行き着けなくても一日一歩の気構えで。たそがれおやじの覚醒。
日暮れて途遠し



トルコ大統領選挙をめぐるニュースが大々的に取り上げられているが、「親イスラム大統領へ」という見出しが分かりにくい。
もともとトルコはイスラム国ではないかというのが我々日本人の常識だからだ。
しかしニュースをよく読むと、トルコが初代大統領ケマル・アタチュルクより国是としてきた「政教分離」が親イスラム政党の台頭で危機に瀕しているという情勢が分かる。
以下、2007/4/28朝日新聞の国際面の記事から要点をまとめてみた。
女性のスカーフが大変に重い意味を持つシンボルなのだということが分かった。

1922年ケマル将軍がスルタン制廃止。オスマン帝国崩壊、翌1923年トルコ共和国を宣言、ケマルが初代大統領に就任。
以降、1960,1980と度々軍事クーデターが起きているが、面白いのは軍が「世俗主義の守護者」を自任し、イスラム主義政党の動きを潰してきていることだ。
1996年には近代トルコ初のイスラム主義政党主導のエルカバン政権が発足、翌97年軍部の圧力で首相が辞任。2000年にセゼル憲法裁判所長官が大統領に就任世俗主義を貫く。
2002年、公正発展党(AKP)のギュル副党首を首班とした初のイスラム系政党単独政権発足。2003年エルドアン内閣発足。

ここで大統領と首相の関係の理解が必要だ。
トルコの政治的実験は首相に集中するが、大統領も法案や政府、軍高官の人事への拒否権など影響力を持つ。5/16に7年の任期を終えるセゼル現大統領は、元憲法裁長官で世俗主義を貫き、姦通罪の刑罰化や一部地域での酒類販売制限などイスラムの教義に基づくAKPの法案をたびたび拒否してきた。
また、ギュル氏(現外相・大統領候補)とエルドアン氏(首相)の関係もキーポイントだ。
ギュル氏はイスラム主義政党・福祉党出身のエルドアン首相によるAKP創設に参加。
2002年の総選挙でAKPが単独政権を獲得した際、イスラムをたたえる詩を朗読したとして扇動罪で服役した経歴のあるエルドアン氏が国会議員に当選するまで短期間ながら首相を務めた。エルドアン氏の首相就任後は外相として政権を支えてきた。

議会第2党の共和人民等(CHP)=建国の父ケマル・アタチュルクが創設した党や、軍など世俗主義陣営は、首相に加えて大統領もAKPが握れば、公的な場での女性のスカーフ着用禁止など、政教分離の原則を守る歯止めを失うと反発し、CHPは大統領選投票をボイコットした。CHPは選挙は憲法条項違反として憲法裁判所に選挙無効を提訴。憲法裁の判事は世俗主義堅持で知られる。選挙が無効になると議会を解散し早期選挙の実施を迫られることになり、週明けにもある憲法裁の決定が注目される。

大統領候補に指名された直後、ギュル氏は「私は世俗主義、民主主義という国家原則に深く結びついている。すべての市民の大統領になる」と声明を出し、無党派性を強調した。
だが、夫人はスカーフを着用しており、世俗主義陣営から批判を浴びるのは確実だ。
夫人はスカーフ着用の制限について欧州人権裁判所に異議申し立てをしたことがある。

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以下時系列でニュースを追ってみる。

●トルコ大統領候補に外相 与党選出
Asahi.com.2007年04月24日23時12分

 トルコからの報道によると、来月16日に任期が切れるセゼル大統領の後継候補として、与党の公正発展党(AKP)は24日、ギュル外相を選出した。イスラム政党の流れをくむエルドアン首相が立候補する観測が強まっていたが、11月に予定される総選挙を控え、エルドアン氏は首相にとどまることを優先したとみられる。

 大統領は国会議員の投票で選ばれ、定数550の国会で3分の2近い議席を持つAKPの勢力から、ギュル氏の選出は確実な情勢だ。

 政教分離を国是とするトルコでイスラム的価値観を重視するエルドアン氏の出馬には、世俗主義の護持を掲げる軍や世俗派の政治勢力が反発していた。エルドアン氏は総選挙での絶対安定多数の確保を見据えつつ、世俗派との緊張緩和を狙い、ギュル氏を選んだとみられる。

 ギュル氏は02年11月から翌年3月まで、国会議員にエルドアン氏が当選するまでの短期間、首相を務めた。その後は外交を担い、05年秋に欧州連合(EU)加盟交渉開始にこぎつけた。国民にカリスマ的人気のあるエルドアン氏に比べれば世俗派の反発は小さいとみられるが、エルドアン氏の側近とあって軍などの反発は必至とみられる。

