行き着けなくても一日一歩の気構えで。たそがれおやじの覚醒。
日暮れて途遠し



朝日新聞2月7日紙面に内橋克人氏の <マック店長訴訟「不道徳」突かれた企業社会>がさすがに素晴らしいのでコピーに残させていただく。
文末にディーセント・ワーク(decent work)という文言が登場するが、これもいい言葉だ。その昔R.レッドフォードとD.ムーアのindecent proposalという映画があった。風呂上りで服を着ていないときなどに部屋をノックされたらI am indecentと言って待ってもらう。decentな状態はたくさんあるが、decentは得がたいということだろう。
このディーセントに関して、1月12日朝日新聞の「窓 編集委員室から」で 川戸和史編集委員が<「ディーセント」をはやらせよう>という記事を寄せている。
それによると、国際労働機関(ILO)がディーセント・ワークという言葉を打ち出して8年以上がたつそうだが、日本ではいい訳語が見つからなくて流行らせられなかったそうだ。確かに聞いたことがない。
コンプライアンスにはじまってCSRだのコーポレートガバナンスだの米発信のグローバルスタンダード的臭気紛々の言葉は安易にマスコミ経由企業社会に浸透していくが、本質的哲学的な意味をこめたことばを流行らせることが果たして今の日本に可能か。

●マック店長訴訟「不道徳」突かれた企業社会
内橋克人 経済評論家
2008.2.7朝日新聞 オピニオン

所定の労働時間内では処理しきれない作業を命じられた被雇用者にとって、道は二つしかない。作業の進み具合にはおかまいなく、定時がくればさっと仕事を打ち切って退社するか、さもなくば仕事の完成を優先し(自分の時間を犠牲にして)労働時間を延長するか、いずれかである。
自分の時間を優先する者が多数派ならば、企業は、より多くの労働者を雇用し、定時退社のものが残す作業量を補わねばならない。その量に見合って人件費は増える。
他方、仕事優先、所定時間を超える労働を選ぶ者に対しては残業代を支払って報いる。「普通の会社」の作法である。
西欧、北欧など多くの国では、所定の労働時間を超える「働かせ方」には懲罰的割り増しの思想に由来する割高な残業代の支払いが課せられる。
今回、日本マクドナルドが店長を「管理職」とみなして残業代を支払わないのは違法だとして、同社に対し、原告である店長に未払い残業代などの支払いを命じた一審判決が暴いたものは、労働時間を延長せざるを得ない立場に勤労者を置きながら、支払うべき労働の「対価」を支払わずに済ませる、知的練磨にたけた「姑息術」の蔓延ぶりであった。同社に限ったことではない。
原告が従わざるを得なかった超・過密勤務を「無償労働化」するため、企業が駆使したテクニックの粋が「名ばかり管理職」というだまし絵であったことが、裁判の過程でさらけ出された。企業は管理職という名札を乱発するだけで、人員を増やす必要もなく、残業代を支払う必要もない。すべての対価は生命を削って働く生身の人間に押しつけられる。「偽装管理職」とはまさに究極の人間合理化策といえる。
原告が、労働基準法に定められた保護規定の対象外となる「管理職」に相当するのか否か。「法」に照らして管理職とみなすことはできない、とする判決は多くの人を納得させた。
だが、その法もまた変わる。この数年、多くの労働者保護法制が労働規制緩和で、あえなくもご破算の憂き目にあった。いま、「偽装管理職」を追認するような幾多の法改正が、経済界の渇望のもと、待機中だ(その一つが、一定の条件を満たす従業員を労働時間の規制から外す「ホワイトカラー・エグゼンプション」の異形である)。
私たちは企業社会の「経済的不道徳性」を突く鋭さを磨くほかにない。
第一に、マスコミに氾濫する「働き方の多様化」なる言葉の虚妄を見抜くことだ。進んでいるのは「働かせ方の多様化」であって「働き方の多様化」ではない。残業代ゼロを正当化するのに「エジソンは時計を見るなといった」といい、NHK「プロジェクトX」の登場人物を見習えと書いた学究者らが、「多様」「多様]とはやしている。
第二に、「正規雇用は権利。その他の働き方は個人の選択旨」。
この原則が貫かれてこそ「働き方の多様化」と呼ぶにふさわしい社会が到来する。
最後に、「昔の日本的経営はよかった」式の懐古言説に惑わされてはならない。サービス残業、献身、働き過ぎ、会社一元支配社会こそは企業社会に常のものであった。冒頭に述べたような定時の退社すら至難であった。ゆがみを超克できぬまま、私たちは「市場競争至上」の海に投げ入れられた。普通に生き、働き、暮らす者は「加重された苦境」に撃たれている。
マック訴訟の原告・高野広志さんの勇気が「ディーセント・ワーク(尊厳ある労働)」への道を拓く。私たちに与えられた意味と期待はあまりに大きい。

