多摩川新聞ブログ

川崎の地域情報を提供する「多摩川新聞」の連動ブログです。

街の灯 議員と株取引

2012-01-28 08:04:32 | 街の灯
 新春早々、投書がわが社へ舞い込んできた。
 それによると、ある市会議員が頻繁に株取引をしているとのことだ。一般的な株取引なら罪にもならず問題はないはず。ところが、内容を良く見ると、通常行われる株取引とは違い、いわばプロ並みの投機的な株取引だそうだ。後援会にも株取引を指南しては支持を得て議員との繋がりを保っているとのこと。すなわち議員と後援会の人びととは株が取り持つ縁だという。
 議員の株取引は、ところ構わず、議員控室で堂々と株式の取引状況を調べ、良ければその場で売買契約をしているという。
 毎年議員の資産が公開されるが、該当する議員の資産には株式は見当たらない。おそらく妻か家族名義で取引しているのであろう。
 議会局で調べた結果、議員の株取引は何ら規則に抵触しないとのこと。しかし、議員控室は神聖な部屋であり正当な議会活動の場である。投書の内容が事実とすれば、議員控室を政治活動以外の株取引の場にするとはもってのほかである。株取引に頭を働かせるくらいなら、地域住民の要望や陳情に耳を傾け、それらに応えてあげるのが議員活動である。
 職員の株取引は禁じられている。23年前の1988(昭和63)年、当時の助役がリクルート社から未公開株を譲り受け巨額の利益を得たという事件以来、当時の伊藤三郎市長が市職員の株取引を禁止した。
 議員の株取引を止めよとは言わないが、議会活動と切り離し、ほどほどにしてもらいたい。(裕)
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街の灯 市民文化大使とは

2012-01-01 10:11:08 | 街の灯
 文化芸術・スポーツ分野で活躍している川崎市にゆかりのある人を「川崎市市民文化大使」に委嘱し、市のイメージアップに役立ってもらっている。また、国内外の姉妹都市や友好都市との交流事業や市内で行われる文化行事などに市長の代理として参加したり、文化振興についての提言を行うことになっている。
 2003年度に設置され、これまでにも多くの音楽家などを輩出してきた。文化大使になるには、美術、音楽、工業、映画、演劇、文学、芸能、伝統文化、民俗芸能、スポーツなどの分野で活躍し、その分野に造詣が深いことが要件とされている。
 昨年暮れ、第5期の文化大使にヴァイオリニストとスポーツタレントが委嘱された。市を代表する文化大使にスポーツタレントとは、なにか似つかわしくないような気がするが、いかがだろう。
 今まで、人形作家や能楽師、音楽家、映画評論家、女優などが選ばれていたのに、今回いきなりスポーツタレントが選ばれるなんて驚きである。これまでもスポーツ界から一人選ばれているが、それは肢体不自由でありながら、練習に練習を重ねた結果、アトランタ、シドニー、アテネ、北京のパラリンピックに連続出場し、合計20個のメダルを獲得し、市民に勇気と感動を与えてくれた。実に文化大使にふさわしい。
 そこへきてスポーツタレントが文化大使とは。彼の活躍は、もっぱらテレビ界が多い。テレビで川崎市のイメージアップをどうしようとするのか。
 そういえば、文化賞の選考にも問題がある。94年度第3回の文化賞の受賞者は、世界の指揮者・小澤征●さんだった。世界では有名だが、地元・川崎でコンサートでもしただろうか。地元密着で活躍している人こそ、文化賞や文化大使にふさわしいのではなかろうか。
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街の灯 テレビ公害

