寮管理人の呟き

偏屈な管理人が感じたことをストレートに表現する場所です。

竹原市竹原町明神の松月寺(その2)

2011年10月31日 | 
私は松月寺の右手にあった石柱2本に注目した。そこに刻まれた文字から寄付によって本堂は再建、石段の修理も昭和3年(天皇が即位された年)に行われたことを読み取った。

松月寺境内に集められた石仏

石柱の傍らには20をゆうに超える石仏(薬師如来など)がびっしりと並んでいた。番号がついていることからもともとは横島の各所に設置されていたのかもしれない。

金毘羅社の鳥居

海(明神港)が近いこともあって金毘羅さんが祀られている。様々な感謝の意味を込めてお参りさせてもらった。

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粉からしを水で溶く 

2011年10月31日 | 食材
おでんを家で作る人が意外に軽視しているのが、からしの存在だ。私も普段は市販のチューブ入りのからしを使っているので大きなことは言えないのだが、粉からしを水(あるいはぬるま湯)で溶いたものをおでんの脇に添えると種の味わいが変わってくるから不思議だ。

手製のからしは特にこんにゃくとの相性がよい。出来立ては鼻につーんときて涙が出そうになるくらいよく効く。ほんのひと手間かけるだけで地味な家庭料理がパワーアップするのである(笑)

粉からしを水で溶いた直後(使用は数分してから)

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続・油揚げを巾着に加工

2011年10月30日 | 食材
ねぎとチリメンジャコを混ぜ合わせて油揚げの袋に詰め込み、口を爪楊枝で閉じて巾着を作る。フライパンに少量のサラダ油を入れて火をつけ巾着を焼く。両面に薄っすらと焦げ色がつけば巾着焼きの完成である。

香ばしい油揚げの表面はパリパリ、ねぎはシャキシャキ、チリメンジャコはカリカリ。生醤油をかけて顎を使いじっくりと味わう。酒が進み過ぎるのが玉に瑕か(笑)

香ばしい巾着焼き(ねぎとチリメンジャコ入り)

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油揚げを巾着に加工

2011年10月30日 | 食材
昨日「王様のブランチ」で小林薫さんのインタビューを見た。油揚げの炙りが好物と聞いて私は微笑んだ。薫さんの父親も好きだったというから酒飲みの家系だろう。

さて今日は油揚げで巾着を作ることについて話そう。長方形の油揚げを半分に切りほぼ正方形にする。切れ目から指を突っ込み袋を作る。慎重に作業すれば袋が破れることはまずない。あとは袋に何を詰めるか、である。

私は長ねぎの小口切り(刺激臭の苦手な人は一旦水に晒しておくとよい)とチリメンジャコを用意した。

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竹原市竹原町明神の松月寺(その1)

2011年10月29日 | 
奥さんの助けを借りて私は曹洞宗・松月寺への参道に辿り着くことができた。1人で歩いて来たならば寺はすんなりと見つからなかったはずだ。私は丁重にお礼を述べて彼女を見送った。

この寺は戦前松月庵(大正15年の地図では正月庵と表記されている)と呼ばれていた。現住職は毎週土曜日に座禅会なるものを開いているようである。欲深き人間が時々垢を落としに参禅する意味は大きい。

…明神港は、前に生野島を望み、東に阿波島を控え、風光明媚である。かつて頼山陽、石井豊洲、平田玉薀等が船を浮かべて悠遊した所、西の山ふところに禅寺松月庵がある。

 『芸南風土記 / 芸南新聞社(昭和三十六年五月五日発行)』

曹洞宗・松月寺の座禅会に関する案内

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味わい深い茶豆

2011年10月29日 | 食材
茶豆は水洗いして汚れを落とし軽く塩もみしておく。大鍋に湯を沸かして5~6分ゆで水にとり素早く冷やす。水切りを十分行い塩を振って半日程度置くと塩味が中まで浸透する。

ゆでた茶豆の外観はすこぶる地味だが、中身は良い。味が濃くて手が止まらなくなる。さて今年は茶豆以上の黒豆が食べられるだろうか?

味のなじんだ茶豆

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竹原市の旧明神港前

2011年10月28日 | 
奥さんは「もうじきですから」と言った。私は頷いて年季の入った建物の造りを観察していた。戦前に建てられたものに間違いないだろう。

独自の世界に入り込んでいた私を現実に引き戻したのは犬の鳴き声であった。真新しい家の庭先で興奮した犬がこちらを向いていた。

「この犬は私に吠えるんですよ」

「いえ、奥さんにではなくて私ですよ、絶対に。余所者を恐れているんですな。怖がらなくていいよ。何もしないから」

私と奥さんは目を合わせて苦笑した。それからすぐに非常に狭い路地に入った。寺に続く石段の下には大きな井戸があった。

今は使われていない井戸

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竹原市竹原町の裏道を往く(その6)

