行き着けなくても一日一歩の気構えで。たそがれおやじの覚醒。
日暮れて途遠し



DVDレコーダーの録画リストが満杯になってきたので未見の番組を整理していて行き当たった「BS世界のドキュメンタリー」。放送は2007年1月4日。尚、初回放送2006年11月19日とのこと。

内容は下記NHKの紹介どおり、まさに驚くべきものである。

「BS世界のドキュメンタリー」
イラク 消えた200億ドル ~追跡 開発基金の行方~
(イギリス Guardian Films2006年制作)
初回放送2006年11月19日(日)22:10~22:59 BS1
再放送 2007年1月4日(木)BS1

2003年、イラクのフセイン政権崩壊後、アメリカ主導の暫定行政当局CPAがイラクを統治。CPAはイラクの石油の売上による利益や、差し押さえられた銀行口座の預金などを含む、イラク開発基金、およそ230億ドルの管理を委託された。

イラク開発基金は、本来 イラク復興のために使われるはずのものだった。しかし、イラク国内での管理は甘く、盗難や紛失が数多く起こっていた。さらにアメリカを始め、外国の業者がこの利権に群がり、CPAから仕事を受注したが、契約の履行を監督する体制は整っていなかったと、元CPA幹部は語る。そんな中、いわゆる戦争成金が横行する。幽霊会社を作ってCPAに水増し請求するなど、様々な汚職や腐敗が発覚した。

一方、イラク南部ディワニヤの町の病院で、アメリカの援助による再建の現実を取材した、医師でジャーナリストのアリ・ファディルは、そのお粗末な実態に怒りを隠せない。改築後の病院では下水が詰まり、手術室の床の割れ目からは蟻が這い出していた。さらに、点滴用の針など、基本的な医療器具や医薬品の不足から、本来なら助かる乳幼児の患者が、数多く死亡している。こうした事態は、CPAの医療援助に対する姿勢が間違っていたことに起因している。援助の効果をアピールするような派手で高価な物ばかりに基金を使い、安価で地味だが、生死を左右するような基本的な医療器具を供給しなかったのだ。また、旧体制につながるバース党員を政府や公共機関から排除する「非バース化」政策により、医療制度を運営する優れた人材が解雇されてしまったことも原因だ。

番組は、アメリカ・イラク両国での関係者の取材から、イラク開発基金がいかに不正に使われていたか、その驚くべき実態に迫る。

●以下は番組から部分的に文字起こしを行ったもの。

イラク消えた200億ドル
~追跡 開発基金の行方~
IRAQ’S MISSING BILLIONS

2003年イラクのサダムフセイン政権崩壊後、米の主導する連合暫定行政当局(CPA)が国連から特別な任務を託されました。
200億ドル以上にのぼるイラクの資産を管理し、国家の復興に役立てるというものです。
イラク開発基金と呼ばれるその金のほぼ全額をCPAは占領統治を行っていた14ヶ月の間に使い果たしました。
しかし、どこにどう使われたのかその詳細は分かっていません。

(フランク・ウィリス元CPA上級職員)
イラク開発基金を託されたにもかかわらず、私たちの仕事は実にお粗末だったと思います。
完全な失敗でした。あれは元々イラクの資産なのですからイラク国民のために使うべきでした。なのに、群がる外国企業が利益をむさぼるのを黙って見過ごしたのです。

そして、その失敗の代償を今イラク国民が払わされています。
巨額なイラク開発基金はどこに消えたのか、ずさんな管理と驚くべき腐敗の実態に迫ります。

(大島春行 解説主幹)
今日ごらんいただくのは、イラクの戦後復興に使われるはずの2兆7千億円を超えるイラク開発基金をアメリカ企業が食い物にした実態を伝えたイギリスのドキュメンタリーです。
アメリカ政府主導の暫定業政府当局が管理していた基金に群がった企業は、病院や学校建設をめぐって資金の浪費、架空請求、手抜き工事を繰り返しました。
日常的にテロが続く厳しい政治情勢を割り引いたとしても、申し開きが出来ないような不正行為です。
これを見ていて思い出したのはアメリカの巨大企業エンロンの経営破たんでした。
架空の売り上げをでっち上げ損失を隠しながら株価操作に明け暮れていたこの会社を取材した私は、そこに「自分たちは勝ち組なのだから何をやっても許される」というおごりを感じ、アメリカがおかしくなっているという番組を作りました。
資本市場を舞台にエンロンが行った不正が、形こそ違うものの、戦地イラクで同じアメリカ企業によって繰り返されていた事実は一体何を物語っているでしょうか。
先月エンロンの経営トップに対して禁固24年の刑が宣告されました。事件発覚から4年後のことでした。イラクに群がった企業の不正行為はいつか糺されるのでしょうか。

