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事務員から敏腕マネジャーに SMAPブレイクにI氏の存在

2016-01-21 07:01:55 | 政治、経済
香取信吾が

あるTV番組で3年間シングル12枚出してちっとも売れなかった。

コンサートで10数人のときがあった。

ドラマやお笑いのオーデションをいくつも受けたと。

辞めたマネージャーが売れるようにと何でも仕事を受け入れた努力があったんでしょうね。

だから。今でもその危機感は全員が持っていると話していたのが印象的でした、


ソースから

SMAPのCDデビューは’91年。結成はそれからさかのぼること3年前の’88年のこと。
「“SMAPは私の命だから”と、Iさんはことあるごとに言っておりました」(スポーツ紙記者)
 彼らが人気アイドルと称されるまでには、思った以上に長い時間がかかっている。
「事務所の社長であるジャニーさんが彼らを呼んで、“ユーたち、なんで売れないの”と叱責したほど、当時はCDが売れませんでした」(音楽誌編集者)
 そんな彼らを見るに見かねて、手を差しのべたのが、今回の騒動でキーマンのひとりとなっている女性マネジャーのI氏だった。
「当時、Iさんはジャニーズのファンクラブである『ジャニーズファミリークラブ』のデスク、いわゆる事務員だったのですが、あるときからSMAPのマネジャーとして現場に来るようになったんです」(ワイドショースタッフ)
 実は、SMAPにはそれまでマネジャーはついておらず、自分たちでスケジュールを管理していたという。現場でのI氏の評判は?
「特に偉そうにすることもなく、彼らに尽くしている感じでした。マネジャーというより、子どもの世話を焼く“お母さん”みたいでしたよ」(前出・ワイドショースタッフ)
 素人同然のI氏だったが、マネジャーとしての手腕を発揮すると、SMAPはまたたく間に人気アイドルに上りつめた。そして12枚目のシングル『Hey Hey おおきに毎度あり』で念願のオリコンチャート1位に。デビューしてすでに3年が過ぎていた。
「彼女はマネジャーの経験はなかったのですが、スケジュール管理だけでなく、テレビ局に毎日のように通い続け、強引ともいえるほど積極的にSMAPを売り込んでいました」(前出・スポーツ紙記者)
 またSMAPは、バラエティー番組にも出演、当時のアイドルとしては異例の本格的なコントにも挑戦している。
「実は、以前からジャニーさんがSMAPをバラエティー番組に出したいと考えていたようですが、それを実現させたのはI氏です」(前出・ワイドショースタッフ)
 I氏の尽力で、今では日本を代表するアイドルとなったSMAPだが、決して順風満帆だったわけではない。
 ’96年、メンバーの1人、森且行がオートレーサーになるためSMAPを脱退。’01年には稲垣吾郎が道交法違反と公務執行妨害で現行犯逮捕され、’09年には起訴猶予処分となったが、草なぎ剛が公然わいせつで現行犯逮捕されるという事件が起きている。
「結局、メリーさんはOKしませんでしたが、Iさんは、森クンがタレントとレーサーの2足のワラジをはくこともよしとしていたんです。稲垣クンのときは、イメージダウンを避けるために、各マスコミに“容疑者”という表現をしないように申し入れるなど、常にメンバーのことを思っていました。いまSMAPがあるのは、すべてIさんのおかげといっても過言ではありません」(前出・ワイドショースタッフ)
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