映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

フォックスキャッチャー

2015年02月21日 | 映画(は行)
結末を知っていながらもどんどん強まっていく“嫌な予感”



* * * * * * * * * *

1996年、デュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンによる、
レスリング五輪金メダリスト射殺事件を映画化したものです。



ロス五輪でレスリングの金メダリストであるマーク・シュルツ(チャニング・テイタム)は、
大富豪ジョン・デュポン(スティーブ・カレル)から
ソウル・オリンピックでのメダル獲得を目指すレスリングチーム
「フォックスキャッチャー」に誘われます。
これまで、同じく金メダリストの兄デイブ(マーク・ラファロ)に指導を受けていたマークは、
実は、兄に対してコンプレックスを持っており、
これを機会に兄と離れるのも良いと思い、この話に乗ったのです。
何しろマークは他のメンバーよりも破格の好待遇。
練習のための施設も素晴らしく整っている。
しかし次第にデュポンのエキセントリックな行動に振り回されるようになっていきます。
そして、やがて兄デイブもチームに参加することになる・・・。



何しろ本作、結論は初めからわかっているのです。
ネタばらしになってしまうかとも思ったのですが、
とにかく殺人事件に発展するのは周知の事実として本作は作られているわけです。
しかし、その結末を知っていてさえも、
当初から底辺に流れる緊張感が
じわじわした “怖さ”で私達を包み込みます。
怖さ・・・というよりも、きっと何か良くないことが起こるという嫌な予感でしょうか。
そう感じさせるものは何か。
それはデュポンの精神の異常性に他なりません。

一見物静かのようでありながら、どこか壊れた感じがする。
いかにも唐突になにか思いもよらない事を起こしそうな・・・。
彼が銃を手にするシーンはホントに、ヒヤヒヤもの。
そして次第にその異常性は、
彼と母親との関係性に原因があることがわかってくるのです。


息子よりも馬に関心があって、馬をより愛している母親。
一方、母から関心を得て、母に認められたい息子。
デュポンが異常なほど一般社会の中での名声や地位に執着するのは、
そのことによって母の承認を得ようとするため。
しかし、認めるも何も、そもそも母は息子に無関心なのです。
おそらく彼が子供の頃から・・・。
どんな大富豪でもこれでは・・・。
やがてこの母が亡くなるのですが、
そうすれば実はデュポンは開放されるのかと思ったのですよね。
もう母のことは気にする必要がなくなった。
それなのに・・・。
彼はその空白を埋めるかのように、
今度は本当に社会へ向けて自分の“承認”を求めていくように私には思えました。
確かに世間は彼に対してちやほやするのです。
誰もが彼には賞賛を惜しまないけれど・・・
でもそれは彼に対してではなく、彼の持っている「お金」に対してなのです。
だからどんなに彼が頑張ったとしても、
彼が富豪であるかぎり、本当の承認は得られない・・・。
このように考えれば実に気の毒な人物ではあるのですが、
しかし作品を見ている最中にそこまでは考えられない。
ひたすら不気味さと嫌悪感を感じさせるスティーブ・カレルの演技と、
映画の演出に舌を巻くばかりです。


一方マークがまた、あんな立派な体格を持ちながら、
「おい、しっかりしろよ~!」といいたくなる情けなさ、心もとなさ。
これがまた、早くに両親をなくし、兄が父親代わりであったという
生い立ちから来るものでありそうなのです。
あまりににも兄がよくできているので、よりかかりすぎて自立出来ていない。
最後の最後にあったワンシーン。
彼はその後プロレスに転向するようなのですが、
兄から解き放たれた彼は、かえってサバサバしたようにも見受けられます。



そして本作中ただ一人、まともな「オトナ」であったデイブ。
私は彼が出てくるとほっとしてしまうのでしたが・・・。
妻子を愛し、弟を愛し、レスリングも強くて指導も上手い。
権威にも媚びなくて、そしてなにより正直だ。
・・・それがアダになってしまったわけですが、
まことに惜しい方を亡くしました・・・。



マークが試合に勝つシーンですらも浮き立つような高揚感がない、
情感を抑えた演出でありながら、
なぜが目が離せずグイグイ引き込まれる感じ。
これぞ映画力。
すごい作品でした。


「フォックスキャッチャー」
2014年/アメリカ/135分
監督:ベネット・ミラー
出演:スティーブ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ、バネッサ・レッドグレーブ

危ない男度★★★★★
満足度★★★★★


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