ。
お金の問題もそうだけど、仕事をしながら歌を学ぶほど、
自分には余力も体力もあったもんじゃないことが悲しい。
おまけに、もう居場所がどこだかわかってしまっている、
だからそこでがんばるしかないというのも見えてしまっている。

でも、悲しんでいるばかりじゃどうしようもないのだ。
できることを、精一杯やればいいのかもしれないし、
それを見ててくれる何かは、きっとあるということを、
もう少し信じないといけないのかもしれない。

だから、エンジニアとしてのスキルを上げて、
もう少しいい収入を得て、もう少し自信を持って、
いつか必ず、オーバーストドルフに行こう。
ドイツ観光局なるページを見ていたら、
オーバーストドルフは保養地だということも判明。
飽きるまで療養してみたいもんだ。
で、アイスドームにちょこまか通う、怪しげな東洋人になろう。

相変わらず、優先順位のつけ方がよくわかっていない。
歌を一番にするなら、旅もそれなりにしなきゃいけないんだろうし、
何に打ち込もうとしているのか、いまいちわかっていない。
エンジニアになりきるなら、歌歌ってる場合じゃない。
何かを捨てなければ、何かを得ることなんてできやしない。
ましてや、オーバーストドルフになんて、たどりつけない。

なんで試合やショーじゃなくて、
オーバーストドルフのサマーキャンプなのか。
それは、華やかじゃない、地味な練習をがんばってる姿を、
一度ゆっくり見てみたいという気持ちがあるから。
地味な練習ありきの、華やかな舞台なんだということを実感するのは、
板に乗り切れなかった自分にとって、
役者もダンスも歌も全部中途半端だった自分にとって、
何か得るものがあるような、そんな気がしてならないから。
そして、何に進めばいいのか、何を捨てきれるのか、
少しだけど見えるかもしれない、なんて甘い事も考ええてはみる。

もう少し、地味でどうしようもない事を、
繰り返し繰り返しやる事が、自分には必要な気がする。
まあ、それを評価されなかった時代を背負っているから、
それだけではどうしようもなく不安になる自分がいることも、
それはそれで確かなのだけど。
でも、いつかは呪縛から抜け出さなくてはいけないこともまた事実。

結局何が言いたかったかというと、
うらやましいということなのだろう。
何に打ち込みたいか、それが見えているということが。

とにかく、オーバーストドルフに行こう。
そのために、エンジニアになりきろう。
可能ならば、いやなるべくなら、CCNAを取ろう。
でも、極めたいことは歌だってのは、もうわかっている。
何を大事にして、生活を送ればいいのか。
夢中で働いて、夢中で歌いながら、何か見えてくるかもしれない。
但し、自分の限界を知っておかなくてはいけない。
障害があるという現実とは、そういうことでもあるのだ。
どこで折り合いをつけるか、それを自分で受け入れられるか。

できたら、そんな事も少しずつ伝えていきたいと思っている。
どうやって折り合いをつけてきたのか、
どうやってここまで来たのか、そういうことも。

だから、やっぱりオーバーストドルフに行こう。
それが、いつになるのかはさっぱりわからないのだけれども。
自分がどうがんばればいいのか、そんな事を考えるためにも、
自分を見つめ直すためにも、いつか、必ず、
あの山の中で、しばらくの時間をすごしてみたい。
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ミラクルというものが、もしあるとするならば。

2008-02-24 17:00:57 | つれづれな話
私が英文レターとか書いていたり、
朝5時台に起きて仕事行ったり
(半日で終わるし、帰って昼寝できるから、
なんとかなってるんだろうが)
ありえないことが続いている。
いつかつけが回ってくる気はするのだが。

Tomasの件では、相変わらず浮かれている。
それで多少がんばれるなら今はまあいいかと。
来年は、ヘルシンキにユーロを見に行こうかとか、
オーバストドルフ(ドイツの南のはしっこ、オーストリア国境近く、
Tomasの練習拠点の一つ)
のサマーキャンプでのエキシビションを見に行きたいだとか、
来年のGPFは韓国だから近いし行くべかとか、
ありえない話を夢想する始末。だめだこりゃ。

それでも、彼に出会えたことは、なんか自分にとっての、
エポックメーキング的な事実になっていくような気がする。
彼にいつか必ず訪れる、アマ選手を引退するとき、
ショースケーターになればもう少し演技を見る機会もあるだろうけど、
それでもいつか必ず、彼がどう生きているかもわからず、
笑顔を見る機会がなくなる時は必ず来る。
ってか、それまで私が生きてるかも怪しいんだが…
それでも、今までの事実やら、笑ったこと、感じたこと、
これから起こるであろう、彼にまつわるいろいろなことを、
忘れることはないだろうし、忘れろっていう方が無理な話だ。
ありえないような、心の通い合いがあったことは、間違いないのだから。
いまだに信じらんない気持ちもあるのだけど。

