一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『一命』 ……原作者・滝口康彦のこと、映画『切腹』(1962年)のこと……

2011年10月23日 | 映画
映画『一命』を楽しみにしていた。
原作は、滝口康彦の短篇小説「異聞浪人記」。
滝口康彦と聞いて、
すぐに、人となりや作品名を即答できる人は、そう多くないと思う。
無理もない。
時代小説家であるが、現在、その作品のほとんどが絶版となっているからだ。
そんな地味な原作者である滝口康彦を、
なぜに最初に採り上げているかと言えば、
その生涯のほとんどを、私がいま住んでいる町で過ごしたからだ。
そう、滝口康彦は、わが町の誇りなのだ。

【滝口 康彦】(1924年3月13日〜2004年6月9日)
本名は原口康彦。
生涯のほとんどを佐賀県多久市で過ごし、
旧藩時代の九州各地を舞台にした「士道」小説を数多く発表。
1924年、長崎県佐世保市万津町に生まれる。
1936年、実父の死去、実母の再婚後、佐賀県多久市に移る。
尋常高等小学校卒業後、運送会社、海軍通信学校、炭鉱勤務などを経て、
小説やラジオドラマの懸賞に応募。
1957年、「高柳父子」で作家デビュー。
同作を含め、計6回直木賞候補となる。
佐賀県多久市に在住し、九州在住の時代小説家として、
友人でもあった、北九州市門司の古川薫、福岡市の白石一郎と共に、
「西国三人衆」と呼ばれ、活躍した。
2004年6月9日、急性循環不全のため多久市内の病院で死去。(享年80)

コアな時代小説ファンには人気の作家であったが、
死後は、ほとんど忘れられたような感じであった。
ただ、私の住む町では、郷土の作家として有名で、
2007年には、文学碑が建立された。
除幕式には、俳優の仲代達矢、小説家の古川薫、佐木隆三らも駆けつけ、盛大に行われた。
文学碑は、多久市の西渓公園・入口右側にある。


石碑には、滝口康彦の紹介と、


「ペン置けば 窓の広さの 忘れ雪」との句が、
磁器のプレートにして嵌め込まれている。


この文学碑がある場所からは、
滝口康彦が愛した天山が見える。




映画『一命』の公開に合わせ、
佐賀県立図書館でも特設コーナーを設け、
滝口康彦と映画を紹介している。






こちらには、映画のポスター




滝口康彦直筆の原稿や、


著作、


サイン本、


色紙などが展示されている。
あの真面目そうな滝口康彦が、
《命と思う文学と
恋といずれが重きやと
無二なる友の責むるとて
まどわず恋と答うべし》
とは、ちょっと意外な感じがした。
粋だ。


滝口康彦・原作の映画『一命』は、10月15日(2011年)に公開された。
原作の短篇小説「異聞浪人記」は、
今回の公開にさかのぼること約50年前(1962年9月16日公開)に、
映画『切腹』(小林正樹監督)として一度映画化されている。
この映画『切腹』は名作の誉れ高く、
1963年にカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞している。
国内の第13回毎日映画コンクールでは、
日本映画大賞・音楽賞・美術賞・録音賞を受賞。
ブルーリボン賞でも、脚本賞(橋本忍)、主演男優賞(仲代達矢)を受賞。
私はこの『切腹』の方は何度か見ているが、
本当に素晴らしい作品であった。


さて、そのリメイクとも言える映画『一命』はどうだったか?

戦国の世は終わり、平和が訪れたかのようにみえた江戸時代初頭、徳川の治世。
しかし、その下では大名の御家取り潰しが相次ぎ、仕事も家もなくし生活に困った浪人たちの間で【狂言切腹】が流行していた。
それは裕福な大名屋敷に押し掛け、「庭先で切腹させてほしい」と願い出ると、面倒を避けたい屋敷側から職や金銭がもらえるという、都合のいいゆすりだった。
ある日、名門・井伊家の門前に、一人の侍が切腹を願い出た。
名は津雲半四郎(市川海老蔵)。


家老・斎藤勘解由(役所広司)は、数ヶ月前にも同じように訪ねてきた若浪人・千々岩求女(瑛太)の、狂言切腹の顛末を語り始める。


武士の命である刀を売り、竹光に変え、恥も外聞もなく切腹を願い出た若浪人の無様な最期を……。
そして半四郎は、驚くべき真実を語り出すのだった……。
(ストーリーはパンフレット等より引用し構成)


ここからは、映画の内容にかなり踏み込んだことを書いていくので、
これから映画を見たいと思っている人は、
映画を見た後に読んでもらう方がイイかもしれない。
映画の結末にも触れているので、どうか御了承を……


