バカブンド

探し物はなんですか?

「ディナーダ」風がふくままに 思い出色々 あの時あの歌 ハワイで甦えるシーン

2017年10月17日 07時56分57秒 | ロード人
旅はこうして始まった

十年以上の旅の中で、幾つかの鼻歌と思い出は重なる。
あれは、雪が結構降っていたジュネーブの街。フランクフルトを出てから仕事もなくたどり着いた。
日本レストランとは違う雰囲気で、洋食屋のような店。暖かい食事を注文して、
食べてからバイトはないかと聞いて見た、雇ってくれるという。
「嬉しかった」
当分の間の寝る所と食べる事の心配が消えた。その時、清水健太郎の「失恋レストラン」
の歌が俺の頭に聞こえた。別に失恋したわけではないが、雪の中でたどり着いた暖かい店は、
俺には心を暖めくれるレストランだった。だから俺の中では、ジュネーブの失恋レストランで記憶した。
それから、パリを出たり入ったりで楽しく生きていた時、この時はお金もありブランド品なんかを買ったりしていた。朝までカフェで人生の話を、ここに集まった色々な奴と夜を明かした。
「これは俺の一つの時代」
中島みゆきの「時代」、この歌を今でも聴くとパリを思い出す。
「懐かしくて目が熱くなる」
この時に知り合った女が今の女房。彼女とはロンドンでの生活もある。この時に流行っていた歌で、
さだまさしの「関白宣言」と言う歌があった。歌のようには行かずいつも喧嘩、でも、今は結婚を
しているのだから幸せかも。
思い出と言うより、俺の中でのハワイは加山雄三のイメージが強く、どうしても「お嫁においで」
の歌が自然と鼻歌になる。これは憧れと子供の時の懐かしさかもしれない。

夕方になって来たので、そろそろアパートに帰る事にした。
上の子供は女房から教わったのか、帰る時はいつも「夕焼け小焼け」を歌う。
この子の思い出の歌と場所はハワイは入るだろ。ワシントンに居た時はテレビを見て、
シンディローパの意味も解らない歌に「ウンー、ウンー」と言いながら踊っていた。
「あれも思い出の歌と場所になるのかな」

『コラム』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「ディナーダ」風がふくまま... | トップ |   
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ロード人」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。