[ LOVE PLACEBO ]
そもそも世間には、恋人にまつわる記念日が多すぎる。なあ諸君、そうは思わないか?
「バレンタインデー」にはじまり「ホワイトデー」、「クリスマスイブ」、「クリスマス」。恋人や意中の人と二人で過ごして然るべき、という記念日がカレンダーには目白押しだ。更にいえば、いざ交際が始まると「出会った日」、「付き合いだした日」、とスケジュール帳の記念日はますます増える。
そ . . . 本文を読む
【3】
日が傾きかけたころ「アニマルセンター」を出た。行きたい場所があった。
「アニマルセンター」を背中に見ながら、細長い影を落とすプラタナスの並木沿いを歩く。街は、やわらかく、やさしく朽ちたような、秋の色に染まっている。プラタナス並木の間をすり抜けていく風は、何度も丁寧にろ過した水のような、清潔で澄んだ香りがした。
大佐の左腕の裾を掴みながら、ゆったりとした歩調で半歩前を進む。
「恋人にな . . . 本文を読む
【3】
「……なんだよあんた、その服」
検事の出で立ちを一瞥したチンピラの言葉は、至極まっとうなものだった。本日の検事のエキセントリックな格好には、さしもの悪でさえ、常識的な非難の一つも浴びせたくなるようだ。チンピラは長男らしいし、案外しっかり者なのかな、とも思う。
「この前はスーツだったよな?」チンピラは眉根を寄せる。
「姉の赤ん坊にゲロを吐かれた」検事は、さも残念だ、という顔をする。検事 . . . 本文を読む
【2】
コンクリに反射した熱波が、身体にまとわりつくような、粘度のある暑さを作り出す。歩くだけで、身体中の毛穴から汗が滲み出る。都会の暑さは、田舎のそれとは明らかに一線を画している。快晴の空には、それが水蒸気の塊とはとても思えないほど立体的で、手触りすらありそうな、巨大な入道雲が浮かんでいた。
こんな炎暑の日には、なるべく外に出たくない──それが常人の然るべき思考だ。こんな日に、わざわざ捜査 . . . 本文を読む
【1】
国内一の難関私立中学に一発合格。国内一の難関私立高校を主席で卒業。国内一の難関国立大学に現役合格、さらに主席で卒業。大学在学中に、司法試験一発合格。現在は法曹界屈指の天才検事として注目を浴び、その期待を裏切らない、面目躍如・八面六臂の活躍を見せている。
彼の肩書きは、ざっとこんな感じだ。そこ退けそこ退け、エリート街道驀進中。やりたい放題し放題。庶民としては、羨望や尊敬よりも溜息が先に . . . 本文を読む
【1】
「訪れ」は、「音連れ」という言葉が由来になっている。らしい。
人がこちらへ向かってやってくると、何かしらの音が鳴る。足音、靴音、ズボンの擦れる音、オレなんかの場合は、機械鎧の放つ金属音もそれに類するだろう。昔、東洋の国で着用されていたらしい「着物」という衣服は、長く伸びた裾を、床に垂らして引きずるようにしていた。その裾を引きずる特有の音から、当時は人の気配を知りえることができたらしい . . . 本文を読む
goldfish、は金魚の意。
しかしこの家に住まうのは、goldturtle──金色の、亀だ。
Glitter Song (2)
「そんなに泣くな、私まで涙腺が弱くなってしまうだろう」
両手で顔面を覆い隠しながら、いつまでたっても泣き止まないエドを助手席に乗せて、自宅へと向かう車のハンドルをきった。私が冗談混じりにそう言うと、エドは肩を震わせた。笑っているのだ。
「泣くか笑うかどっ . . . 本文を読む
また明日、じゃない。
さようなら、をした相手に、再び会うことは許されるのだろうか?
