タムリンの備忘録
山、花、鳥、旅などの写真を中心とした自然観察記録です。
自然が大好きな方々のご訪問をお待ちしています♪



 



 山中鹿之助(やまなかしかのすけ)は、戦国時代に毛利氏に滅ぼされた尼子(あまこ)氏の家臣でした。尼子氏の再興を企て兵を挙げましたが、1578年(天正6)岡山県高梁川阿井の渡で討たれ、鞆で毛利輝元(もうりてるもと)に首実検されました。首塚は静観寺にあります。一方、胴塚は岡山県高梁市の阿井の渡にあるそうです。山中は母の旧姓なので母や叔父は講談などで聞いて興味を持っていたみたいです。静観寺に寄って山中鹿之助の詳しい資料をいただきました。
 首塚のすぐ側の道にはささやき橋というとても小さな橋がありました。応神天皇の頃、百済よりの使節の接待役・武内臣和多利(たけのうちのおみわたり)と官妓(かんぎ)・江の浦は役目を忘れ、夜毎この橋で恋を語り合っていました。それが噂になり二人は海に沈められました。それから秘語(ささやき)の橋と語りつがれています。










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