古民家ギャラリーうした・Pカフェ便り

古民家ギャラリーうしたと隣のPカフェで催している作品展、販売しているマフラーetc、日々の発見!を紹介していきます。

生徒募集のお知らせ!!

2017-11-25 13:04:33 | カフェ、ギャラリー
広島市、東区、牛田本町の古民家ギャラリーうしたで



糸紡ぎと絵画の生徒を募集しています。



根気とやる気さえあれば、どなたでも素敵な




マフラーが織れます。家で眠っている織り機



などがありませんか。丁寧に鶴岡たか先生(72)



がお教えします。




長年、織りをやるのが夢だったという生徒さんは、自



分の織り機でご自分の娘さんとご自分の素敵なマフラー



を織って、感激しておられました。



八十過ぎの方も習いに来て、素晴らしい織り絵を作られまし



た。



豊富なアイデアと経験で、どんな方でも織れるよう



お教えします。



不安な方は、糸紡ぎカフェとして、コーヒー付きで




1000円で体験もできますので、こちらを利用さ



れるといいと思います。



絵画も、障害者の方も来られていますし、子どもも



来ています。主婦の方でも、ご高齢の方でも大丈夫です。



どうぞお気軽にお問い合わせください。



古民家ギャラリーうした・Pカフェ


                   082(221)5401まで
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骨笛   皆川博子

2017-11-16 15:42:03 | 小説の紹介
短編の連作。後半で一気に物語が紡がれていき



全体が浮き上がってくる。幽霊がでてきたり、


ドッペルゲンゲンといってでてきたり、幻想的



なワード、沼猫、骨笛、が面白く感じた。その



世界観は強固でゆるぎない。そして、それでいて



軽やかで不思議である。



なにか少女性みたいなものを強く感じる。処女性



と言ってもいいのかもしれないが。この世界の


根底には汚れてはならないものがある、と言う気



持ちの裏返しとして、中学生で流産して自殺した


泉や妊娠できない体になった母親と言うモチーフが



出てくるのだろう。そこには犯すべかさざる神聖性



さえ感じることとなる……。
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日日不穏  筒井康隆

2017-11-05 10:41:51 | 小説の紹介
中公文庫 1987年11月



「日日不穏」ではキ×ガイのひとの手紙から、大江健三郎


先生の書簡まで載っている。いろんな人の想いと言うもの



を知ることができる。


「日日不穏」では読書日誌として読むことができます。




こういう読書日誌的なものがボクは好きであるのだなあ、



と気づきました。筒井先生深いなあ、とつくづく、人間の




底の深さを知るのです。俳優としては、あまり興味がない



けど文学者としての功績は尊敬しておる次第であります。


弟さんの正隆さんの若くして亡くなられた記述で終わっている。



相当、弟さんはムリをされていて、十二指腸潰瘍だったという。


心痛、お察し余りある。それがよく伝わってきて、涙してしま


った。



一気読みしてしまいました。
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青春放浪    檀一雄

2017-10-26 09:48:16 | 小説の紹介
今回は、小説をご紹介したいと思います。読書の秋、



僕は年中読書してますけどね。



檀先生の満州で送った、あるいは、帝大に在籍してい



たころの手記。




帝大には、3,4回しか行かなかったという、それ




なのに卒業できたって、天才としか言いようがない。




帝大の池の鯉を釣ろうと躍起になって、ようやく釣り上げ




コイコクなどして食して、おわびにカエルを放したという。




その池は今もあり、カエルは生きているだろうか?いや、




そんなはずはないだろう。




何度も結婚しようとして失敗している。4人の女性とうま




くいかなかったらしい。その顛末を描いているので、それは、




とてもおもしろくよませていただいた。




檀先生は僕の敬愛する作家のひとり。美食の師である。




食うということに目覚めたのは檀先生のおかげである、と思っ




ている。おかげでデブ一直線だったけどね。短く太くと言う



生き方は素晴らしい。まあ、僕は長生きしたいですけどね……合掌。
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山頭火と牛田展 10.3(火)~今日から

2017-10-03 08:06:29 | カフェ、ギャラリー
とうとう始まります、山頭火と牛田展。



今回は作品にしている句からご紹介してゆきたいと思います。



陽のある方へ漕いでゆく



希望に向かってひたすら進んでゆきたいという、気もちが表れて




いるようで、すがすがしささえ感じる句です。僕もこのようにあ



りたいと思います。



はてしない旅もをはりの桐の花




これは、延々と続くかに思える人生もいつか終わりを迎え、そのときには




きっと桐の花のようなきれいな景色が広がっていることだろうという、人



生に対する感慨を歌ったもののように僕には感じられます。実際に、山頭




火は旅していたわけで、それを指しているのでしょうが、普通に暮らして



いたって生きてるだけでそれは旅しているようなものです。なにも旅だけ



が旅ではないのです。精神の持ちようでいかようにも旅することができるの



だと僕は思います。



今回の最後は、



こんやはここで涸れてゐる水



溢れ出る泉が枯れていたのでしょうか。こんや、水が枯れているために



一掬いの水さえ飲むことができないという、切なさ、哀しみを表してい



るように思えます。また、今日はいい句が作れなかった、という才能が




枯れてしまったのではないか、という不安をも表してるのでしょうか。



なにかもの悲しい、それでいて、未来に対する希望を切に願っている姿も




想起される句です。



それらの句が、鶴岡たかの手により、柿渋と藍染の技法で、生き生きと



表現されています。



その句の世界観を楽しむもよいでしょう。山頭火自身の人生を想うのも



いいかもしれません。言葉には魂が宿ると言いますが、たしかに、字に表現



されたことで新たな魂が吹き込まれたように僕には感じられてきます。













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