寮管理人の呟き

偏屈な管理人が感じたことをストレートに表現する場所です。

福山市南蔵王町1丁目15の地蔵菩薩(広島県道379号沿い)

2013年02月28日 | 郷土史
広島県道379号坪生福山線(かつての坪生往還の一部)の坂道を上って行く。道路右手、西深津町6丁目と南蔵王町1丁目の境界辺りに地蔵菩薩と小さな石仏が祀られている。

おそらくここが深津郡深津村と同郡市村(後の蔵王地区)との境だったのであろう。地蔵は私設道の入り口、伊木産業(南蔵王町1丁目14-2)の西側にある。

南蔵王町1丁目15の地蔵

一般的には賽の神(さいのかみ)と呼ばれ村への悪霊の侵入を防ぐために置かれていた。藪路大峠千田大峠にも同じ目的の石塔がある。開発が進んだ旧市街の中にも江戸時代の痕跡はちゃんと残っているのだ。

南蔵王町1丁目15の地蔵(坂の頂上辺りから見た)

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福山市西深津町6丁目の近畿中国四国農業研究センター

2013年02月28日 | 郷土史
中国バス・蔀山バス停前の道を北東へ進む。広島県道379号との合流地点、すなわち西深津町6丁目の信号機から東へ約70m行った所で右折する。坂を上り切った辺りに近畿中国四国農業研究センターが建つ。

近畿中国四国農業研究センター

私の少年時代には中国農試と呼ばれており、悪ガキの遊び場の1つだった。春先土筆が出るので立入禁止区域に忍び込んでビニル袋一杯を目標に頑張ったものである。

昔私が土筆を採った場所

昭和40年代末の懐かしい思い出だが、小学校に上がった頃からさっぱり採れなくなり深津高地へは足が向かなくなった。山陽新幹線開通を機に旧市街から田んぼや畑が減り始め僅か数年で住宅密集地に変わったのである。

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瀬戸内の干しエビ

2013年02月27日 | 食材
野崎洋光さんの講演で味のない冬瓜に味を含ませる時に干しエビや干し貝柱の出汁を使う話が出た。その時私は最近干しエビを使っていないことに気づいた。瀬戸内で干しエビはありふれた食材である。大根と一緒に炊いたりする他、そうめんつゆを作る時の主原料となる。

干しエビはサルエビなど(赤色の小エビの一種)を塩茹でにして干したもので日生漁港近くで製造作業を見たことがある。エビ出汁は深みのある甘さが特徴だ。

私は北関東に移住して初めて生まれ故郷が便利で安くて美味しい魚介が容易に手に入る街だと分かった。不自由な思いをすることで人は幸せの意味合いを考え直す唯一の生き物なのかも知れない。

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野洋光さんの講演会「食はいのち、食は心 -相田みつをの詩に励まされて-」

2013年02月26日 | 食文化
野洋光さんが福山駅前のニューキャッスルホテルで講演することを「経済リポート」で知った。入場整理券を持ってホテル3階の会場に入ると席がほぼ埋まるほどの盛況である。

講演会会場(ニューキャッスルホテル3階)

忙しい中野さんは今朝東京から新幹線で福山入りした(その日の午後にはとんぼ返りのハードスケジュール)。ユーモアを交えた講演は1時間40分にも及んだ。内容について簡単にまとめておこう。

西麻布の総料理長は「笑って白いご飯が食べられるのは幸せ。しかし、ほとんどの人が(そのことに)気付いていない。…幸せだから。…私たちは望み過ぎている。本質が分からないのは…自分の足で歩かないから」と語り、TPP交渉参加の問題を引き合いに出して安心安全という食事を自分たちで守れるかどうかが最も重要と結論付けた。

我が国の高等な食文化(マナーなど)は徳川家光公の時代に鎖国政策によって確立(また醤油や磁器が誕生)した話は面白かった。江戸で暮らす庶民の楽しい食事と比べると現代人(猿)の立ち食いなどは確かに餌と言った方がよいのかもしれない。米の消費が減った背景にアメリカのPL480法案成立があると指摘した上で国産品を食べていない国民が非常に多いことを嘆いたのが印象的だった。

いずれ訪れる食糧難に備えて耕作放棄地の再生が急務であることを我々はもっと直視すべきであろう。野さんの発言「自家菜園(で収穫した野菜を調理して食べるの)が最高の贅沢。すぐそばに畑があれば冷蔵庫は要らない(し、)調味料が少なくて済む」は本当である。私は自分で作っているから自信を持って言えるのだ。メディア(新聞やテレビ)の流す情報には嘘がかなりあるのを見抜ける人がどれ位いるだろうか。

終盤に飛び出したダブルM(関西の☆☆☆店主と関東のテレビ司会者)批判に聴衆は大笑い。権威ほど実はあてにならぬことをさり気無く話す所は見事である。「真手(まで≒丁寧)」に生きている人は悪質な嘘を嫌う。今日は野さんと一緒に貴重な時間を過ごすことができて本当に幸せと思った。

