一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『最低。』…森口彩乃、佐々木心音、山田愛奈が輝く瀬々敬久監督“最高”傑作…

2017年12月07日 | 映画


今年(2017年)の日本映画は、
1月から6月の前半は、

『愚行録』(2017年2月18日公開)
『彼らが本気で編むときは、』(2017年2月25日)
『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017年5月13日公開)

くらいしか気に入った作品がなく、
〈不作の年だなぁ~〉
と思っていたら、7月からの後半になって、
 
『彼女の人生は間違いじゃない』(2017年7月15日公開)
『幼な子われらに生まれ』(2017年8月26日公開)
『三度目の殺人』(2017年9月9日公開) 
『散歩する侵略者』(2017年9月9日公開) 
『あゝ、荒野』(前篇2017年10月7日/後篇2017年10月21日公開)
『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年10月28日公開)

など、秀作、傑作が立て続けに公開され、
一気に豊作の年へと様変わりした。
そして、「ついに」と言うべきか、
今年の“最高”傑作が公開された。
瀬々敬久監督の映画『最低。』だ。
タイトルは『最低。』だが、内容は“最高”。
『最低。』を見るまでは、
『幼な子われらに生まれ』が今年の(暫定)1位であったが、
『最低。』を見て、
〈これこそが今年の“最高”傑作だ!〉
と思った。

原作は、人気AV女優・紗倉まなの同名小説。
監督は、『64-ロクヨン- 前編/後編』等の瀬々敬久。
映画を見た時点では、原作は読んでいなくて、
〈見る者が驚くような特異なAV女優の非日常を描いた作品だろう〉
と勝手に思って、気軽な気持ちで鑑賞した。
ところが、これがビックリするような傑作であったのだ。
AV女優の「非日常」ではなく、「日常」を描いた作品で、
どうにもならない現実を前に、
それでも力強く生きようとする女性たちを描いた「女性映画」であったのだ。
中心となるのは、美穂、彩乃、あやこという3人の女性で、
それぞれ、森口彩乃、佐々木心音、山田愛奈が演じている。
佐々木心音については少しは知っていたが、
森口彩乃と山田愛奈につては全く知らなかったので、
映画を見る前はそれほどの期待感はなかったのだが、
見終わった後は、この3人の女優に対する想いは特別なものとなった。
それほど感動した作品であったのだ。



橋口美穂(森口彩乃)、34歳。


何不自由なく暮らしているものの、どこか満たされない日々。
夫の健太(忍成修吾)は何事にも無関心で、
子供が欲しいと提案しても忙しい仕事を理由に断られる。


最近は病に伏した父を姉の美沙(江口のりこ)と交代で見舞うため、
家と病院を往復する毎日。
このままずっと同じような生活が続くのだろうか……
そんな空虚な思いを埋めるため、美穂が決心したのはAVに出ること。
今までずっと安定志向だった自分の人生を、ひょっとしたら変えることができるかもしれない。
そう信じて彼女は新しい世界の扉を開けるが……



彩乃(佐々木心音)、25歳。


専門学校に通うため、そりが合わない家族から逃げるように上京してきたが、
軽い気持ちでAVに出演。
その後人気女優となり、多忙な毎日を送る。


この仕事に後ろめたさはない。
むしろ天職かもしれないと思う。
日比野(森岡龍)という頼りなさげな男とバーで意気投合した彩乃は、


そのまま一緒に朝を迎えるが、
彼女の仕事を知った母親の泉美(渡辺真起子)が突然現れ、
穏やかな幸福感が一気に吹き飛ぶ。


AVの仕事をやめるよう説得する母を置き去りにし仕事へと向かう彩乃だったが、
撮影中に意識を失い、そのまま病院へ運ばれる……



本間あやこ(山田愛奈)、17歳。


小さな喫茶店を営む祖母の知恵(根岸季衣)、
東京から出戻った母の孝子(高岡早紀)と三人で、
寂れた海辺の町で暮らす。


人と接するのが苦手で、クラスメイトとも打ち解けることができない。
自分の部屋でキャンパスに向かって絵を描いているときだけが唯一心休まる時間。


しかしある日事件が起こる。
登校すると、あやこの母親が元AV女優だという噂が広がっていたのだ。
定職にも就かず、自由奔放な生活を送る孝子は田舎町では目立つ存在。
あやこはそんな母親との距離感をいまだに掴めずにいたが、
勇気を出して孝子に真相を確かめようとする……





この映画は、三つの物語が、ほぼ同時進行で描かれている。
三つの話が、脈絡なしに切り替わるので、最初は少し戸惑った。
しばらく鑑賞していると、それが三つの物語であることが判る仕組みになっていて、
その脚本(小川智子・瀬々敬久)に感心させられたし、
編集センスにも感動した。

