映画と本の『たんぽぽ館』

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「萩を揺らす雨」 吉永南央

2012年02月13日 | 本(ミステリ)
余計な口出しはしまいと思いつつ・・・

萩を揺らす雨―紅雲町珈琲屋こよみ (文春文庫)
吉永 南央
文藝春秋


                 * * * * * * * * * *

この本の冒頭は、主人公のおばあさんの早朝散歩シーンです。

「あさってには春が来る」
丘陵の上から大きな観音像が見下ろす街の、
ゴルフ場や自動車教習所を抱える広い河原に立って、
杉浦草(そう)はそうつぶやいて自分を励ました。
白い息が鼻先に立ち上がる。
春といっても暦の上で立春を迎えるだけの話だ。
さっき手を合わせた小さな祠にも霜が降り、
土を草履で踏みしめれば霜柱がざくざくと鳴る。・・・



引用が長くなりましたが、
なんだかすっかりこの数行でこの物語世界に引き込まれてしまいました。
日本情緒たっぷりで、けれども現代の雑然とした小さな街。
立春が近いとはいえ、まだまだ寒い季節。
そしてこの草さんのお人柄・・・。
これだけのことが読み取れてしまうすばらしいオープニングです。


さて、この草おばあさん、数えで76歳。
なんと60を過ぎてからコーヒー豆と和食器の店を開いたのです。
この店ではコーヒーの試飲もできて、無料! 
彼女はお店の常連たちとの会話がきっかけで、
街で起きた小さな事件の存在に気づきます。
聞いた話だけで事件の解決をすれば、
これこそミス・マープルばりの安楽椅子探偵ということになりますが、
意外とこのおばあさんは行動的ですよ! 
虐待を受けていると思われる子供を助けようと、
様子をうかがいに行ったり、ついには侵入を試みようとしたりします。


彼女はいろいろな不穏なことに気づきはするのですが、
なるべく余計な口出しをしないようにと自重的でもあります。
他人に余計な詮索をされたくないという今時の風潮をよくわかってもいる。
それでもなおかつ、耐えきれずお節介を焼いてしまうのは、
お草さん自身のつい悔やんでしまう過去のため。
誰もが順風満帆に幸せな人生を歩むわけでではない。
艱難辛苦を乗り越えた、お草さんの心意気がここにあります。


けれど、この本は"老い"の描写もまたリアルです。
お草さんが散歩ついでに、気になる家の様子をうかがったりするうちに
惚け老人の徘徊と思われて、ひどく悔しい思いをする。
親友は半身不随で、遠くの家族のもとに引き取られて行ってしまう・・・。
まさに自立した「お一人様の老後」(商売の現役なので老後というのは正しくない?)
の見本のような生き方ではありますが、
"老い"というのはそれをさえも難しくさせていくものなんですね。
けれども彼女はこんな風に言います。

「弱いと認めちゃったほうが楽なの。
力を抜いて、少しは人に頼ったり、頼られたり。
そうしていると行き止まりじゃなくなる。
自然といろんな道がみえてくるものよ」


そうでした。
お互いに頼ったり、頼られたりできる、
そういう人付き合いが大切だなあ・・・とつくづく思います。

パソコンも習い覚えたお草さん。
「0と1のあいだ」の話が好きでした。

「萩を揺らす雨」吉永南央 文春文庫
満足度★★★★☆