WWOOF巡礼 88ヶ所を巡る旅

日本と世界の農業コミュニティを巡る旅。旅の途中で見た風景、旅で得た自然と共に生きる技、そんなことを伝えられたらいいな。

加計呂麻島海塩工房(3)−奄美諸島加計呂麻島

2006年04月15日 | Weblog
《塩作り2》

翌朝工房に来てみると塩水濃度は20%になっていた。薪は全て灰か炭になっているが、風を入れて起こすと燻り始める。まだまだ熱い。

今日は、この20%のカン水をゆっくり熱して塩の結晶を作る作業だ。塩分濃度が20%前後から硫酸カルシウムが出始める。それが終わり沈殿し、26%の濃度になるくらいから塩化ナトリウム(いわゆる塩)の結晶が出始める。

カン水を作る時とは違い、塩の結晶を作る作業はデリケートだ。決して急がずゆっくり塩水を熱し続ける。強い火で一気に結晶を作ると固い岩塩のような塩ができるし、こげる可能性も高くなる。結晶ができ始めてからは火加減は微妙になる。水面の動きを見ながら薪を1本単位で追加してゆく。

サクサクしたフレーバー状のおいしい塩を作るには、ゆっくりゆっくり結晶化させてゆくことが重要だ。熱し始めてしばらくすると表面に薄い結晶ができ始める。ある程度の大きさになると自らの重みで結晶はゆっくりと沈んでゆく。そしてまた表面に結晶ができ始め、できては沈み、できては沈みして塩の結晶が鍋の底に堆積してゆく。

30kgの塩の結晶ができる頃にはあたりは真っ暗だ。翌日結晶をすくいあげて、穴の空いたバケツに入れて水をきる。下からでてくる透明の液体がニガリだ。塩の結晶はみごとなフレーク状になっている。なめてみた。おいしい!!できたての塩の味だ。窯に残った消し炭を七輪に入れて、肉や野菜、魚を焼いた。味付けはできたての塩だけだ。おいしい。

3月31日の大潮の干潮の時間に貝ひろいにでかけた。サザエをはじめいろいろな貝を採り、魚をついた。それに塩をまき七輪で焼いて食べる。こんなごちそうは都会ではめったに食えない。贅沢な時間だ。

加計呂麻島では、榊さんをはじめ奥さんにも大変お世話になった。奥さんは現在病気で体の調子は万全ではないが、頭の良い人だ。ここの工房も奥さんあってのものだと思う。

この後、屋久島に4日、鹿児島に3日いて、現在、奈良県の東吉野村にいる。このあと東京に一旦もどり、体勢を立て直して東日本、北日本のウーフをする予定だ。日本ウーフ前半のブログはこれで終わりだ。後半のブログは、知識ではなく個人的な体験を日記調で書いて行きたいと思っています。

写真は、できたての塩の結晶です。
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加計呂麻島海塩工房(2)−奄美諸島加計呂麻島

2006年04月15日 | Weblog
《塩作り》

生まれて初めての塩作りだ。丸太のような大きな薪をドンドンくべる。ここでは直接火にかけて海水を蒸発させる。釜は、黒糖作りに使うステンレスの平釜を使い、登り窯の3段釜になっている。

1日目は海水を熱してカン水を作る作業だ。カン水とは塩分濃度が20%の塩水だ。海水はもともと塩分濃度が3%だから、それを20%まで濃縮する。量でいうと約7分の1になるまで蒸発させることになる。カン水の段階では、気を使わずガンガン薪を燃やせばよい。

朝9時頃から薪を燃やし始め、夕方までひたすら海水を沸騰させ続ける。工房中に蒸気が充満し前が見えない。まるでスチームサウナだ。ミネラル分の含んだ蒸気なので肌にはいいらしい。この蒸気を有効利用できないかと榊さんは考えているみたいだ。

窯の温度が高くなり、薪をくべる僕の顔も赤くほてる。Tシャツ姿でも汗びっしょりだ。暑いので時々は海に行き顔や足を海水に浸す。気持ちいい。この暑さでは夏はさぞ大変だろうと聞いてみると、夏は夜の作業になるという。昼間はとてもできないと。

ここ加計呂麻島に杉はない。あるのは松ばかりだ。だから必然的に、マツヤニという油を含んだ松が薪に使われる。確かによく燃える。軽トラックいっぱいの松がドンドン燃えて消えていく。薪を伐採し運び込む苦労や人件費を考えると、天然塩が高くなるのもよく理解できる。