映画が傑作だったので、
鑑賞後に原作『最低。』(紗倉まな/角川文庫)を読んだ。


小説の方は、4つの章から構成されていて、
1章 彩乃
2章 桃子
3章 美穂
4章 あやこ
の4人の物語となっている。
映画は、この内、
1章 彩乃
3章 美穂
4章 あやこ
を脚色し、映像化している。
このあたりの事情について、
瀬々敬久監督は次のように語っている。

トラヴィスの武内さんというプロデューサーと以前から女性が主役の企画を考えていたんですよ。そこにKADOKAWAさんから武内さんに「この原作だったら映画化できる」みたいな話が来て、それで「瀬々さん、読んでみていいんだったらやりましょうよ」と言われて企画が始まりました。ただ紗倉まなさんの原作は四章からなる短編集で、映画ではそのうちの三本を使ってるんだけど、武内さんはこの外した一本で最初できないかって思ってたんですよ。なぜかというと、その外した一本というのは劇中で斉藤陽一郎さんが演じたAVモデル事務所の社長と桃子というAV女優の、性愛を中心とした男と女のラブストーリーが芯になっている。武内さん的にはそいつで一本作れるだろうというようなことを思っていたらしいんだけど、俺は全くの真逆。性愛を中心とする男と女のラブストーリーはかつていっぱいあったじゃないですか。石井隆さんの作品はだいたいそうだと思うし、それでなくてもAVというものが世の中に現れて、日常に浸透して、下手したら中学生だってネットで見ようと思ったら見られますから。(中略)だから逆に残りの三本の方が人妻が夫に黙ってAVの世界に入るとか、お母さんが元AV女優でその娘が悩んでるとか、AV女優になったけれど親からバレてどうのこうの問題になってるとか、そういうAV女優さんを巡る日常の関係の話が今の感じなんじゃないかと思ったんですよ。(『映画芸術』2017年秋号 第461号)

この瀬々敬久の判断は正しかった。
かつては性愛世界というのは、非日常の“向う側の世界”として描かれていた。
特別な世界のこととしてキワモノ的に描かれていた。
それを瀬々敬久監督は、“こちら側の世界”のこととして、
AV女優や元女優の日常を静かに淡々と描いている。
それが秀逸であった。
私は、映画『最低。』を見ながら、
第2回「一日の王」映画賞・日本映画(2015年公開作品)ベストテンで、
最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀主演女優賞、最優秀助演男優賞に選出した映画、
『ハッピーアワー』を思い出していた。(映画『ハッピーアワー』についてはコチラを参照)
演技経験の少ない人ばかりが出演しているドキュメンタリー的な作品で、
上映時間が5時間17分もあり、
退屈……と思いきや、
一度見たら決して忘れることのできない感動作であった。
『最低。』を見て、
あの『ハッピーアワー』の新鮮さが蘇ってきたし、
AVの世界を描いている作品で、
こんなピュアな感動をもらえるとは思ってもみなかった。

橋口美穂を演じた森口彩乃。
私はこの『最低。』で初めて彼女を知った。

【森口彩乃】女優
1986年8月28日、北海道生まれ(31歳)
身長153cm
血液型AB型
事務所アミューズ


これくらいしか情報がなく、
舞台の企画・演出を中心に、
TVドラマや映画にも出演されているようである。
それにしても、これほど美しい女優を私が知らずにいたとは……


美穂の役はオーディションで勝ち取ったそうで、
所属事務所から「こういった企画があるけど……」という話を聞いて、
原作を読んだら、
①自分と同じ「彩乃」という女性が登場する。
②北海道出身の女の子が出てくる。
③絵描きの父親がいる子が出てくる。
など、自分とリンクしている素材が沢山見つかって、
〈これは何かあるな〉
と胸のざわめきを感じ、オーディションを受けたという。
ただ、この映画は「AV業界」を舞台にしているので、脱ぐ可能性があることに対して、躊躇はなかったのだろうか?

もちろんオーディションが決まった時にある程度の覚悟はしていましたが、でも、最初はそんなに大胆な感じの絡みになるとは脚本に書かれていなかったんです。ただ徐々に、瀬々さんとお会いする度に、ちょっとずつ言われまして(笑)。とにかく「揺れている女性」を美穂の中で描きたいというのが瀬々さんの中にあって、普通のままで、体とかはそのままでいいからって。それでディスカッションをしていくうちに、そこまで仰ってくださるなら、瀬々さんの撮りたいと思っているものを撮ってくださいということで、覚悟を決めていきました。実際現場に入ってからは瀬々さんが今こういうふうに撮りたいとか、絡みのシーンも、多少の決め事はありましたが、現場の雰囲気でこっちにするというふうに進んでいました。AVの撮影現場で美穂が入浴するシーンでは、ガウンを脱いで肌を晒す時に、それこそリハーサルも何もなくいきなり「はい、いくよ」って現場がピリついたので、「あ、これは行かなきゃいけないな」って、本当に、あそこは初めてAV撮影に挑む美穂と自分が一体化したような気持ちになって演じたシーンでした。(『映画芸術』2017年秋号 第461号)

