バカブンド

探し物はなんですか?

「ディナーダ」風がふくままに バラティな住民 力道山は強かった

2017年06月16日 06時22分24秒 | ロード人
旅はこうして始まった・・・

安い家賃で泊まれる簡易旅館なので、色んな人達が住んでいた。
俺は子供だったから、面白くもあり変でもあった。
昼はお菓子職人のスカートさん。夜になると赤い口紅を塗りスカートをはいている。
だから、皆からスカートさんと呼ばれていた。
背が小さくて喧嘩もあまり強くない、背中に刺青を入れていた鳶のケンちゃん。
酒くせが悪く、酔うと難しい話をして人に絡む先生。
「本当に、中学校の先生だった」
同じ先生でも、お酒も殆ど飲まない真面目な教頭先生。
「この人も、本当に小学校の教頭先生だ」
築地の河岸で働いている山さん。エキストラで役者を目指している役者さん。他にも、印鑑造りの職人さん、大酒飲みのケイゾウさん、
「色んな人がいた」
近所からは敬遠された家だった。
本当によく喧嘩騒動がおきて、警察からも要注意の家だった。
よく来る警察官の人の中には、親父の満州警察学校時代の人もいた。
「親父は怖かった」
こんな家の中で俺は育った。

家は貧乏で子沢山、でも、いつも笑っていたような気がする。
友達のタコちゃんの家は、電気屋でショウウィンドウにテレビを置いてあった。
水曜日の夜の八時になると、そこは人の山。
「プロレスだ」
力道山を見る為に集まってくる。
大歓声の中での一時間。終わって帰る時にその人達を見ると、殆どは家に泊まって居る人ばかりだ。何十人も同じ家にぞろぞろ帰る事が、不思議に誇らしく感じた。
「何故か解らない」

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