石油輸出で得た利益、国内外差し押さえられたイラクの銀行口座預金がすべて開発資金に組み込まれた。資金はすべて現金でNYの連邦準備銀行に保管された。
そこから何トンもの真新しい100ドル紙幣がワシントン・アンドリュー空軍基地に運ばれイラクに空輸された。
14ヶ月で100トン、金額にして120億ドルを超える現金がイラクに持ち込まれた。
イラクには米ドルがあふれかえった。
CPAはいくつかの国の連合体だが、実態は大きく異なった。米国務省は戦後のイラク復興計画を用意していた。しかし、ブッシュ政権はそれを無視した。そして別の省に権限を与えた。国防総省(ペンタゴン)だ。国政や外交ではなく軍事を担当する人たちが国づくりを任されたのだ。
CPAトップに任命されたのはP・ブレマー行政官。彼は着任早々その重要な権限を行使し、重要な決定を下す。「アメリカの業者はイラクの法律の適用を受けない」というもの。
米業者は法的に訴えられないだけでなく債務の取り立ても免れた。
当時イラク復興事業に関してはアメリカの法律もイラクの法律も一時的に効力を失っていて、イラクは泥棒と詐欺が横行する無法地帯だった。
猛烈な速さで契約が交わされ多額の金が飛び交った。しかし、その契約どおりに仕事が行われているか監督する体制はお粗末だった。CPA内部には効果的な管理を行えるような人材が不足していた。
混乱のさなか、かつてのサダムフセインの宮殿には信じられないような額のドルが保管されていた。そして毎日多額の現金がばら撒かれた。
まるで西部開拓時代の無法地帯のような誰も経験したことのない状態だった。
現金は金の出所を辿ることが難しく不正取引にはもってこいだった。
金儲けのことしか考えない山師のような連中がイラクに群がった。彼らはイラクの民主化などには何の興味もない。アメリカ軍の指示に従うことさえしなかった。戦争があれば金儲けのチャンスと飛びついてくるいわゆる戦争成金だ。
2003年停戦当初イラクにはアメリカドルがあふれ輝かしい未来が約束されているはずだった。こうした約束はどうなったのか。

開発資金が最も多く支払われた先はハリバートン。
チェイニーがかつてCEOを務めた会社。
石油生産復興事業の請負費として16億ドルを受け取った。独立監査委員会は1億7700万ドルの過剰請求を指摘。ハリバートンはわずか900万ドルを返還することで米政府と和解。しかし、更に悪質な手口を使う企業もあった。カスター・バトルズ社。イラクに拠点も資金も持たずに2人はイラクに乗り込み、民間航空機警備の仕事を1500万ドルで請け負う。結局民間航空機が認められなかったので請負は成立しなかったが(解約で?)200万ドルが支払われた。彼らは次のビジネスチャンス、イラク紙幣交換事業で架空会社の架空請求やイラク政府資産を持ち出してCPAに高額リースなど不正を繰り返したことが分かっている。300万ドルの経費を1000万ドルに水増しして請求している。異常なのは政府が訴追しなかったこと。復興が順調に進んでいることを印象づけたいため、復興に戦争成金がはびこっていることが広まるのを恐れたためと思われる。