そんなことを考えてた。
でもきっと、許されるんだ。ハローは何度だって唱えられる、幸せでやさしい呪文。
さよならなんて辛い歌は、もう二度と、欲しくなかった。
Glitter Song (1)
暗黒の影がオレを追ってくる。
オレは死に物狂いで逃げ惑い、眼前に冷たく鎮座する一本道を不恰好に喘ぎながら走り続け . . . 本文を読む
La La La. [4]
大会の目前まで、ボイストレーニングと作曲に集中した。出来上がっていたはずの曲も、最後まで根気強く練り直した。
秀に連絡はとらなかった。また逆に、俺の携帯が鳴ることもなかった。
ジャパンミュージックフェスには、過去にも出場したことがある。出場条件には年齢制限なども設けられていないため、毎年、何度でも挑戦は可能だ。
だけど、今回がラストチャンス。俺は自分にそう言い聞か . . . 本文を読む
La La La. [3]
熱が引き、体調が全快するまでには、三日ほどかかった。
看病のお礼に食事でも奢ろう。そう思って秀に電話をかけたが、やはり出ない。
「この前はサンキュ。奢るからさ、今度メシでも行こう」とメールで伝えれば、返信は早い。「割り勘なら」。それじゃあ意味がない、と俺は秀の律儀さについ笑ってしまう。
「携帯がそばにあるなら、電話に出ろって」とためしに送ってみると、「すまない。い . . . 本文を読む
La La La. [2]
翌朝は目が覚めた瞬間から、身体がだるかった。時計を確認するより先に、ゲホ、と喉から咳が飛び出す。まちがいなく昨日の女性客のせいだ。
盛大に咳き込みながら階下のリビングに下りていくと、「まあー、風邪?」母さんが眉をハの字に下げた。ウーンそうかも、と茶を濁すような返事をして俺は食卓につく。セーラー服にリボンを通す綾子が、「あたしにうつさないでね。もうすぐ受験だから。受 . . . 本文を読む
俺の職業は「ドリーター」だ。
家族から「ドリーター、ドリーター」と冷かされ続け、早三年になる。その謎の単語の正体は、ドリーマーとフリーターをかけた、母さんの造語だ。
夢、それはミュージシャンになること──と人前で声高に宣言するのには、それなりの憚りを伴うようになってきた。
それもそうだろう、俺も今年で二十一になるのだ。
この世に生を受けて二十一年。夢や空想しか映し出さなかった無邪気な瞳が曇り、汚く . . . 本文を読む
【END】
「少し、お休みになりますか」
書類の上で踊る活字の羅列が、こちらの生気を奪う呪詛のようにしか見えなくなってきていた私に声を投げたのは、例によって有能な私の部下、ホークアイ中尉である。私の本日の仕事の進捗具合や、この堆い書類の山などを勘案すれば、彼女の提案は、自殺行為とも言えるようなものだった。私は驚いて、まがまがしい呪詛との睨めっこを中断し、中尉のほうへ視線を遣った。
私の . . . 本文を読む
【4】
「拾い食いでもしたのか?」
何か汚いものでも見るかのような目で、少年は言った。私は生ゴミにでもなったかのような気分になる。何故、彼はこんな目つきで私を見るのだ?
「この前の食事の誘いといい、コレといい、なんなんだよ。正気か?」
抱えてみると私の視界を阻むほど大きな花束を、少年は厳しい目つきで指差した。
「それとも女に溺れすぎて、とうとうオレまで女に見えてきたか」
少年 . . . 本文を読む
【1】
「イシュバールの英雄のお通りだ」
軍の人間が私に向ける視線は、このリノリウムの床よりも冷たく、無機質だ。
「英雄」とは、こんな夥しい数の白眼視を一身に受ける人物のことを指すんだったか、と自嘲する。おかしいな、一度「英雄」の欄を辞書でひきなおしたほうが良いのかもしれない。
「いったい何人焼いたんだ」「人殺しの目だ、見ろ、あの暗い両目を」
暗い目は遺伝だ、と私は両親の容姿を想起 . . . 本文を読む










