フリーアナウンサー 松原敬生の『今日のエッセイ』

思っている事、感じている事などを自由に綴ります。

話す力

2016-08-28 22:00:51 | Weblog
地球は狭くなりました。といっても面積が狭くなったわけではなく、交通の発達や、国際機関の充実によって世界の人々の距離が近くなったからです。
日本人は交流において話し合いはどうでしょうか。もともと日本は読み書きを寺子屋時代から学び、話す力にはそれほど力を入れてこなかった歴史があります。「沈黙は金、雄弁は銀」とか「巧言令色鮮仁」つまり、わざわざ発言しなくてもわかってくれる、あるいはいちいち言うとカドが立つとして黙っていることが多いのが日本人です。こうした以心伝心では国際会議や交渉では通用しないのです。こうなると小学校教育から生徒に自己主張の機会を多く与え話す力を強化しなくてはなりません。
問題は喋る中身です。感情論に走ることなく聞く人に耳を傾けさせる内容と論理を持つことが大切です。ともすれば日本人は議論すると形勢が悪くなると相手の議論を封殺するきらいがあります。こじれると人間関係まで変になってしまいます。話す力はグローバルな世界として必要です。

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手ぶら

2016-08-27 23:59:57 | Weblog
携帯電話が普及しはじめた頃、首からヒモのようなものをぶら下げて歩く若者が多く見られました。手ぶらアイテムで「ネックピース」と呼ばれるものです。当時の若者はアクセサリーとして可愛いし、すぐに電話が出来て便利だと口を揃えていました。
ところが時代は変わり今は、携帯いやスマホは手に持って歩きながら使用するものばかりです。手ぶら意識はすっかり変わってしまいました。手ぶら意識はあるかも知れません。何故ならばリュックを背にする人は物凄く増えています。手ぶらの効用を楽しんでの事でしょうが、実はスマホを手で扱う為のリュックだと思えるのです。電話をしながら、音楽を聞きながらと「ながら歩き」がすでに常識の状況なんです。
それに加えて「ポケモンGO」が登場して、さらに周りが見えなくなっています。早くもそれによる交通事故さえ起きています。今後どんなふうになって行くのでしょう。むしろ、手ぶらの悪いところがふきだしてきていませんか。

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勝った時、負けた時

2016-08-26 23:36:30 | Weblog
リオ五輪では日本が過去最高のメダル数を獲得し、我々もその都度大喜びしました。しかし外野からは勝利した選手の喜びように対して苦言を呈する人もいるから世の中広いものです。まあ、日本には「勝って兜の緒を締めよ」の格言があるくらいですから、そんな意見も出るのかも知れません。
ところで勝負事は負けた時が問題です。かつてある囲碁棋士が「あの時にあそこに打っていたら、ここに気づいていればの、タラ、レバは駄目なんです」と語っていました。そして負けた時の心の持ちようなどをさらに語っています。「失敗や負けを嘆く悠長な時間はない、負けた時こそ人間は謙虚に反省する絶好のチャンスである」と。負けた時こそ元気が必要なんですね。そして勝った時は、ひとりになった時に「よくやったね」と自分を少し誉めたあとに敗者の気持ちも知るべきかも知れません。確かに敗者の気持ちをしれば余り有頂天になれませんね。対戦相手も「グッドルーザー」になろうとしているでしょうからね。

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内弟子

2016-08-25 23:19:05 | Weblog
インタビューする歌手のプロフィールの中には、内弟子経験のある人が多くあります。そのほとんどは、歌手志望の若者が作曲家の内弟子になるわけです。よくよく話を聞くと、内弟子になると時間の許す限り歌唱指導を受けることが出来ると思いがちですが、実は多くの内弟子は、歌唱指導はなかなか受けることは出来なかったようです。先生の運転手役を勤めたり掃除をしたりと、むしろ付き人的な仕事が多くあるようです。しかし内弟子経験者は皮膚に刻みつける苦労をすることによって、歌手として人格を磨いてゆきます。その間に先生の持つ芸術感覚を盗んでいきます。逆に作曲家の先生も一緒に生活することによって、この内弟子のデビュー曲はこんな曲がよいだろうと考えるのです。中には10年近くも内弟子生活を続けた歌手
もいるくらいです。
先生が歌手の場合は弟子の方も、来る日も来る日も師匠のステージの袖から師匠の歌をじっくりと盗むわけです。そうした内弟子生活の経験者ほど人間味が溢れていると思うの私だけでしょうか。

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名古屋めし

2016-08-24 23:57:54 | Weblog
読書の秋、音楽鑑賞の秋が近づいて来ました。いやいや、食欲の秋だと力説する人も多いですね。食欲の秋を代表する味覚としては、やはり秋刀魚でしょう。脂ののった秋刀魚と考えるだけでお腹が鳴りそうです。
名古屋の人は秋刀魚よりも名古屋めしだよと胸をはる人も多いかも。確かにここ数年で名古屋めしの知名度は全国的に拡がりました。その名古屋めしとは「ひつまぶし」「みそカツ」先日創業者が亡くなった「手羽先」「てんむす」「きしめん」「あんかけスパゲティ」「台湾らーめん」などが挙げられます。名古屋にキャンペーンに来た歌手にインタビューしていて、たまに名古屋めしの話に興ずることもありますし、また好みもまさにそれぞれです。地元客も名古屋めしは大好きで、好みのお店には旅行客だけでなく、地元客も大勢食欲を発揮しています。
この名古屋めしの中で個人的に不思議なのは手羽先です。鶏肉が苦手の私でもこの手羽先だけは食べることが出来ます。決して「名古屋愛」からではありませんがね(笑)。