CPAで使われなかった基金はイラク暫定政府に受け継がれることになっていた。
あきれることに、CPAは引渡しまでの数週間に猛烈な勢いで資金を使ったのだ。
連邦準備銀行幹部の同僚宛メールで、CPAのやり方に対する怒りがあらわにされている。
「CPAが6.18に24億160万ドルを現金で送るように言ってきた。全くあきれた話だ」
記録を見ると、CPA内部にはイラクを統治する最後の数週間に開発基金の残りの額を急いで使わせるような大きな圧力があったように感じられる。
計画性も優先順位もあいまいなまま十分に吟味されない再建プロジェクトに使ってしまったのです。再びFRB幹部のメールから。
「CPAは既に予定されている火曜日の送金に新たに10億ドルを加えてほしいと言って来た。これで合計30億ドルになる」
こうして主権委譲前の1ヶ月間にイラク開発基金から50億ドルの現金が持ち出された。
CPAのある高官は678万ドルを渡され、7日で使い切るよう命じられた。
資金の使い道より速やかに使ってしまうことが重要だと思ったとこの当事者は証言している。
2004.6.28、予定より2日早く、CPAのブレマー行政官はイラク暫定政府に主権を委譲した。
CPAはイラク開発資金のうち200億ドルを使った。そのうち割合として最も大きかったのはイラク暫定政府の省庁や機関に当てられた88億ドル。しかしCPAはその使い道を把握していない。8000人が働いているとされた省庁で実際は600人しかかくにんできなかった例など。資金が悪用されたと言う懸念は至極妥当であり、管理の甘さは否定できない。
捜査が遅すぎたことは否めないが、それでもアメリカの独立監査委員会によって50件の刑事捜査が進行中。
私服を肥やしていたのは悪質な請負業者だけではなく、CPAの職員の中にもいた。
結局CPAからイラクに引き渡された資金はわずか35億ドルだった。

2005.11月イギリスのストロー外相はイラク開発基金から支出された使途不明金についてイギリス政府は知らなかったと議会で答弁した。
ラムズフェルド国防長官は私たちの取材に応じなかった。
しかし、アリ・ファディルの取材に応じてもいいという人物がバクダッドの米大使館にいた。
イラク債権事業の新しい責任者:ダン・スペックハードイラク再建管理事務所長
「問題になっているのは殆どが2年以上前のことです。今引きずっている問題はありませんし、あなたが言われるような重大な状況では全くないと思いますよ。将来同じ問題が起きないようにするために何が起きたかを見つめるのは有益ですが、現在イラクにおいて私たちが取り組むべき問題からすればもはや過去のことです」
使途不明金はあっさりと過去のことと片付けられてしまった。
イラク国民のものだった資金はCPAに使い果たされ、アメリカ政府もこれ以上の資金援助はしないといっている。当初の約束とは大違いだ。
「一部のイラク人の期待が大きすぎたのです。世界最強の経済大国アメリカが支援すればすべてがよくなると思ったのではないですか。しかし、イラクは非常に複雑な状況にありますし、人口2600万の隅々まで支援をいきわたらせるのは大変です。アメリカはイラクが再び自立し世界経済に復帰できるよう出来る限りの後押しをしてきました」





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コメント
 
 
 
時間があれば… (人生いかに)
2007-10-08 15:54:36
興味深く読ませていただきました。
といっても時間がなく不十分な点多いと思いますが。
なんとなくシンパシーを感じます。
本当の「正論」なんてないと思いますが、かなり近いんではと思ったりします。
教科書の問題にしろ、靖国の問題にしろ、若いロマンティックライトの政治家に便乗、同調、したお金や目的エセ右翼、エセ保守、そしてヒラメ官僚に振り回されているような気がします。
沖縄戦をこんな風に変形することは、たとえば大和とともに沈んだ英霊たちをも冒涜することになるのでは…。
彼らには軍の命令はなく、軍令部に内緒で、舫綱を解いて、貴重な燃料を盗み、勝手に出撃していったンでしょうか?「一億特攻の先駆け」(戦術論としての是非は別にして)は嘘だったのでしょうか。
「作る会」がなんだかんだといっていますが、筋の通らぬことばかり。いったい何が目的なのかもわからない。
「思いやり予算」といえば「上から目線」で抵抗が少ないようですが、ローマ時代の属州税と同じじゃないかなどと思ったりします。今の自衛隊派兵もアメリカの空母機動部隊や海兵隊が「軍団兵」とすれば、まさに「補助兵」そのもの。
宇宙の中の地球、世界の中の日本、日本人としてどう生きるべきか?
これからも時々寄らせていただきます。
 
 
 
コメントありがとうございます (管理人)
2007-10-08 23:40:36
人生いかに様のコメントは沖縄戦集団自決教科書検定問題の記事に関するものがメインであるようにお見受けしますが、このイラク消えた200億ドルにつながっているようでもあり興味深く読ませていただきました。今後ともよろしく。
 
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