●「ディーセント」をはやらせよう
2008.1.12朝日新聞 窓 編集委員室から

国際労働機関(ILO )が「ディーセント・ワーク(decent work )」という言葉を打ち出して8年以上がたつ。辞書によると、ディーセントとは「ちゃんとした」といった意味だ。グローバル競争で過酷な労働を強いられる人たちが増えた。これに歯止めをかけ、だれもがまっとうな仕事に就けるようにする。そうした21世紀の目標をILO は「ディーセント・ワーク」に託した。ところが、日本でこの言葉が一向に広まらない。いい訳語が見あたらないためだ。ILO は「働きがいのある人間らしい仕事」と訳した。含蓄は伝わるものの、長すぎる。国会の論議などでも「分かりにくい」と、敬遠されがちのようだ。だが、日本の雇用格差は深まる一方である。働き方の「下限」を守るには労働規制の立て直しが必要で、「ディーセント・ワーク」はその際の座標軸になるはずだ。訳語に難があるなら、「 ディーセント・ワーク」のままはやらせてはどうか。記号のような言葉「LOHAS」もみんなが使って広まった。そのために、どうすればいいか。
たとえば、首相が所信表明演説で3回以上使う。脚本化家がテレビドラマで「今日の残業,ディーセントじゃないっすよ」というセリフを書く。雑誌が「30 代のディーセント・ライフ」という企画を打つ、ビール会社が発泡酒「ディーセント」 を発売し、CMで「とってもディーセント」と連呼する。色々なところで、まずはちよっと使ってみてください。
〈 川戸和史〉

●「店長は管理職」認識変えず 日本マクドナルド社長
asahi.com.2008年02月05日20時14分

 日本マクドナルドの原田泳幸会長兼社長は5日、朝日新聞の取材に応じ、店長を管理職とみなし、残業代を支払わなかったのは違法との東京地裁判決について「時間と無関係に結果を出すのが店長の仕事」などと述べ、全面的に反論した。
 1月28日の判決は、原告の店長について肩書に見合った待遇を受けていない「名ばかりの管理職」との認識を示したが、同社は控訴した。
 原田社長は「会社の構造的な問題とは考えていないし、無報酬の労働を強いてはいない。店長は今でも管理職で、自身の判断で残業時間を管理できるから『みなし労働』にはあたらない」として、残業代を支払う考えはないとしている。
 労働基準法では、1日8時間、週40時間の法定労働時間を超える労働には、残業代の支払いを義務づけているが、管理職には適用されない。外食やコンビニエンスストアなどでは、店長を管理職扱いにするか、残業代を支払うかの対応が分かれており、大手チェーンをめぐる判決が注目されていた。

●セブン-イレブン、店長に残業代 マック訴訟受け
asahi.com.2008年02月08日11時22分

 大手コンビニエンスストアのセブン―イレブン・ジャパンは、管理職としている店長に3月から残業代を支払う方針を明らかにした。東京地裁が1月、日本マクドナルドに対し店長への残業代支払いを命じたことを踏まえた対応。大手コンビニではローソンやファミリーマートなどが既に店長に残業代を支払っており、セブン―イレブンの対応が注目されていた。地裁判決を受け、今後も制度を変更する企業が出てくる可能性がある。
 セブン―イレブンの関係者は「制度変更は、1年前から検討してきた。残業代を払うことで店長はメリハリのある働き方ができるし、会社も残業時間の把握を通じ、店長の働き方も分かるようになる」と説明している。
 同社の直営店に勤務する約500人が対象となる。管理職としての位置づけは変えないが、「店長手当」を減らす代わりに、残業代をすべて支払うことにする。同社は残業時間の短縮に取り組むことで人件費の増加を抑えたい、としている。
 外食産業での対応は、なお分かれており、ロイヤルホストを展開するロイヤルホールディングスが「待遇に見合っている」などとして店長に残業代を支払っていない。
 東京地裁判決を受けた日本マクドナルドも残業代を支払う考えはないとして控訴した。原田泳幸会長兼社長は朝日新聞の取材に「店長は今でも管理職で、自分の判断で残業時間を管理できるから『みなし労働』にはあたらない」と語っていた。
 労働基準法では、1日8時間、週40時間の法定労働時間を超える場合には、残業代の支払いを義務づけているが、管理職には適用されない。