2011-12-11 07:54:49 | 街の灯
 いつも思うことだが、最近の民放テレビは実にくだらない番組ばかりを放送している。お笑いタレントや常識のないギャル、小学生までが出演して、実にナンセンスなクイズ番組に簡単な問題でも解答できない白痴タレントが、ただ面白半分に演じている。そして解答者にはサラリーマンでは得ることの出来ないほどの賞金が渡される。
 たまにドラマが放送されるかと思えば、刑事モノや血生臭い殺人事件モノばかりだ。実社会に影響していないとは言えない。そして、CMだ。極端に目立とうと派手な振り付けでタレントが踊り回る。昔のCMにはもっと夢とユーモアとペーソスがあった。
 ただ、視聴率を上げようと、面白おかしい番組だらけでうんざりだ。
 特にクイズ番組で、正解を放送する直前にCMを入れる。これじゃ視聴者はストレスがたまるいっぽうだ。
 ある教師が、児童たちが学校で授業中落ち着かないのは、アニメーションを観ているからだと分析する。あの早い動画を見慣れると、落ち着かないのはうなずける。
 たまに、文芸風のドラマが特集されても、最初は長い時間ドラマをながしてくれるが、終わりに近づくにつれてCMの時間が短く、せっかくの良い番組でもCMがじゃまをする。
 電波ドロボーといわれぬよう、良識ある番組編成を希望する。   (裕)
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街の灯 ながら族

2011-11-27 07:47:39 | 街の灯
 携帯電話の爆発的売り上げで、今や3人に1台は持っているといわれる。
 普及するのはいいけれど、その正しい使い方が問題だ。自動車を運転しながら電話をする。危険極まりない。自動車事故を起こさないのが不思議なくらいだ。なお、運転中に携帯電話を使用すると道路交通法違反になるのでご注意を。どうしてもかけたいときは、車をいったん止めて話をすると良い。
 また、自転車で走行中に携帯電話で話しかけたり笑ったりしながら通り抜ける。歩行者への危険も顧みずである。自転車は自然と蛇行して走っている。もし、歩行者とぶつかったら怪我をするのは間違いなし。そんなに急がなくても自転車で目的地まで行ってからゆっくり話したほうがよっぽどいいと思うのだが。
 車や自転車に乗って携帯電話を使う人ばかりではない。歩きながら一心不乱にメールを送っている。いわゆる“ながら歩き”である。電車を降りてホームの端を歩きながらメールをする。狭い道でも歩行者に構わずメールを送り続けながら歩く。当然,視界はゼロになり人や物にぶつかる。それでも反省するどころか平気でメールを続ける。
 近年、ツイッターが普及したおかげか、メールをする機会が急増したように思われる。しかし、どんな便利な文明の利器でも、扱う時やタイミング、それに使い手のマナーが問われていいのではないか。
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街の灯 義援金はどこへ

2011-10-09 07:29:14 | 街の灯
 3月11日から7カ月を迎えようとしている。被災地への義援金が世界各国はもちろん、日本中から寄せられている。
 川崎市内からも各種団体や個人から多くの義援金が贈られた。日本赤十字川崎支部長を務める阿部孝夫市長へも数多くの義援金が贈られた。
 しかし,日赤からはなんの数字も示されず、果たして総額でいくら寄せられたか不透明だ。みんなが心をこめて贈った義援金が、いったいいくらなのか、被災者へ届けられたのだろうか、はなはだ疑問だ。
 なかには幼い子どもからの義援金もある。義援金がどれだけ集められたのか、それらがいつ、どこへ渡されたのか数字を示してほしいものだ。全国から相当額の義援金が寄せられたに違いない。真に被災者の役に立っているのだろうか、明らかにしてほしい。
 今月から赤い羽根運動も始まった。これらも全国でいくら集められ、どういう使われ方をしたのか明らかにされていない。
 日赤のことだから間違いはないとは思うが、数字を示してくれない限り余計な心配をしたくなるから不思議だ。
 全国民に分かるように義援金の出入りを明らかにしてほしい。(裕)
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街の灯 どうにかならないか