ときどき観光客が見学にくる。榊さんも僕も作業の手を休めて話す。ご夫婦で観光しており、奥さんは軽いアトピーだそうだ。ここの海がアトピーに効果があるという話を榊さんが熱く語る。しばらく養生しようかとご主人が奥さんをからかっている。ほほえましい光景だ。

夕方まで薪を燃やし続けた。あとは薪を窯に詰め込めるだけ詰め込んで帰ることにする。翌朝工房に来る頃には20%のカン水ができているはずだ。

写真は、3段の登り窯です。
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加計呂麻島自然海塩工房(1)−奄美諸島加計呂麻島

2006年04月15日 | Weblog
ウーフの旅9ヶ所目にして初めての離島だ。熊本県の小国町という標高500mのところからの移動。寒い高原から南の島。このギャップがすごい!!晴れた日にはTシャツ姿でも寒くないが、海に入るには少々早い。それくらいの気候だ。

ここのウーフホストは榊さんご夫妻だ。榊さんは奄美の元役場職員で、脱公務員して塩作りを始めた。昔ながらの作り方にこだわり、数年間試行錯誤を続けた。「塩作りは単純な作業だ。でもだからこそ突き詰めていくとキリが無いほど奥が深い」日焼けした顔をほころばせながら榊さんが言う。

ただ綺麗なだけではなくここの海には力がある。アトピーの治療のため毎日サンゴの海にはいる人もいる。五右衛門風呂の釜が割れていたため僕は入ることができなかったが、海水風呂に入る治療法もあるという。タラソテラピーのような施設も将来的には作りたいと榊さんの夢は広がる。

当たり前だが、塩の良し悪しは海水で決まる。ほとんどの商品には成分表が表示され、何が含まれているかを消費者は知ることができる。しかし、何が含まれているかは重要でないと榊さんは言う。海水の中に含まれる塩分の成分はほとんど変わらないからだ。それより大事なのは、何が含まれていないかだという。つまり海水の中に汚染物質がどれだけ含まれていないか、それが重要なのだ。そして、汚染物質が出来る限り含まれていない海で、しかも潮の流れが速く、海洋生物が健全な形で生息している、そんな海が塩作りには理想だそうだ。

滞在初日にポンプが壊れ、もしかしたら滞在中に塩づくりが体験できないのではと内心不安に思っていたが、工夫して海水を釜に汲み上げることができた。明日はどうにか塩作りが体験できそうだ。塩工房ちかくの海は徳浜と呼ばれている。それにしても美しい。ビーチ周辺にはサンゴ礁が広がっており、その先、サンゴ礁が切れた辺りから急に深くなる。そのため海の青さが何段階にも変化している。次回塩作りのレポートをお届けします。

写真は、工房ちかくの海です。
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時松きじ屋蕨原おわて(8)−大分県九重町

2006年04月11日 | Weblog
《合鴨農法》

滞在した時期が田植えの時期ではなかったので、実際に体験したわけではないが、聞いた話として参考までに記したい。

卵が孵化するまで鳥の場合何日かかるか、知っている人は少ないと思う。種類によって違うらしく、鶏は21日、鴨は28日かかるという。今年は大体いつ頃が田植えの時期かわかったら、必要な数のヒナがその日にかえるよう卵を孵化器に入れる。気候が冷涼なこの地方では平地よりも雑草が少ないので、鴨の数は1反あたり8匹くらいでいいらしい。予備を考慮して16個くらいの卵を孵化させる。

田植えが終わり、水を張ったばかりの水田に、生まれたばかりの小さな鴨のヒナを放つ。カラスに襲われるといけないので常に人がいなければならない。また、生後10日〜2週間くらいまでのまだ体が弱い間は、雨や曇りの日は田んぼに出さず休ませるようにし、毎日小屋に連れ帰ることが必要だ。小屋には電気を入れて暖かくしてやる。生後2週間を過ぎると体も出来てくるのでそのまま田んぼに放置してもよい。

田植えが終わると普通の農家は一段落だ。ところが、合鴨農家はそこからが忙しい。鴨を守る柵が必要だからだ。田んぼの回りに杭を打ち網を張り、さらに上にはカラスよけのテグスを張る。テグスは格子状に張るが、水平と垂直を離して立体的に張るとカラスはより怖がって近づかないという。

ところで、ヒナの時カラスに襲われたりして怖い思いをした鴨は、大きくなっても集団で行動するようになるそうだ。そうなると、田んぼの一部にだけ雑草が生えず、その他の場所が雑草でいっぱいになるようなことが起こる。そしてまたそういう事態に備えて、別働隊の鴨を投入できるように予備の鴨も飼っておく必要もあるわけだ。田んぼから引き上げた後の鴨の処理にも困るという話もよく聞く。合鴨農法もなかなか大変なわけだ。鴨肉が食えるからいいという単純な話ではなさそうだ。

