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まぼろしの七重塔

2017-01-04 20:46:43 | 見る
1月3日の歴史秘話ヒストリアでやってた東大寺にあったという七重塔の話がおもしろかった。
聖武天皇が建立した塔で、大仏殿の両側にあったというんだけど、
その土台(基壇)跡が発掘されていて、
高さが100mもあったという記録のとおりだとすると、瓦の重さで崩れるんじゃないかと、
建て方がわからない。
調査団の先生たちがいくつかの想像図を描いて、
ほぼまっすぐな積み重なりの細い塔の図は、不安定でゆらゆらしそう。
いま残っている元興寺の五重塔から考えた先生のは、70mぐらい。
三十三丈(100m)という記録と二十三丈(70m)というのとあるんだそうで、
写し間違いと思われてたけど、意外にこっちが正解かもしれないと。

しかし、やっぱり100mではないかという委員長の先生は、
裳階(もこし)を付けて補強したのではと想像。
裳階は一番下の屋根の下に屋根と壁(柱も)を作ることで、
つっかえ棒の役をする。

基壇の発掘では、階段跡が見つかって、右の端と左の端がわかったことで階段の寸法が計算でき、
反対側で見つかった跡が階段の区切りを示しているというところから、
柱の位置がわかり、
というところがミステリーの謎解きのようでおもしろかった。

そもそもこういう何重の塔というのは、心柱が主役なんだって。
心柱というものは、仏様の骨(仏舎利)とイコールで、
塔はその心柱のまわりに作られるカバーという考え方なんだそうだ。
ふーん。
なんでそんなに大きいもの、高ーいものを作りたがったんだろうね。
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