講演会のちらし

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豚バラ肉と大根の煮物 

2013年02月26日 | 家飯
春が近づくのを肌で感じる今日この頃だが、晩にはまだ温かい料理が必要だ。豚バラ肉に塩を振りフライパンで両面を焼き余分な脂を落とす。

固ゆでにした大根と人参、そして炒めた豚肉を水で薄めた出汁で炊く。他に加える調味料は酒・醤油・砂糖少々。落し蓋をして煮汁が少なくなったら火を止める。豚の旨みを吸った大根・人参は最高の飯のおかずである。

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福山市西深津町6丁目の分譲住宅・コモンステージ深津

2013年02月25日 | 郷土史
蔀山稲荷神社前の細い道は東へのびている。少し先で道は二手に分かれ南へ下って行くとミッション系女子高の前に出る。私は専故寺のあった大山方面を暫く眺めてから北側の住宅地の方に下りた。

西深津4丁目より女子高の建つ大山方面を望む

西深津町6丁目2の分譲住宅はコモンステージ深津という名称で周辺に真新しい公園が整備されていた。かつてこの場所には公立学校教職員共済組合中国中央病院(通称:共済病院)があった。

西深津6丁目の分譲住宅・コモンステージ深津

私は1度だけ共済病院に肉親の見舞いに行ったことがあるが、その時は夜だったので当時の町並みの記憶は残っていない。ただ蔀山神社の北東部がガラリと変貌を遂げたことは確かである。

コモンステージ深津の売却状況を示す看板

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クタクタに煮込んだブロッコリーのソース

2013年02月25日 | 家飯
ブロッコリーは通常固ゆでにして具材として食べることが多いが、パスタソースの場合はあえてクタクタになるまで煮込む。

パスタと一緒にブロッコリーをゆで始めて5~6分を目安に取り出す。あとはぺペロンチーノを作るやり方とほぼ同じ、ニンニクタカノツメオイルにアンチョビを溶かしてブロッコリー・ゆで汁を加えてドロドロの緑色ソースに仕上げる。

ソースとスパゲッティ(断面が楕円形のリングイネの方がいいかも)を和えて完成。私は更にパルメザンチーズを加えて濃厚な味わいにしている。ブロッコリーの甘さが堪能できる料理だ。

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福山市西深津町4丁目の蔀山稲荷神社(その5)

2013年02月24日 | 郷土史
社殿横の広場から西方を望む。パトロン(真の分限者)が減少する中、小さな神社の保存修復を氏子だけで行うのは難しいのかもしれないが、その歴史的価値を理解する人たち(市内だけでなく県外にも)から寄付を募るというやり方もあるだろう。

昔は多くの人間の奉仕作業(出来る範囲で資金援助、知識・技術や労働力を提供)によってムラが回っていたが、己(と同族)の懐や口に物を取り込むことしか頭にない連中が増えて危機的状況である。若い頃に好き放題やっていた連中(団塊がその筆頭)が今になって「絆」とか「人情」という言葉を多用するのは本当に間抜けである。

これからは行政・メディアとは適度な距離を保ちつつ住民が自主的に(寄付を募り)手直しを進められるかが鍵となるであろう。偏向メディアと卑屈な取材元との間に歪な(主従)関係が出来上がると町の内部は崩壊へと向かっていく。神辺町の廉塾を見学した際に詳しい解説をして下さった人と私はこんな真面目な話をした。

蔀稲荷山神社境内にある祠

祠に祭られた稲荷大明神の数々(木札)

神社境内の西端辺りに祠があり、上段には埃を被った木札が並んでいる。篠崎稲荷大明神など多くの神々の名を確認した私は静まり返った境内を後にした。

稲荷神社社殿横から鳥居・常夜燈を望む

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ボリュームたっぷりの豚バラ焼肉丼

2013年02月24日 | 家飯
豚バラ肉を厚めにスライスして塩・コショウを振り胡麻油を馴染ませたフライパンで両面を焼く。ここにタレ(酒・味醂・醤油が各1)を加えて肉に絡ませる。

洗い物を減らすために丼仕立てにした。豚バラだけではむつこい(≒しつこい)ので飯と肉の間に茹でキャベツの千切りをたっぷりと敷き詰めている。肉と野菜を一緒に頬張れば脂っぽさはあまり感じない。さっぱり味のタレをほどほどに吸った米の美味いこと。今日から私の定番料理の一つになった。

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福山市西深津町4丁目の蔀山稲荷神社(その4)

2013年02月23日 | 郷土史
蔀山は「伝足利義昭居館跡」として昭和39年(1964)3月31日に福山市史跡に指定されている。

蔀山
義照(昭)將軍の營跡ハ西の方山頭平らなる所也。夫より東の方、古松藪拾本有。稲荷の社有、山伏理智院支配也。往古此所に大なる槇あり、欽明帝の御衣の袖かゝりたる木なりけるとかや、いつのころ迄有けるやらん知たる人なし。