写真は、蕨原おわて(築230年の古民家)にある「おくどさん」です。

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時松きじ屋蕨原おわて(7)ー大分県九重町

2006年04月08日 | Weblog
《しょうゆ作り》

時松和弘さんは味噌もしょうゆも作る。タイミングが合わず味噌作りは体験できなかったが、しょうゆ作りにはご一緒させていただいた。

しょうゆも麹作りから始める。しょうゆ作りには小麦と大豆と塩が必要だ。まずは小麦だ。約2割はじけるくらい小麦を煎って粉にする。次に芯が無くなるまで大豆を蒸す。茹でるより蒸した方がいいらしい。蒸し時間は大体4〜5時間くらいだろうか。

机の上に新聞紙を厚めに敷き、その上に毛布を何枚か敷く。その上にさらに厚めの紙を広げる。その紙の上に蒸し上げた大豆を広げて冷ます。さらに煎った小麦粉を混ぜる。十分冷めて人肌くらいになったら、まんべんなくふるいにかけながら種こうじ菌を振りかける。あとは毛布で何重にもくるんで約3日間発酵させる。中央部分はよく発酵が進むが端の方は進みが遅い。したがって端と中央部を入れ替えるように時々かきまぜる。

3日後、お湯を沸かして塩水を作る。塩水が冷めてきたら発酵した麹を入れる。1年くらい寝かすとドロドロの黒い液体になる。これが醤油のもととなる。このドロドロの液体を、ゆっくり自然に滴るように布で濾したものが一番絞りだ。濾したあとの残りカスに塩水を加えてギューギューに絞ったのが2番絞りだ。

分量比は次のとおり。大豆:小麦:塩:水=1:1:1:2。

ちなみに、納豆菌の方が麹菌より繁殖力が強いため、麹を作る時に気をつけないと、大豆が糸をひいて納豆のようになってしまう恐れがある。だから醤油を仕込んでいる近くでは、ゆめゆめ納豆など食べてはいけないということだ。

写真は、蒸した大豆に煎った小麦粉を混ぜるところだ。
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時松きじ屋蕨原おわて(6)―大分県九重町

2006年04月02日 | Weblog
《木もと竹うら―薪割り》

今朝いつものようにキジと鴨とダチョウにえさをあげ、民宿の方に向う途中、「わさびを取りに行こうか」と突ぜん時松さんが言う。わさび田でもあるのかと思っていたら、何と野生でわさびが自生しているという。車道からさほど離れていないところにきれいな小川がある。本当にわさびが自生している。ここは町の人には知られていない秘密の場所だそうだ。時松さんにはこういう秘密の場所がたくさんある。天然マイタケや川もずく、その他の貴重な山菜なども、山や自然を知り尽くした時松さんのみが知る自分の場所があるのだろう。

わさびを収穫したあと、セリが繁殖している別の小川にも寄り、本セリと西洋セリを摘んで民宿に向う。セリはおひたしにして醤油をかけて食べた。おいしい!!ここでセリのおひたしを食べてから、セリが僕の大好物になった。

午前中いっぱい蕨原にある田んぼに牛肥を撒いた。発酵が進んでいるのであまり臭くない。寒さで凍った牛肥をフォークで串刺しながら、まんべんなく田んぼに撒いていくのは骨の折れる作業だ。しかも水の溜まった田んぼに足を取られながらの作業なので尚さら大変だ。この肥広げはこのあと4日間行い、約6反の田んぼ全体を牛肥で埋め尽くした。ちなみに自給のためだけなら1〜2反もあれば家族1年分のお米は取れるそうだ。

昼食のあと暗くなるまで薪割りをした。丸太状態の木を割るのに「矢」と「かけ矢」という道具を使う。「矢」というクサビのような道具を丸太に軽く刺し「かけ矢」というハンマーのようなもので思いきりたたく。何度かたたくと「矢」が食い込んでいきパカッと丸太が2つに割れる。その調子で4等分に割っていく。「矢」が中まで入りこんでも割れない時はもう1つ打ち込む。割れにくい乾燥の弱い丸太でも3本も打ち込めば大抵割れる。「矢」は小さいのが2本、大きいのが1本あると便利だ。時松さんから「木もと竹うら」という言葉を教えてもらった。木はもとから、つまり根っこに近い側から割ると簡単にきれいに割れるという。どちらが根っこに近いかは、幹の太さや枝のつき方で判断する。4等分した木はなたでさらに細かく割ってそろえて積み上げておく。ちなみに竹の場合は、木とは逆に上から割るときれいに割れるらしい。