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●トルコ大統領選、第1回投票で決まらず 野党が抵抗
Asahi.com.2007年04月28日11時45分(4/28夕刊)

 任期満了に伴うトルコ大統領選は27日の第1回投票で出席議員が国会定数550の3分の2に届かず、親イスラム政党の与党公正発展党(AKP)が推すアブドラ・ギュル外相(56)の当選は決まらなかった。

 ギュル外相が大統領になれば国是の政教分離原則が脅かされると危機感を強める野党側は、議会第2勢力の共和人民党(CHP)などが選挙をボイコット。第1回投票の出席はAKPと一部の無所属議員ら361人のみで、当選に必要な367を下回った。

 CHPはこれを根拠に選挙無効を主張し、憲法裁判所に提訴した。憲法裁は第2回投票のある5月2日までに判断を下すとしている。選挙が無効となると、議会の解散、総選挙となる。

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●トルコ軍部「懸念を持ち注視」 親イスラム大統領誕生に
Asahi.com.2007年04月28日21時03分

 トルコ軍は27日夜、参謀本部名で「軍は懸念を持って情勢を注視している」として、大統領選に対し警告する異例の声明を出した。軍のウェブサイトで発表した。イスラム色が強い与党公正発展党(AKP)の候補ギュル外相の当選が確実視される事態に、国是である世俗主義の守護者を自任する軍部として危機感を示しており、過去にクーデターで政治介入をした歴史を持つ軍の動きに関心が集まっている。


トルコの首都アンカラで28日、大統領選の与党候補ギュル外相への反対集会に参加する学生ら=ロイター

 27日の大統領選第1回投票で、ギュル外相は、当選に必要な国会定数(550)の3分の2に10票足りないだけの357票を獲得。5月9日に予定される第3回投票では当選ラインが過半数に下がるため、近代トルコ成立以来初めてとなる親イスラムの大統領誕生が確実視されている。

 軍部は、初代大統領のケマル・アタチュルク以来の伝統である政教分離の原則を守ることを任務とし、60年代からクーデターなどで政治に介入した。97年にはイスラム系政党福祉党による連立政権を崩壊させ、福祉党を解党に追い込んだ。

 その福祉党にかつて属し、02年に初のイスラム系政党による単独政権を発足させたエルドアン首相は、欧州連合(EU)加盟を外交課題に掲げ、05年には加盟交渉開始を果たした。一方で、姦通(かんつう)罪制定や酒類販売の制限、イスラム学校卒業者の高等教育進学を緩和する教育改革などを試みようとした。

 欧州、米国はAKP政権の親米欧路線を歓迎しており、軍の動きは目立たなかったが、世俗主義を守る役の大統領にギュル氏が就任する雲行きに沈黙を破った。

 声明では、公立学校で宗教的行為が拡大している現状などについて「そうした行為を防ぐべき立場の当局者が承認しているのは深刻だ」としたほか、「大統領選の過程で前面に出てきた問題は、世俗主義を脅かすものだ。必要ならば軍ははっきりと自らの立場を示す」と強く警告した。

 アナトリア通信によると、軍の声明についてチチェキ政府報道官兼法相は「反政府の立場とみなされ、民主的な環境を阻害する考えだ」と厳しく批判した。エルドアン首相は28日、軍トップのビュユクアヌト参謀総長と電話会談しており、首相の対応も焦点となる。

 エルドアン政権下でトルコ経済は好調を続け、日本円を含む海外資金が大量に流れ込んでいる。軍による政治介入があれば経済は混乱し、大統領選が中断され、国会の解散総選挙を迫られると専門家はみている。

 軍の動きに対し、EUのレーン欧州委員(拡大担当)は懸念を表明。米国務省も「世俗的な民主主義にのっとった方法で解決してほしい」と事態を注視している。

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●トルコ首相が国民に団結呼びかけ 大統領選めぐる対立で
Asahi.com.2007年05月01日07時18分

 エルドアン・トルコ首相は30日、大統領選をめぐり国内でイスラム主義勢力と世俗派の対立が深まっている現状を受けてテレビ演説を行い、国民に団結を呼び掛けた。

 トルコからの報道によると、演説は国軍が大統領選への介入を示唆した直後の28日に録画された。翌29日には最大都市イスタンブールで同首相が率いるイスラム主義の与党・公正発展党(AKP)に抗議する100万人規模の集会が行われており、今回の演説で世俗派の反発を抑えるのは困難な状況だ。(時事)