コメント ( 3 ) | Trackback ( 1 )



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コメント
 
 
 
Unknown (うどん蹴りχ)
2008-02-10 16:55:09
ディーセント・ワーク、いいですね。
どうもILOについて日本国内の認識が薄いような気がします。
中学か高校あたりでちゃんと教えて欲しいものですが。
フィラデルフィア宣言なんか、今こそ読み返すべきだと思います。

http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/standards/constitution.htm#philadelphia
 (a) 労働は、商品ではない。
 (b) 表現及び結社の自由は、不断の進歩のために欠くことができない。
 (c) 一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である。
 (d) 欠乏に対する戦は、各国内における不屈の勇気をもって、且つ、労働者及び使用者の代表者が、政府の代表者と同等の地位において、一般の福祉を増進するために自由な討議及び民主的な決定にともに参加する継続的且つ協調的な国際的努力によって、遂行することを要する。
 
 
 
ILOフィラデルフィア宣言 (管理人)
2008-02-11 21:53:44
ウームですね。昔々ILOはいろいろなニュースの場面で名前だけは目にし、耳にしたはずですが、今、このグローバル経済なる嵐の時代にどういうスタンスで立ち向かっているのか興味を惹かれます。
ILOが第一次大戦まで遡るものであること知りませんでした。フィラデルフィア条約も知りませんでした。「労働は商品ではない」すばらしい理念ですが、残念ながら、労働市場という概念もその規制改革も完全にそんなことはどこ吹く風ですね。
以下wikipediaから
-----------------
世界の労働者の労働条件と生活水準の改善を目的とする国連最初の専門機関。本部はジュネーヴ。
第一次世界大戦後、ヴェルサイユ条約に基づき国際連盟の一機関として1919年に設立された。当時は、産業革命と社会主義革命が進む中で、国際的に協調して労働者の権利を保護するべきだという考えで作られた。 第二次世界大戦後は、1946年に国際連合と協定を結び、専門機関として国連の目的達成の一翼を担うようになった。
加盟国は、179カ国(2006年8月現在)。1969年にノーベル平和賞を受賞した。機構の運営が東側諸国に偏っているとして、アメリカ合衆国が1977年に脱退した。しかし、1980年に復帰している。

 
 
 
真なる decent work (バッジ@ネオ・トロツキスト)
2011-10-20 10:32:36
はじめまして!

「decent work」、重要な概念ですね。
ただし、この概念の内容は、もっと究明されるべきでしょう。

というのも、内橋氏や左派政党の主張は、まだまだ抽象的だと思うからです。労働の形式ではなく、内容そのものが真剣に問われていない、と。

だって、コンビニやファストフード(もっと言えば風俗産業や軍需産業も)での労働に、本当の尊厳なんてあり得るでしょうか、疑問ですよ。
「職業に貴賎はない」などと、ブルジョア的な現状聖化の文句を並べ立てても、高度資本主義経済に寄生性や腐朽性があるがために生まれて来ている職種や業種が有ることって否定しようが無いじゃないですか。
人間労働に真の尊厳を恢復するためには、「労働条件の根本的改善」とか「非正規を無くして正社員を原則にする!」といったような、労働の形式面のみに問題を矮小化するような態度じゃダメなんですよね。

この点では、マルクスの「労働の社会化」論も未完な論だとしか評価出来ないんですね。
マルクスやレーニンのような左翼の巨人も、奢侈生産や軍事産業、投機部門などの寄生性は取り上げていましたけれど、労働の社会化を形式の社会化と共に内容の社会化として展開し切れていなかったようですからね。
利潤獲得を目的とする資本主義経済は、労働の形式は社会化しても、その内容については無関心ですから、
この課題は資本主義批判派が独自に追究していかなければならない課題なんじゃないかな?

いかがでしょう?

投機屋や兵器作り、風俗嬢たちの労働に「尊厳」なんて確立出来はしない、尊厳有る職種、業種による産業構造に転換して行かなければ真の解決は無い、ということです。
 
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