たかしの啄木歌碑礼賛

啄木の歌碑並びにぶらり旅等を掲載いたします

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盛岡三十三観音(第四番 祇陀寺、第五番 千手院)

2012-06-28 | ぶらり盛岡

第四番 祇陀寺(ぎだじ)  馬頭観世音   盛岡市大慈寺町3-16


祇陀寺は第三番の長松院のすぐ傍です。昔は盛岡城下町の外掘に位置していた。山号は青龍山で、すぐ隣には「青龍水」が湧き出ています。なお、祇陀寺には以前に「第八番」の松尾前の元宗竜寺にあったといわれる「十一面観音」が元竜寺の廃寺により、祇陀寺に配置されている。
















山門手前右手にある石碑には、正面が「禁葷酒」、向かって左側面が「諸悪莫作」、向かって右側面に「衆善奉行」と書かれている。葷(くん)とは、ニンニク・ネギ・ニラなど、においが強くくさい野菜のことで、精力がつき過ぎて人間の心を乱すところから、修行の妨げになると考えられ禁止された。また悪いことはやめ、善いことをしましょうとのこと。




青龍水






第五番 千手院  千手観音  鉈屋町1-24 

千手院は祇陀寺から道路挟んだ隣にあります。なお、手院には、以前に山岸にあった第30番阿弥陀堂にあった阿弥陀如来像も安置されている。














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啄木の盛岡中学時代の歌

  おこそかに取る手わなゝく新春の宵の燭台に梅の花ちる
 
岩手日報 明治35年1月1日  白羊会詠草 新年雑詠 石川翠江 名で 8首(その3)


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西根第一中学校の啄木歌碑

2012-06-25 | 啄木歌碑
八幡平市立西根第一中学校は平舘駅から2kmほどの所で、岩手県道17号沿いの高台にあり、前方には岩手山がそびえ立っています。この道路を進んで行くと七時雨温泉に通じます。同市には西根中学校もありますので間違わないように。八幡平市は西根町・松尾町・安比町の三つの町が合併してできた市ですが、現在は旧町の名前が住所から消えていますが、中学の名前等はそのままになっています。この歌碑は昭和55年に建立されています。








ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな

啄木


この歌は、啄木歌ノート(明治43年8月28日)にあり、一握の砂「煙二」に掲載されている。







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盛岡三十三観音(第二番 久昌寺・第三番 長松院)

2012-06-17 | ぶらり盛岡
第二番 久昌寺  七体観世音   盛岡市大慈寺町1-53 


久昌寺は第一番の峯壽院から歩いて5分ほどの所です。ここには、七体観世音が安置されています。七体とは、聖観世音・十一面観音・千手観音・馬頭観音・准胝観音・如意輪観音・不空索観音をいいます。

なお、このお寺には、第十番の白子観音が一緒に安置されている。この御尊像は昔東中野の迎接庵に安置されておりましたが、廃寺になり観音像は久昌寺の観音堂の遷されたと伝えられている。





山門




観音堂慈雲閣










第三番 長松院  貞伝観世音  盛岡市大慈寺町2-2

長松院は久昌子寺の隣です。貞伝観世音は子安地蔵尊と同じように子安観音といわれ盛岡城下町庶民の新港を集めたということです。地蔵さんの御縁日は夏祭り7月22日~23日、御年越祭りは1月22日~23日です。












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啄木の盛岡中学時代の歌

  筝の音は月に冴えたり桐壺の宵の敕題に歌なき春や
 
岩手日報 明治35年1月1日  白羊会詠草 新年雑詠 石川翠江 名で 8首(その2)


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新山の啄木歌碑

2012-06-14 | 啄木歌碑
この歌碑は岩手県八幡平市平舘新山にあり、盛岡から国道282号線を北上して行くと平舘公民館前のバス停があるので、その先の信号を左折すると左側に平舘高校があり、高校から50mほど進むと左側にこの歌碑がある。昭和39年12月に建立された。  







かの家の
かの窓にこそ
春の夜を
秀子とともに
蛙聴きけれ

啄木



この歌は、、雑誌「スバル」(明治43年11月号)に発表、一握の砂「煙二」に掲載されている。

秀子は明治37年4月平館小学校教師として勤務し、一禎の生家の隣に下宿していた。後に渋民小学校に転任し、ここで啄木と親しくなった。啄木が故郷渋民を去り、函館に向かう前夜、秀子を訪れ、田圃で鳴く蛙の声を一緒に聞いたときの歌といわれている。


5月の中ころになると、歌碑の近くに、一本の木から三色の花が咲く梅の木?があります。











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盛岡三十三観音(第一番 峰壽院)

2012-06-10 | ぶらり盛岡
西国三十三箇所は、近畿2府4県と岐阜県に点在する33か所の観音霊場の総称で、これらの霊場を札所とした巡礼は日本で最も歴史がある巡礼行であるといわれております。「三十三」とは、「観世音菩薩普門品」(『法華経』)に説かれる、観音菩薩が衆生を救うとき三十三の化身に身を変え、苦難、災厄、悩みから衆生を救ってくださるということです。観音札所巡りの始まりは平安時代の終わり頃といわれています。盛岡にも盛岡三十三観音がありますが、誰がいつ、どのように三十三観音を選んだかは、わかっていないようです。廃寺になったお寺の年代等から推察すると350年ほど前のようにも思われます。盛岡三十三観音については、四つの寺が廃寺になり、そこにあった観音様が他のお寺に移動しているため、現在は、三十三観音、二十九寺になります。高木弥三郎著「盛岡三十三観音巡礼記」を参考にしながら巡ってみます。




第一番 峰壽院(ほうじゅいん)  馬頭観世音  盛岡市清水町1-8

盛岡バスセンターから歩いて10分ほどの所にあります。岩手公園からは中津川に架かる歩行者用の毘沙門橋を渡りまっすぐに進むと信号があり、その信号を進むと右側にあります。毘沙門橋から3分ほどです。峰壽院は馬頭観世音を本尊としています。寛文三(1663)年、現花巻市から現在の地に移転されたということです。馬町は、その昔旧南部藩の頃から馬検場があり、毎年馬市が開催され賑わっていた所です。



















次は、内加賀野三明院へとなっていますが、現在は第二番は久昌寺になってます。三明院まではここから歩いて7分ほどです。昔は峯壽院の次が三明院だった時期もあったのかもしれません。たしかに、南の方から順に巡って来ると、峯壽院の次がに三明院になります。




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啄木の盛岡中学時代の歌

  夜のみぞ屠蘇の香の深ふして微笑はしき舞子の袖や
 
岩手日報 明治35年1月1日  白羊会詠草 新年雑詠 石川翠江 名で 8首(その1)


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