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20年の歳月・おじゃMAP特別企画

2017-06-10 21:29:29 | 慎吾
パワスプのラジオでも慎吾くん自身が予告したとおり、
6月7日のおじゃMAPは特別企画「20年前に絵を描いた列車を塗り直す」
1997年にスマスマの特別企画で、津軽鉄道の列車に小学生たちと一緒に絵を描いた、
3年間は鉄道を走っていたが、その後は嘉瀬駅というところに停車したまま
雨ざらしになっていたためにボロボロになっている。
ファンも塗り直しお願いメールをおじゃMAPに出していたようだが、
青森の津軽半島観光アテンダントの小枝さんという方が、
「香取さんの出演番組に塗り直しの依頼を出しまくって」
今回、慎吾くん自身も行きたいということで実現した。
番組は、おじゃMAPなのに、冒頭スマスマの映像から始まったので驚いた。
スマスマでいろいろな企画をやってきましたと紹介して始まったのだ。

津軽鉄道に乗って嘉瀬駅に到着した慎吾くん、実物を目にして、
「あーっ!ボロボロじゃん!」
ちょっと触るとボロッと塗装が取れてしまう。
「こんだけボロボロになるくらい、20年オレがんばってきたんだなぁ(笑)」

ネットニュースで、感慨深そうに涙をにじませたと書かれていたけど、
涙をにじませたシーンはなかった。
3日間の作業中、慎吾くんは、感慨は深そうだったけど、感傷的ではなかった。

当時一緒に絵を描いた子どもたちのうち、地元にいるシュンくん、リョウくん、
3人の女の子たちも来てくれた。子ども連れて。
慎吾くんは一人一人に「きみにとってこの20年を一言で表すと?」と質問していた。
「幸せ」や「台風のような」「まだまだこれから」いろいろ。

足場もちゃんと作ってもらい、地元の塗装屋さんも手伝ってくれた。
この小笠原塗装さんがオモシロイ人だった。
アメリカンドッグにケチャップとカラシを、計ったように点々と全面に付けて食べるの。
そうやって付けたアメリカンドッグを慎吾くんにもくれた。
(いまこの付け方が小笠原流と名付けられてファンの間ではやってます)

20年前の二十歳の自分が描いた「自由」の大きな文字を見た慎吾くん、
「自由、ずっと好きなんだな。おまえは何に縛られてるんだよ?
何をそんなに羽ばたこうとしてるんだよ。
でも、けっこう自由にやれたよ、20年」
二十歳の自分に語りかけるいまの慎吾くん。

剥がれかけの塗装をすべて剥がし、サビ止めを塗って下地を作らねばならない。
残せる部分は残したい慎吾くん、「薄いところは薄いまま残すかな」と考えながらやってる。
20年前の自分が描いた線をなぞりながら、
「20年前の自分の迷路みたい。20年前の自分はこう行ったのか、いまだったらこう行きたいとか」
20年前の自分とコラボレーション。

当時の子どもたちはいま30歳前後、彼ら彼女らの子どもたちにも手伝ってもらった。
子どもが白の作業服の慎吾くんに質問したの、
「なんで白い服着てるんですかぁ?」汚れるのに。
慎吾くんの答えは、
「いろんな色がついて、すごくやってる感が最後にあふれるんですぅ」(笑)

夜業を手伝ってくれる人たちと夜食を食べて、
「完食です」とどんぶりを見せたあと、「もう一杯いけるけど、カメラ止まってからにします」
何をいまさら。

ビル群を描いた部分にもっと描き足しながら、
「東京のゴチャゴチャしてるのがイヤだという人がいるけど、僕は好き。
あのころよりもっと東京が好きになった」
東京タワーを描き直しながら、
「東京タワー好き」
いつから好きなのかとスタッフの質問に、
「仕事場に行くときに1台の車にみんな集まっての集合場所が六本木で、
疲れたなツライなっていう時に、煌々と明かりがついてるのが見えると寂しさを紛らわせてくれた」
SMAPのシンゴになってからずっとということですね。