最近、自分の紡ぎ出す言葉に、もう少し責任持たないと、
とつくづく思うようになった。
意図的に何かを思ってなんて書いていない。
ただ、なのに私の文章が、思わない展開を見せることがままあるのだ。
自慢とかそういうのではないのだけれど。
先日も某放送局に、番組を見ながら、
半ば衝動的にメッセージを送ったら、
見事にHPに掲載されてしまった。
そんなにショッキングな内容を書いたつもりもなく、
淡々と事実を綴ったまでなのだ、自分的には。
Tomasのゲストブックのことだって、ほんとにそれだけのつもりだった。
淡々と自分に起こっていることを書いただけ。あと、感謝の思いを。

なのに、自分の想像の範疇外で、私の文章は思わぬ展開を見せてしまう。
書いた本人がそれこそついて行かれない位に。
だからこそ、責任を持たないといけないのだ、自分の言葉に。

そうは言っても、きっと自分が思う以上の、何がしかの反響なりを、
私の言葉は連れてはくるのだろう。
それを予測してなんて、きっと書けないから、
そこが問題なんだろうけれども。

自分の言葉が連れてくる、
思わぬコミュニケーションや、
想像を超えた反応や、
それ自体がもうミラクルなのだろう。
そして、そのミラクルの中で生かされているという事実を、
感謝の気持ちで受け止める、それだけでいいのかもしれない。

英文のブログも発信しようかと画策中。
言葉は、伝えてこそ意味があるし、
いつまで生かされるかわからないけれども、
思わぬコミュニケーションは、ないよりあった方が、
中身の濃い日々をやれる気が最近はしているから。
無理にわかってもらおうとか、そういうことではないけれど。
そう思わせてくれた、彼の天真爛漫な笑顔と、
いつでも周りへの感謝を忘れない気持ちに出会えたことを、
ずっと大切にしていければと、今はただそう思っている。
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ちょっとまった。(想定外な話その2)

2008-02-04 00:01:38 | つれづれな話
なんやかんやミーハーちっくな日々だらけで、
12月の話を振り返られなかった。まずいまずい。

取引先との打ち合わせで、都内へ行った。
正直なところ、都内は好きじゃない。
人は多いし、スピード早いし。
若い頃、よくも毎日あんな所でふらふらできたもんだ。

打ち合わせは思ったより時間もかからず、
スムースに話しができた。こんなもんかな、という感じ。

で、せっかく都内へ行ったのだから…って血が騒いでしまった。
いや別に、何か買い物するとか、遊んで帰るとかじゃなくて。
ちょうど打ち合わせ先のすぐそばに、カトリック教会があった。
クリスマスのミサにたどり着けなかったざんげ??
みたいな感じで、聖体訪問をさせてもらう。

それから、お向かいみたいなところにある総合病院に向かう。
ここは、キリスト教(聖公会)が母体となっている病院。
新しい建物にもきれいな御聖堂があり、そちらで落ち着いた後、
昔からあった建物をそのまま移したという御聖堂に行く。
大きな御聖堂ではないけど、素敵なステンドグラス。
ここいいなあ、近ければ働きたい位だ…
などと思いながら、神様とお話をしていたら、
司祭?の方が出てきて、祭壇で準備を始める。
えっ、何か始まるのか?
別にイベントがあるとはどこにも書いてない。
今日礼拝とかあるとも書いてない。

おどおどしている私のところに、別の司祭
(執事さんと言うらしい、聖公会の事はいまいちで)
外国人の方がやってきて、「お願いします」と言われて、
賛美歌と祈りが書いてある紙を渡される。

「逝去者記念式」

そうか、病院だもんね。そういう行事もあるのか。
これも何かの縁だ、心を合わせて祈ろうと思った。

が、少したつと、白衣の方がぞくぞくと御聖堂に集まってくる。
いいのか、自分ここにいて??
でも引き返せる状況ではもうなくなっていた。
ええっ、聖公会のやり方とかわかんないよ!!と思いつつ、
ちょっと待ってよお〜とか焦りつつ、
がんばって賛美歌を歌っていた。

司祭さんの説教を聞いてわかった。
集まっていた医療従事者のみなさまは、小児科のスタッフさん。
この「逝去者記念式」は、この病院で、
短い命を閉じた、子供達のためのものだったのだ。
司祭さんは言った。
「この式をやらない年が来るといいのですが」と。

想像だにできなかったが、
スタッフの方々の心の中では、自分よりも先に旅立っていった、
自分たちよりもはるかに短い命を終わらせていった、
彼、彼女との思い出、言葉、表情が帰去来したことだろう。
後ろから見ていて、肩をふるわせている方もいた。
でも、前を向いてまた子供達のためにがんばる、
それが、空から見ている子供達のためになるんだ、
そんな風に、スタッフの方達の表情を見て思った。

何も縁がない私がここにいていいのか。
正直困惑気味だったけれども、
同じキリスト教と言えど、勝手も違って、あ゙〜だったが(汗)、
それもこれも、きっと何かの縁なのだろう。
何にも力になんてなれないけれども、
集ったスタッフの方達の、これからの活躍もお祈りした。
彼らがいてくれるから、救われる命もたくさんあるのだから。

不思議な体験だったと思う。
でも、いろいろな事を考えることができた。
うまく言葉にならない、けど貴重な時間だった。
生きてるとか、命とかってのをどうとらえたらいいのかとか、
年の瀬に考える、いい時間だったと思う。
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