この橋口美穂を演じた森口彩乃が実に色っぽかった。
いやらしさは全くなく、清潔感にあふれているのだが、
エロスが匂い立つくらいに際立っていた。
このことについて、瀬々敬久監督は、次のように語っている。

森口さんのエロスは脱ぐのが初めてだったってことが大きいですよ。一番初めに服を脱ぐシーンがあるじゃないですか。モデル事務所の面接で。シャツを脱いで、ブラジャーに手を掛けて。あそこのエロスはすごいと(笑)。それは初めてだったからなんですよ。人前で乳房を見せて、それを撮られるということが。森口さんに関しては結構順撮りで撮影してるんで、だからその初めてさが出てるんですよ。映画はドキュメンタリーなところがあるからそれはやっぱり出てしまうものなんですよ。次同じことやっても出ないエロスだと思います。(『映画芸術』2017年秋号 第461号)

初めてAV撮影に挑む美穂と、
それを演ずる森口彩乃が一体化し、
森口彩乃自身の心の震えや体の震え、
初めての人が持つドキドキ感が見る者にも伝わってきて、
それが実に新鮮で、これまであまり見たことのない作品に仕上がっている。



彩乃を演じた佐々木心音については、
瀬々敬久監督は次のように語っている。

佐々木さんの演じた役っていうのがオーディションでは中々見つからなくて。それで割とギリギリになった頃に、佐々木さんは僕の前に作品に出てもらったことがあったので、皆で話し合ってオファーしました。(『映画芸術』2017年秋号 第461号)

佐々木心音は、
シンガーソングライター、タレント、グラビアアイドルもこなす多彩な女優で、
映画のヒロインも数作演じており、
演技も3人の中では一番上手かった。


人気AV女優の役だったが、初々しさも残しており、
母親と対峙するシーンでは、特に素晴らしい演技を見せていた。



本間あやこを演じた山田愛奈については、
瀬々敬久監督は次のように語っている。

山田愛奈さんは当時新潟に住んでて高校生だったので、わざわざ東京までオーディションを受けに来てて。映画を見ても分かると思うんだけど、テンション高い芝居をオーディションの時点でやっていたので、この人はいけるだろうなと思ってきめたんですよ。演技経験は全くなかったんですけど。(『映画芸術』2017年秋号 第461号)

演技経験が全くなかったとは思えないほど上手かったし、存在感もあった。
キリッとした横顔が印象的で、これからの活躍に期待が持てる人だと感じた。



主役3人をキャスティングし、
傑作をものした瀬々敬久監督についても、触れておかねばなるまい。

【瀬々敬久】(ぜぜ・たかひさ)
京都大学哲学科在籍中より、8mm、16mm などで自主映画を製作。
卒業後、映画制作会社「獅子プロダクション」に所属。
1989年、ピンク映画『課外授業 暴行』で監督デビュー。
1997年『KOKKURI こっくりさん』で、一般映画デビュー。
以後、一般映画、ピンク映画、テレビドキュメンタリーなど、ジャンルを問わず縦横無尽に活躍。
豊川悦司主演の『DOG STAR』(2002)、
Gackt主演の 『MOON CHILD』(2003)、
妻夫木聡主演の『感染列島』(2009)、
岡田将生主演の異色アクション映画『ストレイヤーズ・クロニクル』(2015)など、
商業的な作品を作り続ける。
一方、4時間38分の超長編映画『ヘヴンズ ストーリー』(2010)は、
インディーズ体勢で製作し、ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞するなどした。
2016年、横山秀夫原作、佐藤浩市主演『64-ロクヨン- 前編/後編』が各方面で評判を呼ぶ。



瀬々敬久監督は、
今でこそ『64-ロクヨン- 前編/後編』などの一般映画で有名になっているが、
ピンク映画を50本以上監督した過去があり、
その実績に裏打ちされた哲学や技術や演出力といったものが、
今、透明感さえ感じるほどに昇華され、活かされているように感じた。


森口彩乃、佐々木心音、山田愛奈の主演3人の演技も素晴らしいが、
脇を固めている江口のりこ、根岸季衣、渡辺真起子、高岡早紀などの演技が素晴らしい。




ことに、本間あやこ(山田愛奈)の母・本間孝子を演じた高岡早紀が秀逸。
元AV女優という設定なのだが、
何も言わなくても、ただそこにいるだけで、
どんな過去があり、どんな性格で、どんな人生を歩んできたかが、
見る者に解ってしまう。
それほどの存在感があった。


思いつくままに書いたので、
まとまりのない文章になってしまった。
とにかく傑作であったので、この他にも、語りたいことは山ほどあるのだが、
きりがないので、この辺りで止めておこう。
九州では2館のみと、上映館が極端に少ないので、(全国の上映館はコチラから)
見る機会はあまりないだろうが、
もし、近くに上映館がありましたら、ぜひぜひ。
女性にも見てほしい作品です。


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