映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「希望の海 仙河海叙景」熊谷達也

2017年11月08日 | 本(その他)
三陸の普通の人々の上を過ぎる、あの日

希望の海 仙河海叙景
熊谷 達也
集英社


* * * * * * * * * *

東北の港町に生きる人々の姿を通して描く、再生の物語全9編。
3年前の秋、早坂希は勤めていた東京の会社を辞めて仙河海市に戻ってきた。
病弱な母親の代わりに、スナック「リオ」を切り盛りしている。
過去に陸上選手として活躍していた希は、
走ることで日々の鬱憤や悩みを解消していたが、
ある日大きな震災が起きて、いつも見る街並みが180度変わってしまう。
(「リアスのランナー」「希望のランナー」)。
高校生の翔平は、津波により両親と家を奪われ、
妹の瑞希とともに仮設住宅で暮らしていた。
震災の影響で心が荒む翔平だったが、瑞希の提案で「ラッツォク」を焚くことになり、
あの日以降止まっていた"時"と向き合う。
(「ラッツォクの灯」)。
東北に生まれ東北に暮らす直木賞作家の、「あの日」を描かない連作短編集。

* * * * * * * * * *

三陸の架空の町、仙河海(せんがうみ)市を舞台とする人々の物語。
手法としては佐藤泰志さんの「海炭市叙景」とおなじです。
三陸ということでピンとくると思いますが、
この町はあの大震災による津波にさらされることになるのですが、
その日のことについては直接的な描写はありません。
全9編のうち7編が震災前。
最後の2篇が震災後のことについて書かれています。


東京の会社をやめて故郷に戻ってきた希。

妻子を抱えリストラに揺れる悟志

親の別れ話と進路に惑う高校生、優人

昔からの恋心を打ち明けられない公務員、真哉

東京の息子に誘われ転居を考える、清子

イジメに耐える小学生、昴樹

教え子の家庭状況を憂う教員、倫敏

つまりはどこにでもある、ささやかな物語ではあります。
決して充足はしていないけれど、でも真摯に生きている。
けれど、あの日、ほんの一瞬でこれらの日常がガラガラと崩れてしまう。
そのことにおののかずにはいられません。
そして残り2編。
震災直後ではなくて、少し落ち着きを見せ始めた頃を描きます。


両親を津波で亡くした高校生・翔平とその妹・瑞希を語る
「ラッツォクの灯」にはちょっと驚かされるのですが・・・
最後の「希望のランナー」では、冒頭に登場した希が、
失意からまた立ち上がろうとする姿が描かれます。
自分の名前と同じ「希望」をいだきながら・・・。
3.11その日の描写がないのが効果的でした。
それがあると、その描写が強烈になりすぎてしまう気がします。
その後の瓦礫の街の様子や、亡くなってしまった人たちのこと、
悲しみはそれで十分伝わります。
心に迫る秀作。

※「物語の向こうに時代が見える」掲載作品
図書館蔵書にて
「希望の海 仙河海叙景」熊谷達也 集英社
満足度★★★★☆
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3 コメント

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希望 (パール)
2017-11-15 19:30:53
この本のことは知っていたのですが、手に取ることが出来ずにいました。
たんぽぽさまの記事を読ませていただき、やっと手に取ることが出来ました。
一話ずつ読み進めるにつれ、時間がその時に向かうにつれ、胸が締め付けられるようになり、途中で何度か読むことを中断しながらも、最後まで読むことができました。
それは、最後のエピソードが希望へとつながるものだと、たんぽぽさまが書いていらしたからです。
3.11のもたらしたものは大きく、生かされてしまった後ろめたさのようなものに、生きる力が奪われていると感じることもあります。
ご紹介いただき、ありがとうございました。
Unknown (たんぽぽ)
2017-11-15 19:47:49
>パールさま
読み進むのがお辛かったようで、ごめんなさい。世間ではかなり記憶も薄れてきていますが、現地の方々にとっては今も立ちはだかる現実ですね。今後も本作のような作品で記憶を引き継いでいってほしいと思いました。
いつかは (パール)
2017-11-15 20:20:58
ご紹介いただき、本当に良かったと思います。
たんぽぽさまのご紹介だからこそ、手に取り、読むことができました。
これをきっかけに3.11を描いた作品にも取り組むことができそうです。
ありがとうございました。

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