昔、日本国有鉄道の経営を悪化させたのは、労働組合だといわれた時代があった。同じ労働組合でありながら国労と動労は内部抗争にあけくれ、国民はそのあおりを食って春の国鉄ストに悩まされ続けた。
JALにも八つの組合があって、経営無視、ユーザー無視の内部抗争に明け暮れている事は、衆知の事実でありJRと酷似している。
相違点は、民営化後の組合の力の差にある。強制弾圧された国鉄の労働組合に対し、JALは民営化後も労働貴族と呼ばれるほどの厚遇を勝ち取った。一般人からは横暴とも受け取れる組合及び組合員の姿勢は、度重なるストライキによって、民営化後のJALの体質が顧客無視、経営無視の、親方日の丸体質である事を、国民に強く宣伝する結果となった。
顧客を無視した、資本主義の基本を逸脱した非常識がまかり通ったのは何故か?
JALは決して潰れる筈がないないと信じていたからである。民営化されたJALには大量の官僚が天下りし、霞ヶ関、永田町との強い繋がりを保っている、しかも大量の族議員の良からぬ関与話が社内のあちらこちらで囁かれている。その実態を全て知り尽くしている労働組合が強行姿勢をとるのは当たり前である。
経営陣の放漫経営が囁かれ、労働組合の過剰要求が問題視され、JALが危ないとささやかれてから既に随分と永い年月が経過した。仮に、JALを再建させる必要があるとするならば、これら3者に対し、JALが資本主義社会の普通の民間企業と何ら変わらないという事、特別な会社では無いという事実を正しく強く認識させる対策が必要がある。
最も有効な方法は、一旦JALをペーパーカンパニーにしてしまうのである。連鎖倒産などの二次被害を防ぐ為にJALの名前を残すだけだから数名の社員を残して、残りの社員は全員解雇して構わない。
彼等に一旦倒産の憂き目を体験させて挙げるのである。経営幹部にも、彼等が最も辛いと感じる金銭的経営責任を取らせてあげて、企業倒産の辛さを体験さえてあげるのである。しかるべき後に、社会がJALを必要とするならば、その時に再興すればよい事である。ANAによる肩代わりや、他の航空会社の出現で、事が済むなら、その時に、JALは書類上からも消えて頂いて結構ですという事になる。
これら一連の判断を行うのが政治家と官僚であるという点が、如何ともし難い。
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