2011年10月28日 | 
奥さんと私は会話を楽しみながら湊明神社まで戻ってきた。「この辺りは横島と言います。横に広がっているように見えることから名がついたようですが、昔は地続きじゃなくて島だったんですね」と奥さんから聞いて「福山市における箕島みたいなものだな」と思った。

旧明神港前の道を南西の方向に進む。道路の左手(海寄りの広場)が昭和に入ってから埋め立てられたものであることを即座に悟った。私の頭には大正十五年五月二十日発行の廣島縣賀茂郡竹原町の地図(あき書房による復刻)がしっかりと入っていたからである。

湊明神社
 横島の東端にある。この社の近くに船が停泊したので湊明神と呼ばれ、古くからの鎮守社があり、明暦(1655~1657)年中に厳島の神をこの社に移し塩浜の守護神としたという。江戸期は湊明神社付近の沖が湊で諸国の廻船が集まり、潮によって大船はここで荷あげをし、中船、小船は本川堀を利用した。また的場山の北側にも船入があった。明治以降、大阪商船、尼崎汽船が寄港し呉線開通までの内海航路の港として栄えた。

『安芸の小京都たけはら / 太田雅慶(昭和62年2月10日発行)』

廣島縣賀茂郡竹原町の地図(大正十五年五月二十日発行の復刻版 現在とは海岸線が大きく異なる)

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秋の味覚その3・茶豆

2011年10月28日 | 食材
一般的な枝豆(主として夏に流通)と比較すると茶豆は実が大きくて食べ応えがある。枝豆界の横綱を黒豆とすれば、茶豆は関脇か西の大関くらいになるだろう。今年も知人から茶豆を適量貰って家族は大喜びだった。

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竹原市竹原町の裏道を往く(その5)

2011年10月27日 | 
竹原のブドウ畑を初めて見たという男のために奥さんはこの地でぶどう栽培の基礎を作った神田家の話を3分ほどしてくれた。今ではデラウェア以外の品種の栽培も盛んに行われているということだった。

そして明神地区の居住者の4人に1人は三井金属鉱業関係の仕事に就いているという情報も得た。行きの途中で気になっていた大きな食品工場について私が質問すると、それは忠海のジャム製造会社の関連企業だと奥さんは言う。地元の人の話は非常にためになる。

竹原ブドウの沿革
 明治三年ごろ神田信助翁は、神田家の池畔に二、三本の甲州葡萄を植え、栗材やモロ木をもつて池上に棚をつくり、葡萄蔓を誘引して年々美果を得、晩年これを竹棚に改良して、畑作に転換する動機をつくつた。

『芸南風土記 / 芸南新聞社(昭和三十六年五月五日発行)』

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忘れ難きざくろの味 

2011年10月27日 | 食材
幼い頃神社境内の高い木に登り赤く色付いたざくろ(石榴)をもいで食べたものである。あの甘酸っぱい味をこの年になっても忘れないのは、若干渋みを含んだ独特の風味だからだと思う。奥行きのある味とでも言ったらよいのだろうか。人間も少し癖のある方が面白いのと同じだ(笑)

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竹原市竹原町の裏道を往く(その4)

2011年10月26日 | 
土建屋の先で私はついに立ち止まった。進むか、それとも引き返すか、ここで決断しなければならないと思った。ちょうどその時である。ブドウ畑の向こうに人影が見えた。

国政では疫病神(愚相)が最後の悪あがきをして賢国民の顰蹙を買っていたが、竹原町明神地区には真の救世主が現れたのである。私は女性(以後奥さんと呼ぶことにする)に「寺に向かう途中なのですが、近道はありますか」と尋ねた。やはり答えは「ありません」だった。

彼女は落胆する旅人を慰めた上で「私もそっちへ帰る途中ですからお寺まで一緒に行きましょう。以前は庵主様が住んでおられましたね、確か」と言った。私は有難く申し出を受け入れ、もと来た道を引き返した。

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竹原市竹原町の裏道を往く(その3)

2011年10月26日 | 
更に西に進むと道路は農道のようになった。寂しい風景が視界に入ってきた時にふと「このまま行っても川にぶち当たるだけと違うか?」という思いが生じたのである。焦り出した旅人は噴き出る汗をハンカチで拭き渋い表情になった。蝉の鳴き声がただうるさかった。

竹原市竹原町の畑

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竹原市竹原町の裏道を往く(その2)

2011年10月25日 | 
裏道は湊明神社の脇から緩やかに左に曲がり西へのびている。私は小高い明神山の北側をてくてく歩いて行った。

明神山の麓に建つ家々

塗装屋がある辺りまでは家が建ち並んでいたが、スクラップ工場を過ぎると道が細くなった。そして家の数も減ってきて私は少し不安になった、目的地に辿り着けるのかと。

道の左手にあるスクラップ工場

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秋の味覚その2・ざくろ 

2011年10月25日 | 食材
秋の果実として忘れてはならぬのがざくろ(石榴)である。マイナーなイメージが強いが、この食材は季節の変化をはっきりと知らせてくれる。スーパーの店頭などに並ぶことは稀で現在ではかなり貴重なものとなった。

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