もう6月になっています。みなさん、お元気でしょうか?
ちょっとライブからはとおざかっていますが、あわただしい毎日を元気に過ごしています。
なんと十四経脈の歌のブログができました!我らがHPの管理人Kがこの歌たちを面白がってくれて、さっそくにも作ってくれたのです。うそのような本当の話なのですが、ともかくありがたいのです!
言葉の羅列をただ単に覚えるっていうのはどうも僕のしょうに合わないのですね。いろんなイメージを大切にしながらも、やっぱり笑って覚えたいのです。だから、本気で遊んでみることにしました。
毎日の生活には苦しいことがとても多いですね。真面目に考えすぎたら心が潰れてしまうくらい。現実はそう簡単には変えることはできないし、どうしようもないことだってたくさんあります。それでも、僕らは今を生きているのですね。とてもありがたいことなんですね。
苦しみのうちのたったひとつでもいいから、ちょっと楽しめるようになれたらいいなと思います。
長い道を歩いて分かることもあるんでしょう。あの苦しさが、実は自分を大きく成長させてくれたんだなと思うことだってあるんでしょう。そんな経験を誰かに話したり、誰かの苦しみを受け止められるようになったり、あれほどたいへんだったことが、誰かの助けになっていたりもするんでしょう。
中学1年生の時、先輩の歌に感激しました。彼は中途で視覚障害を負ったわけですが、そのやりきれなさと、これからは頑張って前に進んでいくぞという決意を、ギターをかき鳴らして叫んでいたんです。心が震えましたね。苦しい経験から立ち上がろうとする気力みたいなものが、僕の体にぶつかってきて広がりました。
傷ついた経験をメロディーにのせるということ、どちらかといえば自分の胸のおく深くに埋めておくような言葉たちを歌にすること、これはネガティブな感覚をポジティブな形へと変える作業なのかなあと、感覚的に、その時も、今になっても、そう思うのです。
あの頃の僕には言いたいことが山ほどありました。ギターが少し弾けるようになったら、誰かの歌を覚えるよりも、まず歌を作ることに夢中になりました。そして、今もそれだけは変わらないことなのです。
歌っていうのはほんとうに不思議です。悲しい言葉でもメロディーにのせると、なぜだか面白くなるし、へたをすれば、「いい歌やねえ!」なんていうことにもなるのです。
日々の暮らしもまた、そんなふうにやっていけたらと思うのです。身近なところでも、世界中でも、いろんなことが起こり、悪いことも多々あって、それでも前に進んでいくために、何か面白いことはないか、ひとつでも楽しみに変えられないかと考えながら過ごしているのです。それが僕の人生の仕事なんじゃないかなあと、ふと思うのです。
十四経脈の歌たちが、たいへんな勉強の中で、ほんの少しでも楽しみを増やしていく小さな助けになればと願います。
とはいっても、いちばん楽しんでるのは、この僕なのです。ちょっと遊びすぎているかも・・・怒られるんじゃないかと心配にもなりますが・・・。これだけ何度も歌入れをしたり、チェックするために聴いたりすれば、つぼの並びについては、もう忘れることはありません。きっと。たぶん。きっと。
というわけで、今週は心経の歌のイメージを固めつつ、本日録音が完了しました。最初のイメージとはずいぶん変わったけれど、イメージどおりにいかない時にこそ、自分なりの工夫があったり、あきらめずに続けてみると、ちょっと突き抜けるような感覚を得られたりするのかなあと思います。この歌は心経の表裏関係にある小腸経が完成したら、またアップしようと思います。
聴いてみようかな、と思っていただけた方は、田中賢のHPのトップページから「十四経脈の歌」へ遊びにきてくださいませ!
もうすっかり暑い夜、そろそろビールですかねえ。
みなさん、またお会いしましょう!それまで、お元気で!
田中 賢 十四経脈の歌(経穴の歌)
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