私にとっては前回の2年間のインド滞在中、ネパールにて多少のチベット体験はしたものの、本格的なものではなかった。
しかし、今回のブッダガヤのチベット寺は、本腰を入れてチベット佛教の修行を始める第一歩の地として、決めていたので、着いたときから相当気合いが入っていた。
そして、まずこのチベット寺に部屋を借りて荷をといた。
しかし、それにしても、恐ろしい暑さである。聞いたところによると、45度を超えているという。
とんでもない暑さである。建物のみならず、あらゆるものが太陽で熱せられて、熱を放射している。
とにかく暑い・・・。
ひとまず、部屋の床に水をまく。天井で回っている扇風機からは(インドの扇風機はほとんどこの形式)熱風が降り注ぐ。扇風機をまわさない方がましなくらいである。よく、あつ〜い風呂に入った時にお湯をかき混ぜると飛び上がるくらい熱くなるのと同じ原理である。とにかくへこたれる。
この時期インド人達はほとんど外で寝ている。どこの家をのぞいても、ベッドを外に出して庭や屋上で寝るのである。日中に降り注いだ太陽の熱気はあらゆるものに浸透し、夜中じゅう熱気を放ち続けるのである。朝方にやっと冷めてきたかと思うと、東の空から赤々と灼熱の太陽が昇ってくるのである。また、灼熱の一日が始まるのである。また、この時期は毎日0.数度づつ温度が上昇していく。日に日に暑さは増していくのだ。
そして、待ちに待った雨期の到来。恵みの雨は大地を冷やし、生き物全てに涼を与えてくれるのである。
私たち日本人は雨が降ると、服がぬれるとか、洗濯物が干せないとか、せっかくの休日なのに。とか、雨そのものが恵みであると感じる事はあまり無い。しかし、インドなどの国ではこの雨を待ち望むのである。
「もし、今日雨が降らなければ、明日は今日より更に暑い・・・」
これは、とてつもなく大きな問題である。そこで、この時期になって、雨がなかなか降らないと、色々な所で雨乞いの儀式などが執り行われるのである。
しかし、暑いなどとも言ってられない。喉もカラカラなので、ちょいと外出。
しかし、今回のブッダガヤのチベット寺は、本腰を入れてチベット佛教の修行を始める第一歩の地として、決めていたので、着いたときから相当気合いが入っていた。
そして、まずこのチベット寺に部屋を借りて荷をといた。
しかし、それにしても、恐ろしい暑さである。聞いたところによると、45度を超えているという。
とんでもない暑さである。建物のみならず、あらゆるものが太陽で熱せられて、熱を放射している。
とにかく暑い・・・。
ひとまず、部屋の床に水をまく。天井で回っている扇風機からは(インドの扇風機はほとんどこの形式)熱風が降り注ぐ。扇風機をまわさない方がましなくらいである。よく、あつ〜い風呂に入った時にお湯をかき混ぜると飛び上がるくらい熱くなるのと同じ原理である。とにかくへこたれる。
この時期インド人達はほとんど外で寝ている。どこの家をのぞいても、ベッドを外に出して庭や屋上で寝るのである。日中に降り注いだ太陽の熱気はあらゆるものに浸透し、夜中じゅう熱気を放ち続けるのである。朝方にやっと冷めてきたかと思うと、東の空から赤々と灼熱の太陽が昇ってくるのである。また、灼熱の一日が始まるのである。また、この時期は毎日0.数度づつ温度が上昇していく。日に日に暑さは増していくのだ。
そして、待ちに待った雨期の到来。恵みの雨は大地を冷やし、生き物全てに涼を与えてくれるのである。
私たち日本人は雨が降ると、服がぬれるとか、洗濯物が干せないとか、せっかくの休日なのに。とか、雨そのものが恵みであると感じる事はあまり無い。しかし、インドなどの国ではこの雨を待ち望むのである。
「もし、今日雨が降らなければ、明日は今日より更に暑い・・・」
これは、とてつもなく大きな問題である。そこで、この時期になって、雨がなかなか降らないと、色々な所で雨乞いの儀式などが執り行われるのである。
しかし、暑いなどとも言ってられない。喉もカラカラなので、ちょいと外出。
もう泣くに泣けずに、食えるだけ喰った。やけぐいというやつ。ゆらゆらと揺れるローソクの炎のもと、こんなに辛いカレーを食べている自分が惨めに思えて仕方がなかった。











