極私的デンデケデケデケ

音楽との出会いからバンド活動を辞め、社会人になるまでをつづっております

学園祭と文化祭 1

2016-11-05 14:56:26 | Weblog
どうして大学や短大の祭りを学園祭といい、高校や中学は文化祭と
いうのだろうか。そもそも「まつり」と呼ぶのもおかしいような
気がするが。

高校一年の息子の文化祭と大学一年の次女の学園祭に行ってきた。
妻が「私は行く」と言うので、「俺もいっしょに行く」と言ってみた。
彼女は明らかに迷惑そうであったが、同行を許可した。

息子は都立の工業高校に通っている。パッとしない高校ではあるが、
もともと息子は「勉強が嫌いだから高校へは行かない。高校へ行かないで
死んでやる」と言っていた人間だから、高校へ進学してくれただけで
ありがたいと親は思っている。

パッとしない高校の文化祭はやはりパッとしなかった。息子のクラスの
出し物は「ダーツ&輪投げ」で準備などなにもせず、やっつけ仕事まるだし
の「無気力企画」だった。なんと、隣のクラスも同じような企画だった。

軽音楽部の演奏があるようなので、覘いてみる。

机かなにかで一応はステージのようなものを作っていた。一応PA、ミキサー卓
などもあって、その担当係のような学生もいた。

バンドの持ち時間はなんと5分、1曲で交替。

初めのバンドは1年生。聖飢魔II「 蝋人形の館」。1986年の曲だ。彼らにとっては
生まれるはるか前のナンバー。オールディーズ。

ボーカル絶叫、「お前も蝋人形にしてやろうかーーーー」

演奏開始。

すると、楽器の爆音でボーカルがまったく聞こえなくなった。バンド演奏で
ボーカルが聞こえないほど哀しいことはない。ボーカルは口をパクパクさせて
いるだけである。


おいおい、PAさんよ、なんとかしろー、と私はミキサー卓の前に座る学生を
念を込めて見つめたが、その学生は何もしない。ただぼーっと演奏を聴いている
だけである。

ボーカルのフェーダーはどれだ?Maxなのか?と、さらに卓に近寄り
覗き込むと「Vo」と書かれたフェーダーはまだ6分目くらいだった。

PAの学生は「この変なおやじはなんだ?」と思ったかもしれないが、私の念は
まったく彼には伝わらず、ボーカルがまったく聞こえないまま演奏は終了した。


2バンド目はこれまた1年生バンドだったが、こちらは斉藤和義「やさしくなりたい」
最近の曲である。


演奏開始。これまた、ボーカルが聞こえない。演奏開始前にバンドメンバーの紹介を
していたマイクがまったく聞こえない。1バンド目はまだ冒頭のセリフがあっただけまし、
こちらはメンバー紹介しかしてないんだぞ。


おい、PAいいかげんに気付け、、とまたミキサー卓を見ると、

ミキサー卓の前にはもう誰も座っていませんでした。


学園祭レポートは次回。

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