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「ゲド戦記 Ⅴ アースシーの風」 ル=グウィン

2017年04月29日 | 本(SF・ファンタジー)
“死”について

ゲド戦記 5 アースシーの風
清水 真砂子
岩波書店


* * * * * * * * * *

故郷のゴント島で妻テナー、養女テハヌーと共に静かに余生を送るゲド。
竜が暴れだし、ふたたび緊張が高まるアースシー世界。
テハヌーは王宮に呼び出され、レバンネン王から重要な使命を与えられる。

* * * * * * * * * *

ゲド戦記最終巻。 
これまでの集大成とでもいいましょうか、
アースシー世界の重鎮たちが集まるオールキャストになるのですが、
そこにゲドはいません。
魔法の力を失った自分は、すでにもう口を出すことはないとばかり、
レバンネン(アランの本当の名前)王の要請に答え、
妻テナーと養女テハヌーを送り出し、一人で留守番をしています。
ゴント島でキャベツに水なんかやっているゲドというのも、
なんだか鄙びていていいのだわあ・・・。


さて、アースシーの世界では、やって来るはずのない竜たちが飛来してきて、
森や畑を焼いたりしているのです。
そこで "竜の娘"テハヌーの存在が光る。


今回のテーマは「死」でしょうか。
アースシーでは人は死んだ後に別の世界に行って、
そこで永遠の生を受けて幸福に暮らすと信じられていたのでした。
けれどあの「最果ての島」へ行ったゲドとアランは見てしまったのです。
亡くなった人は何もない乾ききった灰色の世界で、
ただ虚ろに歩きまわっているだけ。
言葉をかわし合うこともない。
それが永遠に続くとすればそれはほとんど拷問にも等しい。
どうしてそんなことになってしまったのか・・・。


さて、そこでまた興味深いのは、アースシーではそのように信じられていたわけですが、
別のカルガド地方では、人は死んでも別のものに姿を変えて
また蘇ると信じられているのです。
輪廻、東洋に住む私たちには、こちらのほうが馴染みがありますね。
それで、カルガド出身のテナーは考えてしまうのです。
自分は死んだら一体どちらに行くのだろうか、と。
宗教をからめて、死後のことを考えます。
結局は、魔法の力が本来あるべき死の有りようを歪めていた・・・
人と竜が袂を分かった理由というのにも考えさせられます。
人が選び取ったものの結果として「物質」至上、欲にまみれた今の世がある・・・と。


また本巻では、レバンネン王の結婚話が持ち上がります。
それはカルガドの地の王女で、
いきなり差し出された彼女とは、はじめてあったばかりか言葉も通じない。
ゲドとテナーの劇的なボーイ・ミーツ・ガールに比べると、
ずいぶんミもフタもなくて、仕方なく決められた結婚のようにも見えます。
はじめのうちは、ほとんど彼女を無視、いえ、むしろ敵視していたレバンネンが
どのように彼女に心を寄せていくようになるか、というところも面白いところです。


私が笑ってしまうのは、もうすっかり立派な大人の王であるレバンネンが、
テナーや王女たちのいる部屋へ入るときに感じる「気後れ」のようなもの。
女たちの様子が気になって見に来たレバンネンですが、
女たちに一斉に見つめられて、ドギマギしてしまうのです。
そして何か間の抜けたことを言って、すぐ出てきてしまうのですが、
「去っていく王の耳に、女たちのにぎやかな笑い声が聞こえて来た。」
とあります。
わかりますよねー、そういう状況。
ここの描写が、妙に気に入ってしまいました。

ともあれ「ゲド戦記」、私の思っていた方向とはぜんぜん違う
実に人生への示唆に富んだ物語でした。
数あるファンタジーの中では一番好きかもしれません。


「ゲド戦記 Ⅴ アースシーの風」 ル=グウィン 岩波書店
満足度★★★★★
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