『備陽六郡志』

但し市教育委員会の見解は別邸跡とのこと。市内にはこの他にも義昭絡みの史跡がいくつ(真偽不明を含めて赤坂町など)もある。

蔀山稲荷神社の社殿

社殿の中に置かれた神輿は毎年10月の祭りで使用されるのであろうか。保管庫もなく寒風に晒されるのを見るのは何となく寂しいものである。標識の脚の部分が壊れてから大分経つようで神社の管理が容易ではないことを知った。

社殿に置かれた神輿

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身の丈にあった成長が幸せのもと

2013年02月23日 | 日記
広島市は私の好きな街の一つである。18歳でドロドロとした地元を離れ100万都市で暮らし始めた時思ったものである、「広島に生まれたかったな」と。悪平等思想に汚染された高校での3年間は全くの無駄であったが、広島市では様々な文化を好きなだけ吸収することができた。だから恩義を常に感じている。

生まれ故郷の方は四流メディアから「知名度の低さ」ばかり指摘されているが、知名度だけの没落を続ける近隣の田舎と比較されても甚だ迷惑なのだ(笑)。知名度よりも民度を向上させることが大切である。高い餌を強請る塵犬がゴロゴロと野放しになっているのを見て湯崎さんも呆れていると思うが、ここを正していかなければ真の成長は難しい。妬みの感情を捨て謙虚な気持ちで生きる人間が増えれば宣伝費の大幅な削減が可能となり自然に評価されるようになる。

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福山市西深津町4丁目の蔀山稲荷神社(その3)

2013年02月22日 | 郷土史
福山藩土地造成図は寛永以降城の東部に干拓地(農地)が広がっていく様子を示したもの。深津嶋山(深津高地)周辺では正保年間(17世紀の半ば)に盛んに干拓が行われたことがわかる。ちなみに千間土手の北側に現在の国道2号線が整備されている。

国道沿い(東深津町~明神町)には田んぼが僅かに残るだけで商業施設が建ち並ぶ。旧城下町で快適な生活を送ることができるのはもとを辿れば干拓事業に従事した人達の苦労のお陰なのだ。

『深津小学校百二十周年記念史(平成七年)』には「宝龍山の地形と謂われる深津高地…福山駅の東方に位置する所に、深津の町並を眼下に見下ろす小高い山がある。その昔この山には、竜が住み、天地自然を駆けめぐり、万物を支配し、民達の願いをことごとく聞き入れた。民達はその竜を、「お宝の竜神さま」と崇め、宝竜と呼び、竜の住むその山を宝竜山と名付けた」との記述がある。

また「…頭部は王子山と謂れ左手は字、才ノ尾…左足は字亀の甲。右手は字古地。右足は字松山(しとみ山)…」という伝承をもとに現在の地図を眺めると注目を浴びない土地に一層興味がわいて来るのだ。

蔀山稲荷神社のお狐さん

さて話を蔀山稲荷神社(土地造成地図の青丸の位置)に戻そう。朱の鳥居をくぐってすぐ左側の常夜燈には慶應二年の文字が刻まれている。

蔀山稲荷神社の常夜燈(慶應二年の銘)

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大根葉の混ぜ込みご飯(菜飯)

2013年02月22日 | 家飯
江戸時代の文献を読むと当時の人々が結構美味しいものを食べていたことがわかる。素材の有効利用だけでなく持ち味を活かしきるという意味でも菜飯は傑作である。

菜飯を作る時には抜きたての大根を使用する。葉っぱとか軸は時間の経過と共に味が急速に落ちるからだ。大根葉を茹でて細かく刻み軽く塩を塗し炊き上がった飯に混ぜ込む。

少し蒸らして茶碗によそう。大根葉は実に甘く鮮やかな緑がきれいである。手をかけない料理でこれほど味がよいのは珍しい。 

大根葉の美味しさが前面に出た菜飯

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福山市西深津町4丁目の蔀山稲荷神社(その2)

2013年02月21日 | 郷土史
蔀山稲荷神社の住所は西深津町4丁目1-37。「ふくやま歴史散歩」43P掲載の地図(冒頭の画像)を使って青丸で示してみた。ピンク色の線で囲んだのが深津嶋山(深津高地)である。稲荷神社は高地の西端辺りに位置している。

上古備後沿岸推測図

大昔深津嶋山の周囲は海であったと考えられている。「上古備後沿岸推測図」では小島の如く海に浮かぶ深津嶋山。北に奈良津村(現・奈良津町)、北東に市村(現・蔵王町)の名が見える。津という言葉はかつて港町であったことを示す。

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人参葉入りフワトロオムレツ

2013年02月21日 | 家飯
普段私が作るのはプレーンオムレツだが、具沢山のオムレツも好きである。ベーコンと玉ねぎ(炒めたもの)と茹でて細かく刻んだ人参葉を溶き卵に加えてバターで手早く焼き上げた。フワトロ(中はレア)の状態でシャキシャキの人参葉が独特の香りとともに存在感を示す。玉子焼きよりはこっちの方がいい感じである。

オムレツの中はトロトロ

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