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花火大会

2016-08-23 20:48:14 | Weblog
夏は各地で花火大会です。夏祭りの目玉はなんといっても打ち上げ花火ですからね。景気のいい時にはドンと花火、景気が悪くなっても不況を吹き飛ばす時にはさらにドン、ドンです。
日本人は花火好きのせいでしょうか、花火業界は景気に左右されないといいます。全国の大規模花火大会は三百を超えると言われます。その大半が夏に行われますから、毎日のように大規模花火大会がどこかで行われているわけでしょう。この27日には大曲の花火大会が行われます。毎年テレビ中継されますから、お馴染みです。
江戸時代の両国の花火大会以来、花火の製造技術はダントツの世界一だと思います。手が器用なところと日本の完璧な職人芸が支えているからです。三大花火がどれとどれと言い切れないくらいでしょう。数、音、震動などそれぞれが特徴を表しながら夜空を彩ります。
沢山の花火を鑑賞しましたが、変わった形で印象に残っている花火は、山と山の間で車を走らせながら見た山花火です。写真に撮らなかったのが残念です。

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デパ地下

2016-08-22 23:50:41 | Weblog
時々、デパ地下なる場所を巡ることがあります。賑やかで活気がありますね。見掛ける光景にメモを片手に買い物をしている男性も珍しくありません。たぶん奥さんから頼まれた買い物でしょう。それぞれが嫌がっている様子もなく、むしろ楽しんでいる感じです。
もともと食料品売り場のあるデパ地下などは、広場や大通りと同じようなコミュニティの場であり、心が踊るところでもあります。休日ともなると急にお年寄りの男性が増える気がしますね。こうした男性は自分の同志という感じが湧いてきてのびのびとした気持ちが持てるので不思議です。つまり人目を気にすることなく買い物が出来ます。かつて商店街で覚えた気恥ずかしさも全くありません。積極的に試食品に手を出す人も多くあります。そして気に入れば早速その品物を購入します。食料品を買う楽しみさえ覚えたのでしょう。最近は健康指向の為に、健康に良いとされる野菜に目を向けていますよ。

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癒し

2016-08-21 23:54:03 | Weblog
相変わらず「癒し」という言葉がいろんな場面で使われています。癒しとは病苦などからの解放という重い意味を持った言葉ですが、それほど拘った意味ではなく良く使われるのはたまったストレスを和らげたい、ちょっと落ち込んだ気持ちをリフレッシュしたいというぐらいの感じで、これもマスコミが作り出したポップな流行語の一つでしょう。
世間には仏もいますが鬼もいる、だから理不尽もあり不条理もあります。それによって心はくたびれ、傷もつきます。そこで癒されたいという願望が生まれます。昔は癒しという言葉を使うこともなく、「これも修行」とか「勉強になった」などと耐えていく姿勢をとったものでした。戦後のストレス緩和装置が働いて癒しになったのでしょう。
ただ心配なのは、癒しという言葉と並行して「キレる」や「ムカつく」などの言葉も台頭して来ました。我慢出来ない世代が増えてしまった証拠の癒しプームなんでしょうか。

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鼻濁音

2016-08-20 23:50:38 | Weblog
「午後5時、5号車で語学の先生に会う」これを読んでみて下さい。何のこと?と思うかもしれませんね。それは鼻濁音が上手く発音出来るかのリトマス試験紙になる文章なんです。最近はアナウンサーの中でも鼻濁音を上手く使えない人が多くいます。鼻濁音というのは「が行」の子音を発音する際に音を鼻に抜くことです。もともと中国、四国、九州地方では鼻濁音を使わず、関東でも使わない地域があるようです。だから、鼻濁音を使おうが使うまいがどうでもよいかも知れませんが、日本語の美しさを保つ方策の一つですから、大切にして欲しいと思うので残念な現象です。
歌手の中にも鼻濁音を使えない人が増えています。鼻濁音そのものを知らないのではないかと思うくらいです。かつて山口百恵さんは鼻濁音使いが完璧でした。一度「いい日旅立ち」を聞いてみて下さい。模範的な鼻濁音の発音で歌っていますから。年齢が若い人ほど使う比率が下がっていますから大変ですね。

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居ながら

2016-08-19 22:47:59 | Weblog
この世から消えたものに駅などにあった伝言板があります。若いひとの中には伝言板その物を知らない人もいるのでしょうね。確かに携帯電話ほか諸々の普及で、個人同士の連絡は簡単に出来る世の中になりました。そういえば大学生も大学からの連絡は、昔は構内の掲示板から知ったものでした。今はパソコンや携帯電話から電子掲示板にアクセスして知ることが出来ます。突然の休講でさえ、学校に行かずに知ることが出来るのです。
銀行の入金記録も自宅のパソコンから確認出来るんですからね。読書でさえパソコンやスマホで簡単に出来ます。その意味で大変な時間の節約になっているわけです。
ただ、資料を集める為にさらに資料を集めるなどと際限なく連鎖してしまいます。便利さと裏返しの状態ですよね。ですからITを本当に効率化に役立つようにするには、結局は使うものの心構えとセンス次第ということになるのでしょうね。とは言っても私は相変わらずガラケーですが(笑)。

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