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参考)以前面白い記事とコピーしておいたものです。

●スカーフの角度と体制支持
テヘラン 貫洞 欣寛
2007.3.18 朝日新聞 水平線地平線

久しぶりに訪れたテヘランで驚いたのは、女性のスカーフのかぶり方だった。
東京から出張した6年前は、それまでイスラム圏に暮らした経験がなかったため、すべての女性がスカーフにコート姿なのに驚いた。
だがエジプトに3年余り暮らし、中東各地を訪れ、女性の様々なベール姿に慣れた今回の感想は、全く逆だった。
「本当に心からイスラムの規定に従ってスカーフをしているのだろうか?」
イランでは、女性は髪の毛や体の線を隠すよう法律で定められている。だがテヘラン中心部の目抜き通りでは、見たところ8割ほどの女性がスカーフをずらし、前髪を見せている。頭頂部まで髪を出し、スカーフが後ろにずり落ちそうになっている若い女性も珍しくない。

エジプトでは、ベールで体を覆うかどうかは個人の自由だ。それでも女性の6、7割が自発的に着けている。ある知人は、母親の重病をきっかけに宗教への関心を深め、50歳で初めてベールをした。友人の女性(23)は2年前からだ。突然の変化に驚く私に、彼女は笑った。「髪形を気にしなくていいし、変な男が近寄らなくなって気楽なの」
エジプトや湾岸諸国では、髪を隠すため、スカーフよりも大きな布地を、ずれないように安全ピンなどを使ってきっちりと留める人が多い。どうしてテヘランでは、女性の多くが髪を出しているのか。
「義務だから仕方なくスカーフをしている人が多いんだ。スカーフの角度は、その人の「体制支持率」という話もある。深くかぶる人ほど、深く政教一致のイスラム革命体制を支持している。浅い人は、その逆ということ」
首をひねる私に、知人のイラン人男性が、こんな見方を披露してくれた。

エジプトでは、アラブ式社会主義の失敗や腐敗の横行で、社会改革にはイスラムの復興しかない」との風潮が強まり、それがベール着用を後押ししている。選挙が自由化されれば「ムスリム同胞団」などのイスラム団体が圧勝してもおかしくない情勢だ。イスラムこそが、人々の希望なのだ。
だが、親米王制を覆したイスラム革命から28年が過ぎたイランでは、逆のしらけた空気が流れている。
テヘランで、知人の女性が私にささやいた。
「王様の代わりに宗教者が威張るようになっただけ。庶民の生活は苦しいままだし、言論の自由もない。法律が『神の命令』になってしまった分、もっとタチが悪い。政治を宗教に頼ればどうなるかという壮大な実験を、人生を犠牲にして見せている気分よ」
彼女はそう言うと、スカーフを頭にひょいと載せ、小雪舞う表通りに消えていった。



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外相、立候補取り下げへ (管理人)
2007-05-09 21:24:33
(その後の情報)
外相、立候補取り下げへ
トルコ大統領選 焦点は総選挙に
朝日新聞2007年05月07日夕刊

【イスタンブール=喜田尚】
 任期満了にともない国会議員の投票で行われているトルコ大統領選で、親イスラム与党公正発展党(AKP)の候補ギュル外相は6日、立候補を取り下げる意向を表明した。やり直し投票で野党が再びボイコットし、出席数が国会定数の3分の2に達しなかった。政治混乱収拾の焦点は7月22日に決まった前倒し総選挙に移る。

 第1回投票に対する憲法裁判所の無効判断を受けた6日のやり直し投票では、議長が2度出席議員を点呼したが、いずれも国会定数(550)の3分の2である367人に達しなかった。ギュル外相は記者団に「国会は行き詰まった。正しい道は国民に選んでもらうことだ」と述べた。

 同外相は4月27日の第1回投票で当選に10票足りない357票を得た。しかし、野党は出席議員が3分の2に届かなかったことを理由に憲法裁に提訴。同裁の無効判断を受ける形で国会が総選挙の前倒しを決めたため、今回の大統領選は事実上意味を失っていた。

それでもAKPが6日のやり直し投票を強行したのは、大統領選の不成立の原因が野党のボイコットにあることを強調し、第1回投票後に懸念を表明した軍などの圧力に屈した形になるのを避けるためと見られる。
 
 
 
トルコ議会、大統領公選制可能にする憲法改正案を可決 (管理人)
2007-05-11 21:07:20
(その後の情報)
Asahi.com.5月11日12時22分配信 ロイター

 5月10日、トルコ議会、大統領公選制可能にする憲法改正案を可決。
 [アンカラ 10日 ロイター]
 トルコ議会は10日、有権者による直接大統領選挙(公選制)を可能にする憲法改正案について採決を行い、可決した。可決に必要な3分の2以上の賛成票が得られた。
 同案は、セゼル大統領の署名によって成立するが、大統領はしばしば議会と対立しており、同案に拒否権を発動する可能性を示唆している。
 改正案では、大統領の任期は5年となり、2期目まで再選可能となる。現在の任期は7年で再選は不可。
 
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