新・日曜炭焼き人の日記

炭遊舎のホームページで書いていた「日曜炭焼き人の日記」を引きついで書いていきます。

そして誰もいなくなった

2017年04月19日 | 日記

 渡部昇一が死んだ。英語・英文学者で享年86、心不全だった。朝刊の社会面、死亡告知欄では10行あまりの扱いだった。だが私のなかではもっと大きなスペースをしめるニュースだ。
 学生時代、友人の薦めで「知的生活の方法」(講談社現代新書)を読んだ。上智大学の図書館で夜間警備の仕事を得るところから知的生活の話が始まる。好きな本が自由に読める場所に勤めることは最高の職業だったという。ドイツの哲学者カントは朝の数時間を著述と大学の講義に費やし、その後の時間をのんびり過ごしたというような、外国の偉人の時間の過ごしかたまで紹介してくれていた。渡部は胃弱で毎日、牛乳を温めて飲んでいたという話なども、私が胃弱であるせいもあってよく憶えている。全体としてはたいした内容の本ではなく、おなじハウツーものでも梅棹忠夫「知的生産の技術」(岩波新書)には比べるべくもない。
 月刊「言語」の誌上で大野晋と1年間にわたって交わした議論ははっきりと記憶している。1970年代の半ばごろだった。国語学の重鎮に向かって新進気鋭の何でも屋が挑んだ。上と神は同語源ではないか、と。カミのミが古代日本語では2種類あるとはいえ、神は上のほうにましますゆえに神であり、上と神は同語源だと考えることに合理性があるのではないか、というのが渡部の主張だった。それに対し大野は、神と上のミは古代日本語ではまったく別の音であり、神が上のほうにいるというのは理解できない、と突っぱねた。12回に渡って議論がつづいたが、あまり実りがある議論にはならず、月刊誌の出版元である大修館から「もうやめたい」といわれてしまった。
 じつは同じころ、大野晋はインドのタミール語が日本語と起源を同じくしているという仮説を立て、さかんにあちこちでその主張を展開していた。ところが言語の起源を立証するには音韻対応を最重視する言語学会の風潮と相容れないものがあった。言語学の正道を踏み外しているようにもみえた大野晋もまた私は好きだった。
 未熟さもまた魅力であることを身をもって示してくれた渡部昇一死去のニュースは悲しい。昨年はテレビに出演して、書斎にこもっているときがいちばんしあわせだと、相変わらずの本の虫ぶりを披露していただけに、その急死は返すがえすも残念だ。知っている人が次々にいなくなる。And then there were none(そしてだれもいなくなった)。
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