えつこのマンマダイアリー

♪東京の田舎でのスローライフ...病気とも仲良く...ありのままに、ユーモラスに......♪

最近の新聞記事より ~「ただ在ることの大切さ」~

2017年03月21日 | 雑記

(↑) 雨に濡れるクリスマスローズ(記事の内容には関係ありません)

 

 2017年3月12日付東京新聞朝刊の「時代を読む」欄に掲載された記事を紹介します。関西学院大学准教授の貴戸理恵氏のコラムです。

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「ただ在る」ことの大切さ

 子ども・若者の生活に、さまざまなことをする「ための」場所が増えている
 一つの例は、主に共働き・ひとり親家庭の子どもが生活する保育園や学童保育だ。もともと「勤務中の保育の確保」という親のニーズから始まり、「親のいない昼間、子どもが無事に生活する」だけで意味があった。ところが近年では、市場化の流れにより、「指導員が英語で話しかける」など付加価値をアピールするものが増えている。そこでは親たちは、単に「欠けた保育を補う」にとどまらず、習い事という積極的な意味を見いだすことができる。他方、子どもにとっては、ただ生活するだけでなく、何かを身に付ける「ための」場所となる。
 もうひとつの例を挙げれば、私の勤務先でもある大学だ。授業では飽き足らず「もっと学びたい」という学生のために「課外の学びの場」が用意されている。留学やボランティア活動、さまざまな資格取得などのサポートも充実している。何かやりたいと思えば、その「ための」受け皿は多様にある一方で「何かしなければ」という焦燥に、学生たちはさらされているように見える
 選択肢が増えること自体は、望ましい。先に挙げたような選択肢は、ひと昔前にはなかった。保育施設は「プラスを生み出す場」ではなく「マイナスを補う場」であったし、大学はあくまで学問をする場であってそれ以外は関知しない、というスタンスだった。利用者の多様なニーズをくみ取る近年の状況は、だから、ある種の利用者にとっては望ましいはずだ。
 だが、「何かのためにする」ことばかりが称揚されて、「ただ在る」ことがその価値をおとしめられるなら、息苦しくはないか

 子ども・若者には「何の目的もなくただそこに居て、話に耳を傾けてもらい、目的や能力にかかわらず存在を認めてもらう」場所が必要だ。なぜなら、多くの子ども・若者は「私はこれがしたい」という目的・ニーズを、あらかじめはっきり持っているわけではないからだ。そしてそのような個人の目的・ニーズは「ただ在る」場や関係のなかで、ふとしたきっかけや偶然の積み重ねによって、形成されていくものだからだ
 大人たちに思い返してみてもらいたい。自分のこれまでの人生は、もともとの目的や計画にどの程度沿ったものだっただろうか? 偶然の出会いや気付きによって、思わぬ方向に目的が変わったことも、少なくなかったのではないか? 明確な目的を持って人生に取り組むことも大切だが「ただ在る」という目的の「空白」も、同じくらいかそれ以上に大切だ

 しかし、「ただ在る」ことの重要性は認められなくなってきている。例えば、学校の保健室はこれまで「保健室登校」という言葉があるように、不登校の子どもでも行ける学校の中で唯一「ただ在る」ことが認められる空間だった。しかし近年では「病気でないなら、居てはだめ」と、目的外利用を規制する学校も少なくない。これでは、生きづらさを感じる若い人の一つの居場所を奪ってしまう。
 常に何かの「ため」に動いている状況は、疲れる。効率や便利さばかり求めるのではなく、「ただ在る」ことの意義をもう一度見つめなおしたい

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 (※文中の段落のブロック分けと太字化は、ブログ管理人によります。)

 

 このことは、障がい者や高齢者の問題、つまり社会的弱者の問題にも通じると私は思います。そしてまた、近年、この“付加価値”のために呪縛され、あるいは自縛して、息苦しさを感じている人が、子どもや若者だけではなく社会全体にも増えているように私は感じています。日本だけではなく、ある程度経済的・社会的に成熟した社会で共通の傾向なのかもしれません。
 一方で、“「ただ在る」ことを認める”ということと、“あなたはそのままでいい。人として努力しなくていい”というのとは違うとも思います。いろいろ考えさせられるコラムですね。

 

                              

 

 こちらはおまけ…一気に春めいた昨日とは打って変わって、冬のような冷たい雨降りの一日だった今日…

      
 庭に度々来ていたアオジです。ツガイなのか、2羽でやって来て、ドイツトウヒの枝の中で羽を休めていました。この他、カメラには収められませんでしたが、ジョウビタキのメス・シジュウカラ・ヤマガラと、午後の数時間だけでも千客万来でしたよ(*^_^*)

 

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