2011-09-02 13:48:53 | 街の灯
 2011年3月11日、東北三陸沖を襲った東日本大震災。連日テレビで倒壊家屋などの流失したがれきの山を映し出されるたびに被害の甚大さと胸が痛む。それに加えて福島の原子力発電所の爆発事故だ。震災から四十九日も過ぎ、2ヵ月あまりになろうとするのに遅々として進まない。約1万人以上の行方不明者の救助もまだだ。
 世界に冠たる技術王国・日本ではなかったのか。日本人の優れた技術で早期解決はできないものか。
 岩手、宮城、福島の3県で生じたがれきは合計最大約2490万㌧で、阪神淡路大震災の1・7倍に及ぶという。各県別では岩手県で600万㌧、宮城県で1600万㌧、福島県で290万㌧という。
 この中には当然、船舶や自動車などは含まれておらず、実際の量はさらに多いとみられる。
 津波を被った木材などのがれきは塩分を含んでいるので燃やすと有害物質が発生しやすいうえ焼却炉が腐食する恐れもある。また、撤去作業などで破傷風にかかる可能性もあり自治体では注意を呼び掛けている。
がれきの仮置き場も足りないのも頭の痛いところ。完全に処理できるまでには3年はかかるという。
 もっと、がれき処理にしても原発事故にしても世界中から英知を集めて支援してもらったらどうだろう。
 もう2度とテレビ画面でがれきの山を見たくない。(裕)
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街の灯 それでも教諭か

2011-08-10 07:20:59 | 街の灯
 川崎市立小学校の33歳の男性教諭が、東京・八王子市で11歳の女児をナイフで脅し車に乗せて逃走したところを警視庁にわいせつ目的略取容疑で現行犯逮捕された。
 こともあろうに女児の裸をデジタルカメラで撮ろうとして連れ去り逮捕された。教諭ともあろうものが、もってのほかの行為と言わざるを得ない。教諭としての資質が大いに問われる。
容疑者は、2006年春ごろ、勤務先の放課後活動拠点で行き過ぎたスキンシップをとったり、施設外で当時小学6年生の女児と交換日記を交わすなどしたため同年5月に解雇されていた。こうした事実について市教委は「まったく把握していなかった」という。
採用時に、もっとしっかりした厳格な調査ができなかったのか。
市教委によると、小学校だけで毎年200人前後の採用があるため個別調査が困難なうえ、個人情報が大きな壁になっているという。
保護者会では、クラス担任の変更や児童の心のケアなど、今後の対応が説明されたという。個別の相談には高津区の市総合教育センター24時間電話相談窓口でも受け付けている。
 何はともあれ、これからの採用にはくれぐれも慎重を期し、ふさわしい人材を採用してもらいたい。(裕)
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街の灯 一年生議員殿

2011-08-04 19:38:16 | 街の灯
 一年生議員殿、当選おめでとう。激戦の中を闘いぬきみごと当選しました。そこで、“馬の耳に念仏”とは思いますが、議員研修を行います。
 ▽自惚れるな 当選したのは、あなた自身の実力だけではない。後援会の人びと、有権者のみなさんの地道な努力があったればこそ当選できたのだ。一票を投じてくれた人びとを決して忘れるな。それでなくとも、一年二年と経つうちに過信に陥り、自分ひとりで偉くなったと錯覚する議員が多い。
 ▽誘惑に負けるな 「センセー、センセー」と呼ばれるようになると、業者からの誘惑が多くなる。接待の裏にはなにか魂胆があるものだ。誘惑に負け、酒色におぼれた議員を何人も見てきた。あなたは決して誘惑に負けるな。
 ▽ウソをつくな 選挙前に誓った公約は必ず守れ。議員とはいえ、実現できるものとできないものがある。支持者の陳情には、できないものはハッキリとできないと断れ。格好つけてお調子よく引き受けるな。守れないことは、結局ウソをついたことになる。
 ▽温故知新 一年生議員は決して偉ぶるな。先輩議員やベテランの職員たちに頭を下げて親切丁寧な指導を受けること。ただし先輩の良いことは真似ても、悪いことは決して真似るな。
 ▽勤勉であれ 一年生議員はとかく勉強のときだ。多くの書籍に目を通し、条例を読み、しっかり勉強せよ。知ったかぶりは禁物。
 ▽ドブ板行政に徹せよ 大きなことにはて手をつけるな。先ず地域の生活道路や信号機の設置など、地元民の声を聴き、行政との橋渡しをせよ。一年生から大きな事業がやれる筈がない。
 ▽風見鶏になるな あっちに良いように、こっちに良いようにと、“八方美人”にはなるな。主義主張をハッキリ示せ。
 ▽回答は速やかに 地元民からの陳情などには速やかに対応せよ。ああでもない、こうでもない、と回答を引き延ばしてはいけない。有権者や地元民の要望には即回答せよ。
 ▽党利党略に溺れるな 地方議員にはあまりイデオロギーは必要ない。会派を超えて地元の代表として選ばれたのだから、党利党略に溺れることなく、地域の良きセンセーになれ。
 ▽三人の友を持て 議員生活を円滑に送るため、法律や条例に明るい弁護士、身体の健康を常に気遣ってくれる主治医、そして良きマスコミ人の三人の友をつくれ。これで、あなたの議員生活は安泰だ。健闘を祈る。     (裕)
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街の灯 大和なでしこ

