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南方熊楠 生誕150周年(国家を鎭定し、守護する『鎮守の森』)

2017-06-17 21:41:23 | 教育 子育て

『現代において国家を鎭定し、守護するのは何か?』

現実的には、経済力を中心とした軍事力や情報収集とその操作(外交的)能力、いわば諜報などのインテリジェンスであると考えます。

理念的には、宗教や政治をもとにしたバランス(秩序)であるとも思えますが、実はパワーポリティクスであり、バランスのとれた融合や統合ではなく、民族(国家)中心主義ですね。

ご存知のように、ブータンのような文化的な選択は、注目すべき生き方(価値観=幸福度)選択のありかたですね。こうした自然観と国家の宗教・文化的な秩序を乱さないありかたはとても大切であり見倣うべきだと考えます。

現代日本は情報化社会のテクノロジーに支配され、新たな『廃仏毀釈』の現代社会においては、いくぶん懐古的なのですが、あるべき『自然に回帰』しながら、鎮守の森を守護した、あの『南方熊楠』の超越した『自然(文化宗教)観』こそが、万人に共有できる常識ではない『*良識』 が、まさに国家を鎭定し、守護することのできる『**鎮守』であると思います❗

以下、
http://jouhan.com/event/2013/05/
より引用させていただきました。

鎮守の森の「鎮守」は、広辞苑によると「①兵士を駐在させて,その地を鎮め守ること」、「②その地を鎮め守る神、また、その社」と記されています。鎮守の森は、鎮守の社にある森のことです。鎮守の杜とも表現されたりします。
日本人は、山川草木、あらゆるものに神が宿ると考えてきました。その神は、本居宣長は古事記伝で、「神は優れ、徳があり、かしこきものですが、尊くよきものだけでなく、あしきもの、あやしきものもふくんでいる」と書いています。
このような神を信ずる信仰、意識は古代からあり、仏教伝来があっても、神仏習合し、寺と神社はお互いに補い合って共存してきたのはご存じの通りです。
つまり、日本人は古来より地震、津波、噴火、台風などの自然災害が頻発する災害列島に住み、自然の猛威を前に,あらゆる森羅万象に八百万の神の存在を感知して,身近に神々をまつってきたのです。
鎮守の森は、神が降りてくる聖なる場所であり、そこに屋舎を造り、神社としたのです。昔から、森は神のいるところ、降臨するところ、荒らせば罰があたるなど、信仰的な聖域とされ、みだりに人は立ち入らせない場所で、地域の人々がそこを信仰し尊敬して大切にしてきた場所なのです。このため人間活動の影響をあまり受けず、自然のまま維持されてきたとされています。
現在、鎮守の森が自然植生の見地から日本の持つ優れた資産として世界から注目を集めてきています。何故なら、鎮守の森はふるさとの木によるふるさとの森として、自然植生の面影を残しているのみならず、環境の保全、災害の防止や文化の基盤として機能してきたからです。
その鎮守の森も、時代の荒波を被って、今日にあります。
明治になって、神道を国家的存在と位置づけるべく、神社分離令(廃仏毀釈)(1869年、明治元年)、神社合祀令(1906年、明治39年)で仏教施設はもとより全国で約7万社の神社とその神々、そして鎮守の森が姿を消したといわれています。     
この神々の一元化による淘汰としての神社合祀令に対して、抗議の声をあげたのが熊野の森を愛した野人・南方熊楠であったことはよく知られています。特に神社合祀令に反対運動を起こしたのは、それによって多くの神社の鎮守の森が失われることを危惧したからです。
また、戦後には経済の発展にともない,土地が開発され、あちこちで都市化が進み、多くの森や雑木林は伐採されました。が,小さな鎮守の森として生き残ってきたものもあります。
今回は、生き残っている杉並の鎮守の森の例から、現在の植生の姿をとらえ、将来への展望についてまとめてみました。
調査の対象にした神社は,境内の広さは2800坪で、その社殿によると寛平年間(880~897)頃に創祀されたという神社です。先ずは、第一にその鎮守の森の樹木を調べて、森全体の植生を把握し、今後につながるデーターベースとして樹木基本台帳を整備してみること、第二に,昔の文献や関係者の証言から過去と現在からどんな植生の変遷が読み取れるのか調べてみること,及び日本の自然植生図から今後どのような変遷になるのか、50年後或いは100年後の姿を展望してみること、第三に、鎮守の森の持つ意味を幾つかあげてその価値を再認識してみること、環境問題が喧しく言われる中で鎮守の森の現代的意義を考えてみることです。


日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

*良識
りょうしき
bon sensフランス語

物事を正しく判断する能力。時として理性と同一視される。「正しく判断し、真なるものを偽なるものから区別する能力は、本来良識あるいは理性とよばれるものであるが、これは生まれつきすべての人に相等しい」(デカルト『方法序説』)。しかしパスカルのいう幾何学的精神と繊細の精神との区別を念頭に置くなら、理性が科学的、客観的認識に関係づけられるのに対して、良識は科学的には論証されない日常の具体的な諸問題を冷静かつ公平に判断する能力をさすように思われる。この意味で科学的理性が少数の専門家の所有物であるとするなら、良識はむしろすべての人に開かれている。しかし良識に到達するには、よい精神をもつというだけでは十分ではない。たいせつなことは「精神をよく用いること」(同前)である。
 他方、常識を一定の社会や集団においてのみ通用する一般的知識として理解するなら、良識は常識を凌駕(りょうが)する。「祖国防衛」はあらゆる民族の常識であるが、「核兵器廃絶」は全人類の悲願であるという意味で、実に良識とよぶにふさわしいからである。[坂井昭宏]


世界大百科事典 第2版の解説

ちんじゅ【**鎮守】

土地ないし施設を霊的な疫災から守護する神。鎮主とも書く。もと鎮安守護の意で鎮守府,鎮守使など一般に形容語とするが,日本では平安朝以来独立の成語として鎮守神をさす。もと大乗仏教の護法善神の思想により寺院の守護神として勧請(かんじよう)したもので,興福寺の春日明神,高野山の丹生(にう)明神,比叡山の山王権現,東寺の鎮守八幡宮など多くは寺院の建立以前からの地主神(じぬしがみ)を改めてまつった。これには本来,強力な来訪神が在地の神霊を慰撫し服属せしめる方式が生かされており,鎮守神としての奉斎がおのずから他の諸霊を制する神威を高めることになる。

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