北多摩の爺さん

下り坂を歩き始めたら
上り坂では見えなかったものが見えてきた。
焦らず、慌てず、我儘に・・・ 人生は後半戦が面白い。

パールハーバー

2016年12月28日 | 爺(時事)放談

来年の1月中旬で任期を終える、オバマ大統領と最後の首脳会議を行うため、
ハワイを訪れていた安倍総理が、先の大戦の引き金となったパールハーバーを訪れ、
感動的なスピーチを行った。

人の思いは様々だから、皆が皆素晴らしいと言うことはない。
大戦の過ちに対して、謙虚さが足りないという人もいるだろうし、
先の安全保障法案に紐づけたり、沖縄問題や憲法問題と結びつける人もいるだろう。

いろんな意見が有って良いと思う。
それを言葉にして、主張し合って良いと思う。
隣国とは違って、幸せなことに・・・ この国では、それが出来る。

そして選挙を行い、勝った政党がこの国を未来に導く。
民主主義とは・・・ そんなもんだ。

キーワードは「寛容の心」と「和解の力」、そして・・・ 「不戦の誓い」
戦争を知らない世代が、生意気なことを言うつもりはないが、
良いスピーチだったと思う。


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[安倍総理のスピーチ全文]

オバマ大統領、ハリス司令官、ご列席の皆さま、そして、すべてのアメリカ国民の皆さま。
パールハーバー、真珠湾に、いま私は日本国総理大臣として立っています。

耳を澄ますと、寄せては返す波の音が聞こえてきます。
降り注ぐ陽の、やわらかな光に照らされた、青い静かな入り江
私のうしろ、海の上の白いアリゾナ・メモリアル
あの、慰霊の場をオバマ大統領とともに訪れました。

そこは、私に沈黙をうながす場所でした。
亡くなった、軍人たちの名がしるされています。
祖国を守る崇高な任務のため、カリフォルニア、ミシガン、ニューヨーク、テキサス、
さまざまな地から来て、乗り組んでいた兵士たちが、
あの日、爆撃が戦艦アリゾナを二つに切り裂いたとき、紅蓮の炎の中で死んでいった。

75年が経ったいまも、海底に横たわるアリゾナには、数知れぬ兵士たちが眠っています。
耳を澄まして心を研ぎ澄ますと、風と波の音とともに兵士たちの声が聞こえてきます。

あの日、日曜の朝の明るく寛いだ弾む会話の声
自分の未来を、そして夢を語り合う若い兵士たちの声
最後の瞬間、愛する人の名を叫ぶ声、
生まれてくる子の幸せを祈る声

一人、ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて父がいた。

愛する妻や、恋人がいた。
成長を楽しみにしている、子どもたちがいたでしょう。
それら、すべての思いが断たれてしまった。
その厳粛な事実を思うとき、私は言葉を失います。

その御霊よ、安らかなれ。
思いを込め、私は日本国民を代表して、兵士たちが眠る海に花を投じました。

オバマ大統領、アメリカ国民の皆さん、世界のさまざまな国の皆さま。
私は日本国総理大臣として、この地で命を落とした人々の御霊に、
ここから始まった戦いが奪った、すべての勇者たちの命に、
戦争の犠牲となった、数知れぬ無辜の民の魂に、永劫の哀悼の誠を捧げます。


戦争の惨禍は、二度と繰り返してはならない。

私たちは、そう誓いました。
そして戦後、自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、
ひたすら、不戦の誓いを貫いてまいりました。


戦後70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たち日本人は静かな誇りを感じながら、
この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

この場で、戦艦アリゾナに眠る兵士たちに、アメリカ国民の皆さまに、世界の人々に、
固い、その決意を日本国総理大臣として表明いたします。


昨日、私はカネオへの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑を訪れました。
その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し母艦に帰るのをあきらめ、引き返し戦死した、
戦闘機パイロット飯田房太中佐です。

彼の墜落地点に碑を建てたのは日本人ではありません。
攻撃を受けた側にいた米軍の人々です。

死者の勇気を称え、石碑を建ててくれた。
碑には、祖国のため命を捧げた軍人への敬意を込め、
「日本帝国海軍大尉」と当時の階級を刻んであります。


The brave respect the brave 「勇者は、勇者を敬う」
アンブローズ・ビアスの詩は言います。
戦い合った敵であっても敬意を表する。
憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。
そこにあるのは、アメリカ国民の寛容の心です。

戦争が終わり、日本が見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、
食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国でありアメリカ国民でありました。

皆さんが送ってくれたセーターでミルクで、日本人は未来へと命をつなぐことができました。

そして米国は、日本が戦後再び国際社会へと復帰する道を開いてくれた。
米国のリーダーシップの下、自由世界の一員として、
私たちは平和と繁栄を享受することができました。


敵として熾烈に戦った、私たち日本人に差しのべられた、こうした皆さんの善意と支援の手、
その大いなる寛容の心は、祖父たち、母たちの胸に深く刻まれています。

私たちも、覚えています。
子や孫たちも語り継ぎ、決して忘れることはないでしょう。

オバマ大統領とともに訪れた、ワシントンのリンカーン・メモリアル
その壁に刻まれた言葉が、私の心に去来します。

「誰に対しても、悪意を抱かず、慈悲の心で向き合う」
「永続する平和を、われわれすべてのあいだに打ち立て、大切に守る任務をやりとげる」

エイブラハム・リンカーン大統領の言葉です。
私は日本国民を代表し、米国が、世界が日本に示してくれた寛容に、
改めて、ここに心からの感謝を申し上げます。


あの「パールハーバー」から75年。
歴史に残る激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな深く強く結ばれた同盟国となりました。
それは、いままでにもまして、世界を覆う幾多の困難にともに立ち向かう同盟です。
明日を拓く、「希望の同盟」です。

私たちを結びつけたものは、寛容の心がもたらした the power of reconciliation 和解の力です。
私が、ここパールハーバーで、オバマ大統領とともに世界の人々に対して訴えたいもの
それは、この和解の力です。

戦争の惨禍は、いまだに世界から消えない。
憎悪が憎悪を招く連鎖は、なくなろうとしない。
寛容の心、和解の力を、世界はいま、いまこそ必要としています。

憎悪を消し去り、共通の価値のもと、友情と信頼を育てた日米は、
いま、いまこそ、寛容の大切さと和解の力を、
世界に向かって訴え続けていく任務を帯びています。
日本と米国の同盟は、だからこそ「希望の同盟」なのです。

私たちを見守ってくれている入り江は、どこまでも静かです。
パールハーバー。
真珠の輝きに満ちた、この美しい入り江こそ、寛容とそして和解の象徴である。

私たち日本人の子どもたち、そしてオバマ大統領、皆さんアメリカ人の子どもたちが、
またその子どもたち、孫たちが、そして世界中の人々が、
パールハーバーを和解の象徴として、記憶し続けてくれる事を私は願います。

そのための努力を、私たちはこれからも、惜しみなく続けていく。
オバマ大統領とともに、ここに固く誓います。
ありがとうございました。

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