2011-07-20 07:18:13 | 街の灯
 東日本大震災や東京電力第一原子力発電所の事故など暗いニュースが相次ぐなか、日本列島をわかしてくれたのが女子サッカーW杯での大和なでしこの快挙だ。あの小さい身体で体格でアメリカ勢と五分で闘い、最後はPK戦で勝利をものにした。
 もともと大和撫子(なでしこ)とは、日本女性の清楚な様子や美しさを褒めたたえる意義につかわれる。
かよわいながらも凛凛しいところがあるという日本女性の形容そのものだ。
 世界制覇の見返りに臨時ボーナスを出したり、出身地では栄誉をたたえて栄誉賞やスポーツ賞を授与したりしている。
また、銀座パレードも検討しているという。政府も重い腰をあげて国民栄誉賞を検討中という。大いに結構なことだ。
勝因は、決してあきらめない粘り強さにネバーギブアップの精神、団結力、それに技術が結集されたことだろう。
 ところで、撫子という花をご存じだろうか。赤、白、ピンクなど色とりどりの可憐な花を咲かせる。
暗いニュースばかりの日本列島に、みごとな大りんの花を咲かせてくれたナデシコジャパンに惜しみない拍手を送ろう。(裕)
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街の灯 太郎生誕一〇〇年

2011-07-19 07:07:46 | 街の灯
 今年は芸術家・岡本太郎さんの生誕一〇〇年にあたる。これを記念して、川崎市岡本太郎美術館はもとより、国立近代美術館などで岡本太郎展が開かれている。また、演劇も上演されTVドラマも制作された。
 多摩川新聞社と太郎さんとのかかわりは、昭和58(1983)年の秋にさかのぼる。その前年、東急田園都市線たまプラーザ駅前のたまプラーザ東急百貨店(横浜市青葉区美しが丘)がオープンした。翌年の秋、「なにか文化催事を企画してくれないか」との要請に応え、地元・高津区にゆかりの太郎さんの実母・岡本かの子をモチーフにした文学展「岡本かの子展」を開催した。その折、実行委員会の委員長に太郎さんと従兄弟にあたる故大貫誠さんに依頼した。そして太郎氏を招待した。そのとき初めて東京・南青山の太郎さんのアトリエを訪問した。
 南青山からたまプラーザまでハイヤーで迎えたが、太郎さんは後部座席ではなく運転手の隣に座り、移り行く車窓を眺めてはしきりに、「ここはどこだ」と尋ねる。
その後20年前、多摩川新聞創刊30周年を記念して記念誌をつくることになり、その表紙を太郎さんの絵で飾りたいと依頼したところ、大貫氏の紹介ということで快諾していただいた。
 表紙の色校正に何度となくアトリエを訪れたが、最後まで納得せず、とうとう平野敏子さん(後の養女・岡本敏子さん)の仲介で了解してもらったいきさつがある。今では懐かしい思い出である。
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