ステージおきたま

無農薬百姓30年
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がむしゃら走り1年半
コントとランとご飯パンにうつつを抜かす老いの輝き

今のままの自分でいいんだよ、って言葉、嫌いだ!

2016-10-17 08:41:53 | 暮らし

 まあねえ、人には人それぞれの壁があるし、その時々の課題ってもんもあるから、今ありのままを肯定するってことに意味ないとは思わないんだ。でも、そこで終わったら、いろんなことが見えてこない。変わってくことだってできない。マラソン始めてつくづくそう思う。

 昨日ハーフを走り終えて、目標を達成できた満足感や、体を目いっぱい使い切った爽快感は確かにある。と、同時に、ようやくくび木から解き放たれた安堵感ってもんもあるんだ。それ、とっても大きい。大会近づくと、よしっ走るぞ!とか、楽しみぃぃぃ!なんて前向きな感覚は心の中の少数派、ああ、走りきれるかな?天気大荒れになって中止とかならないか?忙しいし練習不足だから、今回はパスするか、なんてどこまでも消極的な気分に襲われる。

 日ごろのトレーニングだってそうだ。走り終えれば気持ちいいいが、着替えして1歩踏み出すまでのためらいったらない。あること無いことひねくり出して、なんとかさぼろうと算段する。近頃のトレーニング不足にゃ、実はそんな怠け心も大いに関係している。

 だから大会前は暗い。なんか義務感で走るようでうんざりする。いやいや、自分で自分に課した義務そのものなんだ、僕の場合は。走るって決めた!この大会エントリーした!完走するって決心した!すべては自分への鞭でどうにか前に進んでいく。今のままの自分でいいんだよ、なんて甘い言葉掛けたら、とたんに、じゃ今回は欠場ってことで、となるに決まっている。それ以前に走ることだって始めなかったと思う。

 人間、自分を肯定することは必要不可欠だ。ありのままを大切にする気持ちもわかる。無理しない、背伸びしない、これも生きて行く知恵だろう。でも、今の自分に満足しない自分てやつも大切なんだ。現状となれ合わない自分。今を越えて行くやる気。今をちょっと、いや人によっては大きく超えて目標を定め、その実現に向けて頑張る努力。そんな現状の否定が、新しい自分見つけ出してくれる。ハーフを走れた自分。フルを達成できる自分。その自信や満足感は生き方そのものも変えてくれる。目の前に広がる風景だって違って来る。

 僕の自分感、こいつはかなり否定的だ。怠けも者だし、エゴイストだし、ずるいし、せこいし、意地汚いし、下品だし、疑り深いし、嫉妬深いし、・・・上げて行ったらきりがない。そんな自分をありのまま肯定するなんて、とんでもない話しだ。欠点の一つ一つを時に厳しく見つめ、反省し、せめてもう少しましな人間になろうと努めて行く、走るってことも、台本書くってこともきっとそこにつながっているんだろう。

 でも、走り終えた後の、やったぜ!感はかなりのもんだ。辛さをはるかに超えておつりが来る。だから、騙されたと思って、走ろうよ。走ってみれば、そんなの無理ってそっぽ向いてた自分が可笑しくなるよ。ってことで、大会後の感想で今日も〆た。

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