寮管理人の呟き

偏屈な管理人が感じたことをストレートに表現する場所です。

年越しそばを啜る

2007年12月31日 | 家飯

あっという間に大晦日になった。関東の友人が毎年送ってくれる乾麺を茹でて年越しそばを作った。甘辛く煮た揚げをタネとし、だしをきちんと取った。家族とそばを啜り、その出来に二重丸をつけたのだった。

これが今年の最後の更新となる。私の毒舌に拒絶反応を示さずにお付き合いいただいた読者に感謝を申し上げる。2008年も同様の感じで綴っていくことになる。

それでは、皆さん、よいお年を!

大晦日の犬

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冬の宮島(後編)

2007年12月31日 | 

幼い頃は宮島に関心はなかったが、三十路を過ぎてから段々好きになった。晴れた日の宮島は美しい。

青い空に、朱の大鳥居、そしてエメラルド・グリーンの海。極渋の世界の奈良とは違った魅力がある。

五重塔

厳島神社

常夜燈の周りで子どもが写真を撮っていた。この場所は非常に人気があるのも納得できる。五重塔を見て厳島神社に参拝した。

砂場で鹿が寝そべって餌を咀嚼していた。その表情があまりも間が抜けていて、私までにやけてしまった。何とものどかな昼時である。

この鹿の顔は笑えるでしょ

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冬の宮島(前編)

2007年12月30日 | 

JR宮島行のりばからフェリーに乗船する。デッキからキラキラと輝く水面を眺める。穏かな海のあちこちに養殖いかだが浮かんでいる。

JRフェリー

出港

宮島の食と言えば、かきと穴子が有名であるが、それをわざわざ口にするほどの郷土愛を私は持っていない。

そんなことを考えているうちに島に着いた。改札の向うに家畜化した鹿が見えた。切符を渡して海岸沿いを歩き始めた。

宮島着

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我が家の晩酌セット

2007年12月30日 | 家飯

昨日の酒のつまみ。まともな魚が手に入る最終日だった。これから1週間生魚を断つことになる。

画像の左から、〆サバ、天然ブリ、太刀魚。最優秀選手は太刀魚であった。ブリもそこそこ美味しいが、たくさん欲しいというものではない。照り焼きでご飯を食うのが一番好きだ。

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JEFF BECK / THIS BLOWS

2007年12月29日 | 洋楽

1975年のアメリカン・ツアーから5月9日のデトロイト公演と5月10日のミルウォーキー公演を収録した廉価盤。どちらもネット上で公開されたもの。サウンドボード録音のため、弾むベース音がはっきりと聴き取れる。

デトロイトでは「攻め」の、ミルウォーキーでは幾分「リラックス」したギター・プレイとなっていて面白い。日によってテンションが違うことがよく分かる。

ミルウォーキーではマクラフリン師匠と“POWER”で激しいバトルを展開している。若きジェフ・ベックの対抗意識がバリバリ、ゴリゴリという燃え盛るような音を発生させている。

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大掃除に取り掛かる

2007年12月29日 | 日記
今日はコンポーネントとサイドボードの拭き掃除を行う予定である。重いアンプの下には埃が蓄積していることだろう。ここから着手して明日までには部屋の掃除を終了させたい。

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他人丼を知っているかい?

2007年12月28日 | 家飯

親子丼の鶏を牛に変えたもので、関東では「開化丼」とも言う。牛肉と玉ネギを甘辛だしで煮て卵でとじる。

他人丼はもう一年以上口にしていなかった。完成度では断然親子丼の方が上だが、これも悪くない。牛丼に卵が加わるだけで、こうも味が変わるとは。安い卵様々である。

ポイントは卵を丁寧にときほぐさないこと。箸でさっさと切るくらいでよい。白身と黄身が適度に分離していると、トロトロの部分が生じる。半熟で火を止め、少し蒸らしてから食べる。

庶民の味にひと捻り加えたものが他人丼である。私にとっては忘れたくない丼物の一つだ。

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朝から雨

2007年12月28日 | 日記
天気予報通り雨が降っている。鬱陶しいことこの上ないが、降水量不足になると様々な方面に悪影響が出る。さて年始は晴天が望めるだろうか。

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哀しき能書き垂れ

2007年12月27日 | 外食
割烹や料亭のカウンターで「あの店は全然ダメだ」とか「食べ方は……の順が正しい」と好き勝手なことを言うおっつぁんがいる。団塊からポスト団塊にこの種の輩は多い。

「東京にはうまいものがない」とどうして言い切れるのか。関東で暮らしたこともない真の田舎者に(笑)。「その土地の悪口を言うにはそこで三年以上生活してからにしろ」と忠告すると、大概おっつぁんは金玉を蹴り上げられた犬のような顔つきになる。

瀬戸内の料理人が「鮮度」「産地」「価格」を嬉しげに自慢するのに対して、東京の職人は冷ややかな笑いを浮かべる。「品の無さ」「視野の狭さ」を小馬鹿にしているだけではない。

