たかしの啄木歌碑礼賛(続)

啄木歌碑およびぶらぶら旅

港文館の啄木歌碑

2017年06月13日 | 啄木歌碑

啄木は明治4055日、故郷渋民を離れ、北海道にわたり、函館、札幌、小樽に続き釧路での生活を求め、明治41121日、釧路に着きました。その時の様子を詠んだ啄木の歌の碑が釧路の港文館に建立されています。

 

 

啄木像と子奴の揮毫による啄木の歌

 

 

 

                   石川啄木のよめる明治41年1月21日釧路駅で

                   さいはての駅に下り立ち

                 雪あかり

                 さびしき町にあゆみ入りにき

                               小奴


幣舞橋(ぬさまいばし)から見た港文館


港文館は明治41年に建造された旧釧路新聞社(現北海道新聞社)社屋を復元したもので、二階は啄木資料室、一階は軽喫茶になっています。啄木はこの年の1月21日釧路に着き、76日間記者として新聞社で働いております。港文館は釧路駅から幣舞橋を渡り右方に100mほど進んだところです。


当時の釧路駅(停車場)は現在の釧路駅からは大分離れており、跡地には「交流プラザさいわい」が建っており、その一角に啄木歌碑が建立されています。

 

交流プラザさいわいの啄木歌碑

 

 

           浪淘沙                              啄木

ながくも聲をふるはせて

     うたふがごとき旅なりしかな

 

 なお、啄木が釧路に来て、最初に泊まった所は浦見町の佐藤さんのお宅で、跡地前の歩道に次の碑が立っています。

 

 

 

石川啄木・釧路第一泊目の地

停車場から十町許り、迎へに来た佐藤国司氏と共に歩いて、幣舞橋というを渡った。浦見町の佐藤氏宅に着いて、行李を下す。秋元町長、木下成太郎(道会議員)の諸氏が見えて12時過ぎ迄小宴(1月21日 日記)

 

 

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