写真は、「矢」と「かけ矢」です。

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時松きじ屋蕨原おわて(5)―大分県九重町

2006年04月02日 | Weblog
《豆腐つくり》

コンニャクだけでなく豆腐も農家民宿でつくる。ここでは普通の大豆だけでなく、緑大豆や黒大豆を使った2色豆腐なども作っている。豆乳を熱する温度やにがりの量によって、豆腐の固さ・きめの細かさが違ってくる。そこが難しくも面白いところだ…と時松さんは言っている。

まず大豆を2晩水にひたすことから豆腐つくりは始まる。そのあと大豆をすりつぶすのだが、ここでは石臼を使う。大豆と水を少しずつ入れ石臼でひいていく。石臼は空で回すと重くて回らないが、大豆と水を入れるとスムーズに回せる。ゆっくり左回しに回していくと、ドロドロになった液体状の大豆(生呉という)が石臼の外側から流れ出る。

羽釜に1升ほどの水をいれ薪をくべて沸かす。沸かしたお湯に生呉を入れる。こげつかないように時々はかき回し一煮立ちさせたら弱火にする。沸騰して釜からあふれでないように消泡剤としてヌカをふりかけ、数分したら火からおろす。

豆腐袋と呼ばれる布袋に生呉を入れ熱いうちにしぼる。豆乳がしぼり出され、袋におからが残る。75〜85度に豆乳を温め、お湯で数倍にうすめたニガリを少しずつ入れていく。少し入れては寄せるようにゆっくりかきまぜ、豆乳の変化に意識を集中することが大事だ。
白くにごった豆乳が、1〜2箇所透明に澄んできたらニガリを入れるのをやめる。10分ほど置くとタンパク質がかたまりさらに水が澄んでくる。型に入れ20分ほど置くと豆腐が出来あがる。

豆腐がうまく固まらないようであれば、ニガリの量を少し増やすか、豆乳の温度を少し高めにすると固まりやすくなる。しかし時松さん自身は逆に、豆乳の温度をできるかぎり低くし、ニガリもなるべく少なくして豆腐を作るという難しいことに挑戦し楽しんでいた。
ニガリも色々な種類を試したという。そして結局はおいしい塩を作るところのにがりがやはり豆腐にも良いという当たり前な結論に行きついたという。皆さんもぜひ一度豆腐つくりに挑戦してみてください。楽しいですよ。

写真は、石臼で生呉をひいているところです。
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時松きじ屋蕨原おわて(4)―大分県九重町

2006年04月02日 | Weblog
《地獄めぐり》

大分の別府から熊本の阿蘇といえば日本有数の温泉地帯だ。ここに来て温泉に入らないという道理はないだろう。というわけで、時松さんのところに滞在中は毎日温泉に入っていた。車で5分くらいのところに筌の口(うけのくち)温泉という町営の公衆浴場がある。お湯の色は赤土色で、いい意味で古びた感じの風情ある温泉だ。入湯料は無料で24時間お湯が流れっぱなしなので気兼ねなく毎日通った。また、それ以外に壁湯温泉という川沿いの洞窟のような温泉にも入った。お湯はぬるめで、2時間浸かりっぱなしだったのにあがると寒いくらいだった。

お休みの日、おじいちゃんのワゴンRをお借りして、湯布院から阿蘇まで「やまなみハイウエイ」を往復した。湯布院に向う前に、筋湯温泉郷に寄って朝いちで温泉に入った。朝から温泉!!何とぜいたくなことだろう。また湯布院では、由布岳温泉という公衆浴場に入った。露天風呂から空をあおぐ。青い空。白い雲。あぁ何て気持ちいいんだろう。

外輪山からの雄大な眺めを過ぎ、阿蘇の頂上を目指して走り続けた。しかし標高が高くなるにつれ霧が深くなり前がほとんど見えなくなってきた。これ以上進むと危険なのでやむなく引き返した。

阿蘇小国町の寺子屋TAO塾に移動した後も温泉通いは続いていた。入った温泉は、黒川温泉、岳の湯温泉、山川温泉、満願寺温泉などなど。この地域では温泉のことを地獄というらしい。阿蘇九重地方に滞在した24日間はほぼ毎日地獄めぐりをしていたことになる。

写真は、雪の朝のダチョウです。
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