「江戸村の猿に包丁を握らせて刺身を盛らせても同じってことじゃねえか」と実際に聞かされたことがあった。私は酒を噴き出して、しばらく笑いが止まらなかった。饒舌は田分けに等しいということを「大東京」で教わったのである。

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天が授けた記憶力

2007年12月27日 | 日記

幼い頃から私は記憶力がよかった。これは努力というよりも天性によるものが大きい。「一度しか通ってない道筋をようおぼえとる」と母がびっくりしていたほどである。

記憶力のよさが一番役立ったのはやはり受験だ。反復練習がほとんど必要なく、不得手な箇所の攻略にじゅうぶん時間をつぎこめた。「現役」と「浪人」を区分するものは基本をきちんとおさえているか、それと記憶力がよいか、ということだろう。

現役入学を果たした友達に勉強方法を聞いて私はそう確信した。事実、ガリ勉は皆無に近かった。効率のよいやり方を自分なりにあみ出す「知恵」が彼らにはあったのだ。

昔の友達と会って話をしていても、記憶が数珠繋ぎになるのは「現役」組とである(笑)

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元安川を走る水上タクシー

2007年12月26日 | 日記

今から20年前、私は広島市で下宿生活をしていた。その一年半の間に元安川や本川沿いを散歩したことはなかった。爆死者のうめき声が聞こえてくるような気がしてあえて避けていたのだ。

元安川をゆっくり下る水上タクシーを眺めながら、月日の流れを強く意識した。一瞬にして黒焦げになった街は多くの人達の情熱と努力により復興した。

美しい景観から昭和20年当時の廃墟を想像するのは難しいが、目を閉じて「悲しみの川」に向かって手を合わせていた。

元安川を下る水上タクシー

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舟入本町の雀荘

2007年12月26日 | 学生時代
私の下宿から舟入本町に行くには橋を二つ渡る必要があった。鷹野橋商店街を抜け、まず明治橋を、そして本川に架かる住吉橋を通過した。

住吉橋東詰めから舟入本町方面を望む

住吉橋西詰めから“元締め”のアパートまでは歩いて数分の距離だった。彼は数ヶ月に一度、貧困に喘ぐ同級生を招いて、温かい食事をふるまってくれた。

誘いを受けると飢えた野犬のような三人(ろくでなし・ひでえ・私)は嬉しげに出掛けたものである。ソーセージ入りの鍋や納豆汁を食べて満腹になった後に必ずすることがあった。

“元締め”はカーテンを少し引っ張って、道路を挟んで斜め向うの雀荘の様子を窺い、私達に「またやっとるわ」と呟いた。某ビルの2階は裏稼業専用の雀荘だった。そこにたむろしているのは人相の悪い日陰者ばかりで、皆真剣に牌を眺めていた。それが賭け麻雀であることは明らかだった。

“元締め”は眉間に皺を寄せて「嫌やな~」と言い、“ろくでなし”と“ひでえ”はニヤニヤ笑った。四人の中で麻雀をするのは最年少の私だけであり、彼の部屋では肩身の狭い思いをしていた(笑)

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南竹屋町の様変わり

2007年12月25日 | 日記

大学の東門を出て国道2号線を渡った北側が竹屋町で、昔は下宿がたくさんあった。下宿の近くにはコンビニ、銀行、郵便局、スーパー、飯屋があり、徒歩で全て事が済んだ。やはり、あれだけの学生がいたからこそ、便利な街づくりになっていたのだろう。

本学移転の影響をもろに受けたのは銭湯、飯屋、コンビニである。大学周辺の銭湯はことごとく廃業した。広銀竹屋町支店がトヨタホームに変わり、あのセブンイレブンもとうとう店を畳んでしまった。

セブンイレブンのあった界隈

バブルに浮かれる昭和62年(1987)年の熱気はもはやどこにも感じられない。あの頃から日本は急激に「おかしく」なった。

その年の冬、セブンイレブンの隣に【たこ道楽】ができた。たまに夜食のたこ焼きを買いに行った。金は無いが、暇と性欲だけはたっぷりあった昔を私は懐かしく思い出していた。

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東千田町の大学跡

2007年12月25日 | 学生時代
正門から大学の表示が消え、今は「東千田公園」という黒い石が埋め込まれている。かつての理学部の周りを馬鹿犬を連れた者達が我が物顔で歩いていた。

森戸道路のメタセコイア

私が学んだ校舎は全て取り壊されており、総合科学部のあった場所に高層マンションが造られている。

森戸道路のメタセコイアは葉を茶に染めて寒そうにしていた。

メタセコイアのルーツ

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広島電鉄「日赤病院前」

2007年12月24日 | 学生時代

広島の路面電車に学生時代はあまり乗ることがなかった。鷹野橋商店街を過ぎると「日赤病院前」電停に着くが、かつては「大学前」という名称だった。

その名の通り、電停の真ん前が大学正門で、ずっと奥に赤煉瓦造りの建物がそびえていた。正門の横にはローソンがあり、昼時は学生で溢れていたが、とっくの昔に消えた。

本学移転で広島市内は明らかに寂れた。銭湯、古本屋、定食屋が次々と廃業していった。

正門周辺

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