3日目の朝、早くから作業してると通学の高校生男子が駅にやってきた、
慎吾くんが「いつもここ使ってるの?」
「使ってます、年々古くなってるなと思ってた」
「今日、夕方には完成するから」と言うと、
「ザキヤマさん来るって話になってますけど」
「チキショウ、アイツ!最後だけ来るっていうのが話題になりやがって!」
男子、いい仕事した(笑)。

手伝いに来たシュンくんと絵を塗りながら、地元にいないほかの人の消息を聞いた。
彼はどこ、彼はどこと聞いた中で、
「シンタロウは?」
「もういないッス。亡くなったス。4年ぐらい前」
衝撃を受ける慎吾くん、
「一番印象にあるんじゃないですか?」とシュンくん。
話のようすでは、一番絵を描きたがらなかったというから、
くっついてくるわりには素直に絵を描かなかった子らしい。
それで逆に一番覚えている、と。
シュンくんは淡々と、
「シンタロウも絵描くの好きだったんですよ。漫画家になりたいって。
バンチョウ(当時の慎吾くんのあだ名)帰った後、一番寂しがってた。
今度いつ来るんだべって」
そう聞かされた慎吾くん、
「そうか・・・20年・・・そうか」
この時だけ唯一、慎吾くんが胸が詰まったと思われる表情だった。

慎吾くんは20年前に描いた子どもたちの名前を描き直し、
「当時はただ手伝ってくれてありがとうって気持ちだけだったけど、
いまはいろんな話を聞いて、あの時といまの彼らにもありがとうだね。
みんないろんなことを経験して」
シンタロウくんの名前を描き直しながら、
「シンタロウにも会いたかったな。絶対来てるでしょ、きっとずっといたよ、一番乗りで」

賑やかな声が聞こえてきてザキヤマ登場!
道の駅ででっかい焼きそばパンとかいっぱい買い込んできてくれたんだけど、
「みんなおなかすいてない!」
食べたばっかりだったの。
何やりましょうと言うザキヤマに慎吾くんが指示したのは、
「ゴミ拾いして」剥がしたカケラが落ちてるのを拾って。
地味な仕事のザキヤマを気遣って、女性陣が手形を押させてあげたけど、
慎吾くんが「ちょっと!マジでゴミ拾いして」
それでも慎吾くんは、自分の「しんご」という名前が無事に残っていたのを
(こいつ、つええ!と言ってた)
塗りなおすのをザキヤマにやらせてあげたのよ、優しいね。ザキヤマ大好きだよね。

完成して、町じゅうの人が集まったかという大人数に見守られて、お披露目です。
よりカラフルにより元気よくなった列車のようすに、
「乗りたい!」と子どもの声が!
「乗りたい?マジで?うれしいね!」と喜ぶ慎吾くんの横でザキヤマが、
「なんか息を吹き返した感じですよね!」と勢いよく言ってくれるのにかぶせて、
「ザキヤマ、あんまり知らないでしょ」と冷静に決めつける慎吾くん。
いいコンビだわー。

番組の最後に、今度はスタッフが慎吾くんに聞きました、
「香取慎吾にとってこの20年を一言で表すと?」
3日間作業しながら考えていたらしい慎吾くん、
「人生トレーニング」と、思わぬ言葉を出した。
「これ以上ないんじゃないかって楽しいことを経験したり、
辛いこと苦しいことも、これ以上ないんじゃないかって経験したり、
まだまだ大変なことももちろんあるだろうけど、
ほんとうに良いことも悪いこともいっぱい経験できた20年だったから。
そこで終わりなんじゃなくて、
それがあってこそのこれからなのかなって」
「これからが人生の実践?」と聞かれて、
「そんな感じかなぁ」

3日間の密着を1時間に編集するんだよとラジオで言っていた慎吾くん、
すばらしい編集になっていた。
使われた曲も、慎吾ソロの「SUKINAIRO」をはじめとして、シーンに合った曲ばかり。
慎吾くんが楽しそうで、感じたことも多そうで、20年の歳月の重みも感動もあり、
これが2時間スペシャルにできなかったという現状もあり、
こちらの気持ちもさまざまに揺れ動いた番組だった。

「人生トレーニング」
こんな表現をするとは思わなかったなぁ。
ご当人にそう言われては、ファンもがんばるしかない。
日々これ筋トレですね。
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