「原発と映画」プロジェクト準備ブログ

原発に関する映画の紹介や、首都圏で放射能から子どもを守る取り組みの紹介や、子育てしていて疑問に感じることのつぶやきなど

原発に関する映画その74「みえない汚染 飯舘村の動物たち」

2016-07-02 15:27:50 | 原発と映画

「みえない汚染 飯舘村の動物たち」

公式HPはこちらです。http://adg-theater.com/zone.iitate/

監督・製作 北田直俊氏

出演 平山ガンマンほか

2015年92分

とても書くことがむずかしい映画だったので、この映画をみてからずいぶん月日がたってしまいました。

私自身は、動物を飼ったことがなかったのですが、動物好きな人の世界がほんの少しですが、わかった気がした映画です。

2013年に「Zone 存在しなかった命」というドキュメンタリーが作られ、その続編という形になっています。こちらはまだみていないので、前作との比較のようなことは書けず、「みえない汚染 飯舘村の動物たち」についてのみの感想程度ですが、記しておきます。

動物好きの(という言葉も軽く聞こえてしまいますが)平山ガンマン氏が、全村避難し無人となった飯舘村で、飼い主が仮設住宅そのたに避難したために、そのまま放置されてしまった(時々は餌をやりにかえってはこられていても、週一回とかとても少なくしか飼い主に面倒をみてもらえなくなった)動物たちのところをずっと見回り、飼い主にコンタクトをとったりさまざまな試みをしながら、そういう動物たちのためのシェルターを作るしかないと決意され、作り上げるところまでを描いているドキュメンタリーです。

広い広い地域に点々と置き去りにされている動物たちのところに餌をもって、見回っていく平山ガンマン氏のあとをついて、カメラはまわっていきます。

平山氏の口からは犬とか猫という言葉はただの一回もでてきません。平山氏の口からはすべて固有名詞で語られます。そして名前のあと、「この子はこんな目にあっていた」「あんなこともあった」とか、「一人でかわいそうだった」「飼い主はこんな状況だ」とか様々に語られていきます。

動物を好きな人からは、すべての生き物は名前で呼ばれるということが、私には新鮮でした。「一人でかわいそうだった」という言葉が繰り返しでてきます。「せめて二匹でいられたらまだずっとよかったのに」。。。動物のことを知っていて愛情をもって接してこられたガンマン氏だから、「ひとりでかわいそう」ということを痛切に感じられたのだろうと思いました。

なんとかならないかと飼い主の人とも苦労しながら連絡された末に、飼い主にひきとってもらうことは困難であると同時に完全に手放すことにも同意してもらうのが難しい中、ベターな形として「せめて仲間のいるところで暮らさせてあげたい」となり、「近くにまとまって暮らせるシェルターを作るしかない」と動き始められます。

ガンマン氏の純粋な思いと行動力は、応援してくれる人との出会いを引き寄せ、

シェルターが完成し、仕事をやめたガンマン氏がそこで常勤で働き始め、動物たちの嬉しそうな鳴き声が聞こえる状況までを描いていきます。

☆たくさんのエピソードの積み重ねでした。

長いと感じないのは、ガンマン氏の純粋な思いと行動力の力なのだろうと思いました。

印象に残るエピソードはきっと人それぞれなのではと思いますが、私が印象にのこったのは、ひとつは白血病のネコの親子の話でした。白血病⇔放射能というような言葉は一回もでてきません。

そこに病気のネコがいる。何をしてあげたらいいんだろうと話はどんどん進んでいきます。結局動物好きな人のところにひきとられるまでを描いていました。

それからもうひとつ印象に残ったのは、ガンマン氏がシェルターを作り始めた時に、警察の人がやってきて、「何をやっているのか」と問いただされて、延々と説明する場面です。

誰が聞いてもいいことをやろうとしているのに、行政にいったら「前例がないから」と断られたとかさまざまな壁にぶつかってこられた話もでてきます。こんなにいいことをしているというのに、延々と説明しなくては話が進まない役所や警察の頭の固さに気が遠くなりながら、一体どうなるのだろうかとはらはらしてみていましたが、無事に完成できたのは、観る人にも大きな励ましになりました。

一人ができることは本当に少ないけれど、世の中を動かすとか大きなことはできないかもしれないけれど、自分にできる範囲で何かできることはまだあるんじゃないかと教えてくれた映画でした。

☆飼い主の人たちの大変な生活もさらりとふれられていて、最後に字幕で、飼い主の人をせめているわけではないということも語られています。

そこにかわいそうな動物たちがいて、ほってはおけない人がいた。。。そのことを追い続けている映画。。。まだ続編ができることに期待したいです。

私がみたときには普通の原発や放射能のことを描いた映画の観客層とは明らかに違う観客層でした。

動物が好きな人たちのネットワークがあるのでしょうか。。。そんな人たちでした。

☆振り返ればチェルノブイリの時は、牛飼いは牛とともに避難ができたと聞きます。

早く仮住まいではなく、戻ることが無理なら無理で、生き物と一緒に暮らせる先の見える生活を取り戻させてあげたいと願います。

ここにでてくる動物たちは、くさりにつながれて、一週間に一回かもしれないけれども、飼い主が餌をやりに戻ってくる状態にあった動物たちです。

一方避難するとき、面倒をみれないからと、飼い主が、くさりをとったケースも少なくないと聞きます。そういう動物たちは野良猫・野良犬という形になったとききます。ちょっとそんなことにも思いをはせました。

 

 

 

 

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