半世紀前の名作『切腹』と比較すると、
やはりその脚本の弱さが目立つ。
『切腹』の脚本は、かの橋本忍。
その骨格にいささかの弛みもない。
だが、『一命』は、その骨格が弱い。
ストーリーこそ原作ならびに『切腹』を踏襲しているものの、
肝心のシーンでほころびがある。
たとえば、最後に津雲半四郎が大立ち回りをやる場面。
津雲半四郎はなんと竹光で大勢を相手に立ち向かっていくのだ。
正直、これはありえない。
最後の見せ場であるし、ここで大暴れしなければならないのに、
竹光では、何もできない。
しかし『一命』では、竹光で何かをなそうとしている。
これには無理がある。
原作も『切腹』も、そのようになってはいない。
ここで、見る者に、いくばくかのカタルシスを与えなければ、
映画として完結できないのだ。
それが竹光では、欲求不満が残る。
事実、『一命』を見終わって、重苦しい気分のみが残った。
物足りなかった。

千々岩求女が竹光で切腹をするシーンは長すぎる。
あそこまでグロテスクに演出する必要はない。
映画『切腹』の方は、時間は短いが、『一命』以上の効果をあげている。


切腹のシーンは長いのに、
津雲半四郎が沢潟彦九郎ほか2名の髷を獲るために闘う場面は、ないに等しい。
映画『切腹』では、
津雲半四郎役の仲代達矢と、沢潟彦九郎役の丹波哲郎が闘う場面が、
作品最大の見せ場になっているというのに……だ。
この決闘で、殺陣に使われるは、
撮影用の「竹光」ではなく、
「真剣」であったのは有名な話。
仲代達矢と丹波哲郎は、「真剣」で、それこそ命懸けで闘いのシーンを撮ったのだ。
それが見る者にも伝わり、凄まじい緊張感を生んだ。
このクライマックスと言っていいシーンを、『一命』はなぜ疎かにしたのだろう。


キャストを見比べると……
まず主人公・津雲半四郎役の市川海老蔵であるが、
若すぎると思った。
原作の小説では、55歳くらいの設定。
ちなみに主要3人の実年齢はというと、
十一代目市川海老蔵 (津雲半四郎)1977年12月6日生まれ(33歳)
満島ひかり (津雲美穂)1985年11月30日生まれ(25歳)
瑛太 (千々岩求女)1982年12月13日生まれ(28歳)
津雲半四郎と津雲美穂は父娘。
千々岩求女は津雲美穂の夫だから義理の息子。
どうみても親と子の関係には見えない。
市川海老蔵と瑛太は5歳、
市川海老蔵と満島ひかりは8歳の差しかない。
実年齢が、そのままスクリーンに表れている。


映画『切腹』の方を調べてみると、
仲代達矢 (津雲半四郎)1932年12月13日生まれ(78歳)(公開時29歳)
岩下志麻 (津雲美保)1941年1月3日生まれ(70歳)(公開時21歳)
石浜朗 (千々岩求女)1935年1月29日生まれ(76歳)(公開時27歳)
で、公開時は『一命』のキャストよりも若かったのだ。
これには正直驚いた。
仲代達矢と石浜朗は2歳しか違わないし、
仲代達矢と岩下志麻も8歳しか離れていない。
それなのに、ちゃんと親子の関係に見える。
29歳の仲代達矢は、本当に50代の浪人に見えるし、
岩下志麻も石浜朗も、10代と20代をきちんと演じ分けている。


『一命』と『切腹』を比較すればするほど、『切腹』の凄さが際立ってくる。
比較などしないで、素直に見れば、それなりに楽しめるとは思うが、
でも、あのラストでは、やはり不満が残ると思う。

映画『一命』で、もっとも印象に残ったは、満島ひかりの演技。
これは本当に素晴らしかった。
『一命』を見る価値のあるものにしているのは、彼女の演技のみかもしれない。


ここまで書いて、
映画『一命』に対し、少し厳しいことを並べ過ぎたような気がする。
滝口康彦、映画『切腹』に対する、私の愛が深き故に……
三池崇史監督作品は嫌いではないし、
本作は、見て損な作品でもない。
これまで述べたことは、私の私的感想ということで、
あまり気にせず、ぜひ多くの人に見てもらいたいと思う。
そして、できれば、映画『切腹』の方も、機会があったら見てもらいたい。

それから滝口康彦の小説も……
映画化されたということもあって、
「異聞浪人記」「貞女の櫛」「謀殺」「上意討ち心得」「高柳父子」「拝領妻始末」の6編が収められた文庫(講談社文庫)が出版されている。


滝口康彦の代表作ばかりを収めたベスト盤といえる本なので、
滝口康彦の作品をまだ一度も読んだことがないという人に、
オススメの一冊である。
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