よれよれ日記

谷晃うろうろ雑記

田植えが始まった

2005年03月29日 | Weblog
桜は少し遅れているようですが、今朝出勤時にバイパス道を走ったら何箇所か田植えをしていました。春ですわい。

わが長男も大学を無事卒業し、入社式までのわずかの間帰ってきている。大学ではずっと体育会のテニス部に属していたので春休みに帰ってきたのは初めてで、そして最後に。

八王子にいる娘も帰ってきたので、手狭な借家はにわかに満杯状態になりました。それも明日には長男が出発するので、今夜が「最後の晩餐」になるはずが、娘が友達と食事に行くことになり、結局全員そろったのは昨夜一晩だけ。あれま。

昨日は雨が止んだのを見計らって、えいやと仕事サボって子ども4人を連れ墓参りに行きました。妻は店番。

子どもが小さいころは家族総出で年に何度も通った田舎道ですが、大きくなった子どもがそろって行くことはもう滅多にないように思います。

子どもたちも何か感じるところがあるのか、夜食事の後で幼いころのビデオテープを取り出してきて、幼稚園での聖劇の様子などを母親と深夜まで見ていたようです。

長男の入社式は4月1日。
こちとらも社会人の親になってしまう日ですが、こんなことでよかったのでしょうか。

農業雑誌に、苗は細く植えたほうが株が分かれてよい米が取れるという記事がありました。頼りないくらいがお互いしっかりするのかもしれません。親も子も。
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あっと言う間の出来事

2005年03月26日 | Weblog
長男が大学の卒業式の日にアパートを引き払うと言うので、次男を連れて車で荷物を取りに行った。

 ほんのこの間大学に合格した事を喜び満開の桜を楽しんだ気がするのに、もう卒業と就職。時間の経過に頭がついて行けていないような違和感がある。現実にはもう卒業式が済み、まもなく入社式、新人研修とどんどん進んでいく。あれよあれよと言う間に「会社人」「社会人」になっていく息子に、親として充分なことが出来ていないような気がするが、今頃そんなこと言っても間に合わない。もう一度やれたらもっとうまくやれるかもしれない、と思う甘さがすべてあやまちのもと。

息子にはがんばってくれと力無く言うしかない。今度はあなたの番だ、とも。
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60年前の大空襲

2005年03月10日 | Weblog
75歳になる母が、90歳を越えた旧知の婦人と出会った。

60年前の大空襲の時、その人は子どもをかかえて郡部に疎開していて無事だったが、自分の父親は町中の家に残したままだった。ひと月ほどしてもどってみると、家は焼けていたが防空壕の中で父親は生存していた。無事だった隣人に、近所で燃えなかった私の母の家から食事を運んでもらっていた、と知らされたという。

母の生家は造り酒屋で戦争末期も「米には苦労しなかった」と聞いたことがある。

「私の父はあなたのお母さんに命を助けられた」

当時15歳の娘だった母はそのことを祖母からも聞かされておらず、60年たって初めて知ったという。

60年前のことを初めて知ることもある。もっと他にも知るべきことがあるのではないかしら、と思う。

http://www.chunichi.co.jp/00/tko/20050310/lcl_____tko_____000.shtml
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こんなところに、こんなものが

2005年03月09日 | Weblog
仕事に使っている乗用車をバックさせていて柵にひっかかり、前バンパーカバーの「付け根」部分が割れて、まるで「車の下あごがはずれた」ようになってしまった。

鉄製棒状のバンパー本体は無事だが、その上に被さっているカバー部分が脱落している。ディーラーに持ち込んだら部品代だけで5万円!

そんな出費は出来ないので、普段利用しているガソリンスタンドに泣きついて補修をしてもらった。自分でいじっているときは気がつかなかったけれど、鉄製バンパー本体の上にプラスチックで成形したバンパーカバーが被さっているのだが、そのカバーの内側には発泡スチロールの緩衝剤が挟んであった。こんなところに発泡スチロールかと少し驚きもしたが、先日テレビ番組で高速道路のインターチェンジ付近の土盛り構造にスチロールが使われているということを放送していたのを思い出した。一定の使い方には十分な耐久力があるのだろう。

コンクリの代わりにスチロールで家が建たないか、と思ったが、どうなんだろ。
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