よれよれ日記

谷晃うろうろ雑記

あれからそれからこれから

2007年06月24日 | Weblog
NHKテレビで「日本のこれから」という討論番組を観た。

格差、非正規雇用、長時間労働など働き方がテーマ。

終身雇用社会ではなくなったので、経営者になる自由、仕事のある場所に移動する自由を我々は手にしている、との説。

大前研一氏は「日本人は、経済学的には理解できない行動をとる心理的側面がある。」と言っている。

経営者になる自由、仕事のある場所に移動する自由と同時に、地方で職を求める自由、過疎の故郷にとどまる自由もあるはずだが、こちらはとても過酷な自由になってしまう。

いまだ日本の経済力はかなりの大きさを持っていると言うが、規模の大きなジェットコースターほど「落下幅が大きい」スリルがあるように、われわれには「落ちていく」予感しかしないのは、心理的側面だけなのだろうか。

飲んで治る薬があれば飲んでみたいもの。
酒はもう肝臓が保たないくらい飲んでしまった。





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自転車に乗って

2007年06月21日 | Weblog
散歩のかわりに妻の自転車を借りて、近くの船着き場まで行った。

昔遠洋漁業が盛んだった頃は、食料や資材を積み込んで大漁旗をはためかせながら船団が出発していくのを何度も見たことがある。今は時々調査船とか練習船というような船が立ち寄るようだ。

湾の中に突き出た埋め立ての突堤で、西も東も入り江でその向こうにそれぞれ山がある。

東のむこうには実家のある五台山の山が、西の方には港のむこうに筆山につながる山並みが見え、曇り空だんだん夕暮れてくる。

海があって、山があって、空があり、なんだかさっきまで思い悩んでいたことがどうでもよくなってきた。だめならだめなりのやり方もあるか、と気が軽くなった。

景色ひとつで、気分が変わるとは。

頭の中で高田渡が「生活の柄」を唄っていたのが、「自転車に乗って」になった感じ。

そしたら、近くを体格のよい青年が変速機が何段もついたレーサーのような自転車を腰を上げてこいで走り去っていった。

自転車が欲しくなった。
内装8段変速てのが格好いい、と思う。
http://www.chari-u.com/raleigh07/raleihcross07/2rf807ra.htm

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笹の葉、木の葉、泥の船。

2007年06月16日 | Weblog
幸いにして中小企業にしか属したことがないので、自分の乗っている船がいつ沈むかわからない泥の船、という感覚がしみついている。

どうにかしたいが、どうにもならず50歳も越してしまった。

文藝春秋で塩野七生さんが問いかけているが、日本のエリートたちがバブル前あたりから「泥の船」不安症候群のようなことに陥り、モラルの低下が企業不祥事や収賄、そして社会保険問題など今日の様相の根になっているのでは、と。

そして、ノーブリス・オブリージを、と阿弥陀さんのように手のひらを開いておいでる。

蓮の花のさく池の底は泥や水草の根で濁っている。

その池を浮きつ沈みつ、
渡る笹の葉、木の葉、泥の船。

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草をひくが、雑ではない。

2007年06月10日 | Weblog
町内の一斉清掃に参加。

まもなくの梅雨入りと夏場を控えて、道ばたの草取りと水路(田舎では「みぞご」と言う)の泥をさらうのが主眼。

コンクリートで固めた側溝にわたしたグレーチングをはずして、溝の泥の上に生えている草をひいたら底の泥が草の根にくっついてごっそりはがれとれる。

なんどか繰り返すうちに、子供の頃には見たこともないような「どす黒い」蛙がぴょんと現れた。こんなところでいったい何を食べて命をつないでいるのやら。

次に砕石を敷き詰めた駐車場の周りに生えた草をひく。

この駐車場を整備したのは平成12年で、その時は相当の厚みで砕石を敷いたはずだが、今では油断をすると人や車が通らない部分には草がはびこるようになった。

手鎌で刈っただけではまたぞろ生えてくるので、細長い草のひとかたまりの株ごと抜いてやろうとするが、地上に出ている茎や葉の部分が「か細い」のに対して、抜いた根は「剛毛」というべき旺盛さで土をいくら払っても根の中に小石をしっかり抱き込んで離さない。

名前も知らない「雑草」たちだが、生きるにはしっかりしなくてはならない、というお手本だろうか。

朝方の2時間くらいの作業だったが、終わってみると手の指の筋肉がパンパンに張っている。お百姓さんの指がぶっといのも道理。ひく方もひかれる方も命がけ、か。

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夫婦ふたり、子どもふたり、孫5人。

2007年06月02日 | Weblog
実家の町内に不幸があり、告別式に参列。

亡くなった婦人は、戦争中に大阪から疎開してきて昭和30年頃に高知で結婚し、私の仕事場で35年間働き、ご主人に先立たれ、定年退職後まもなくガンを患いながく闘病をしてきたと聞く。

七十三年の生涯、残ったのは二人の息子と五人の孫。

一番年下の三歳くらいの孫さんが、白いシャツを着て走り回っていた。

ひとつの風になって。








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